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「ぜっ……はあはあ……」
荒い呼吸がなかなか通常の呼吸に戻ってくれないくらいには体力を使った。それに心臓も大きくその存在を主張してくるし、全身から吹き出る汗で服はもうびしゃびしゃだ。
「大丈夫?」
「だ、いじょ、ぶ……」
大丈夫と元気よく言いたいのに、うまく呼吸ができなくて苦しさ満点の返事になってしまう。そんな私に対してユーリの呼吸がまったく乱れていないのは、やはり今までの努力量の違いだろう。
「はっ……ぜっはあ……」
体力があれば力を使ったときの反動が少ないと言っていた。まあ、力の強さによって反動がまったくないときやその逆でとても強い反動が来るときもあるらしい。それでも体力がないよりは絶対にあったほうが強い反動にも耐えられると思う。だから反動がない可能性があっても体力づくりは大切だ。
そういうわけで……。
「ユーリ、次のメニューをお願い! ぜっ、はあ……」
「わかった。無理そうだったら止めるから、安心して無茶していいよ」
「ありがとう」
パンパンッ、と頬を二回叩く。気合いの入れ直しだ。
「それじゃあ次は木登り。この大樹を登って降りてを繰り返すよ」
「うん」
「落ちても大丈夫なように結界を張っておくから。あと手にも木が刺さらないように別で張っておくね」
「ありがとう。とっても助かる」
「いーよ。大丈夫。頑張ってる人のフォローをするのは当たり前だから」
そう言って笑うユーリがいてくれて、本当に心強いしありがたい。
ユーリの優しさを煎じてあの狸国王と私の肩を刺した人間に飲ませてやりたいくらいだ。
「よし。それじゃあ行ってみよう!」
「うん」
深呼吸を二度して、目の前にある大樹を見る。本当に大きくて登れるか怪しい。だけどよく見ると手が引っかけられそうな枝があったりする。
「ごめんなさい。私の体力づくりのために、今からあなたに登ります」
登りなれてない私が登ろうとしてるから、絶対に痛い思いをさせてしまう。だからそれだけ伝えて大樹に触れた。
***
「っ……よっと……」
あれから二時間くらい経ったと思う。だいぶ登るのに慣れてきた気がする。
「救世主様ー! いい調子だよー!」
少し離れた宙からユーリが声をかけてくれる。
「ありがとう! よっ」
枝をしっかり掴んで足先にも力を入れ踏ん張る。そしてゆっくり上へと行く。体を休められそうな太さの枝まで来たら、ユーリに伝えて少しだけ休憩させてもらう。
「ふー……」
背中に当たる木から振動が伝わってくる。
ああ、生きているんだなあ。温かくて、優しい。
この世界に来なかったら、きっとこうやって命を感じることはなかっただろうなあ。
「……」
それが怖いと感じる。この優しい命もいつか消えてしまうときが来る。
「……」
溢れ出そうになる何かをぐっと抑え込む。
すぐ後ろ向きなことを考えるな、私よ。
「よし! 登るぞ!」
今は体力づくり。次のステップに進めるように頑張るときだ。
***
あのあと日が暮れるぎりぎりまで木登りを繰り返したり、全力で平坦をひたすら走ったりと想像以上に動いた。すると部屋に戻る頃には生まれたての小鹿よろしくぷるっぷるになって動けなくなってしまった。そんな私を甲斐甲斐しくお世話してくれるユーリ。
申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、ここは甘えさせてもらいたい。
「ごめん。ありがとう」
「いいよー。僕こそごめんね。救世主様がこなせてたからつい次々に進めちゃった」
「それは大丈夫。ユーリが止めてくれるって思ったら、安心して体力づくりに集中できたから」
「っ……もう、本当に救世主様は頑張り屋さんだなあ」
ユーリはそう言いながら、少し困ったように笑った。
「今日は疲れたでしょ? 明日の体力づくりに影響しちゃうのももったいないから、ゆっくり休めるように僕が魔法をかけるよ」
その言葉に反射で拒絶ともとれる否定の言葉を言ってしまう。
言われたユーリは驚いたように目をぱちぱちとさせ、私を見ている。
「あ……ごめん。でも本当に大丈夫。自力で寝れるよ」
どうにか笑ってみるけど、自分の顔が引きつっているのがわかる。心臓が激しく脈打つ。
「……」
何も言わないユーリに居心地が悪い。どうしよう。なんて言えばいい。
「わかった。それじゃあ魔法はやめよう。代わりにホットミルクとかはどうかな?」
「え……あ、ありがとう。ホットミルク好きなんだ」
「よかった。救世主様がもう少し回復したら夕食も一緒に作ろ。それで寝る前にホットミルクも一緒に作ろうよ」
「うん」
恐らくというか、絶対に気を使わせてしまった。私の回復を待ってくれているのは、きっと夕食やホットミルクに眠り薬などが入っていないか私に心配させないためだろう。
ユーリには、私が一番最初に感じたような危なさはないのかもしれない。でも、どうしてもあの黒くてどろどろとした景色が忘れられない。
「……」
「それじゃあ僕、買い物に行ってくるから。ゆっくり休んで回復しててね」
「ありがとう。ごめんね」
「いーよ。大丈夫。それじゃ行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「っ……! うん! ありがとう!」
擽ったそうな表情で笑ったその顔は年相応の少年で。
やはり私はユーリに対して何か勘違いしているのかもしれないと思った。




