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魔法使いと私

「操るのではなく、寄り添う……」


 沸騰し始めた頭を冷やそうと机に顔を突っ伏した。額にあたる机が冷たくて気持ちいいけど、すぐに自分の体温で生温くなってしまう。


「……」


 桜さん、エドさんとお別れをしてから一週間。国へと戻った私は楓さんの力を扱えるように独学で練習をしている。それがいい方法とは思わないけど、教えを乞おうにも信頼できる人なのかとか不安があって言えずにいる。


「まあ……そうは言ってられない状況なんだけど」


 大きな理由としては二つ。


 あの日の夜、ひなたちゃんに会いに行こうと寝たのに会えなかったということ。それはきっと今まで楓さんの力が発動していたことと、ひなたちゃんが私に会いに来てくれていたから。でも今の私は楓さんの力を意識している。だから恐らく発動していない。それからひなたちゃんは私の会いに行くという言葉を信じて待っていてくれるから、会えなかったのだと思う。


 このままだとひなたちゃんとの約束を破ってしまうことになる。それだけは絶対に駄目だ。だってひなたちゃんはあの暗闇へ私を助けに来てくれたんだから。だからひなたちゃんとの約束は守らなきゃ。


「……」


 顔を上げて視線を古い朱色のノートに移す。


 もう一つの理由。ノートに書かれていた内容は桜さんが言っていたこととほとんど同じで、違うとしたら穢れ(・・)という言葉が出てきたことだけだろう。それに関しても詳しい内容が書かれていなかった……いや、書かれていたであろうページが全て破られていたというほうが正しいかもしれない。


 不規則に破れたページ。そこにこそ真実があったかもしれない。


 誰が何の目的で破いたのか。


 始まりの救世主か、始まりの救世主を喚んだ人なのか。それともまったく違う人なのか。今この状態ではわからない。でも私が楓さんの力を使いこなせれば、答えがわかる。


 ……託された想いがあって、叶えたい願いがある。


 今、優先すべきは力の使い方を学ぶこと。そして使いこなせるようにすることだ。だから……。


「信頼は二の次にする」


 怖いし、不安だけど……。


「よしっ!」


 うじうじする私を奮い立たせるため、両頬を思いっきり叩く。


「もう大丈夫だ。大丈夫になれ、私よ」


 気合いを入れた私は椅子から立ち上がり、部屋の外へと急ぎ足で出たまではよかった。


「なぜ今、思い出してしまったんだ……」


 急ぎ足で部屋から出て少し歩いたところで、はたと気づいた。そしてよくよく思い出してみるとギルベルト・フライクは今この国にいないし、団長さんも私の相手をしてもらうのが申し訳なくなるくらい忙しいというのを思い出したのだ。あ、でも団長さんがあと三日もすれば落ち着くと言っていたから、今は焦らず別のことをしたほうが有意義だろう。そうなれば書庫へ行ってまだ読めていない本を読むのが一番だ。


「救世主様?」


「え?」


「どうしたの?」


 突然の呼びかけに振り向くと、まだ幼さが残る少年が私を見ていた。


 彼は確か……あの狸国王が私に付き従う仲間と言っていたときに紹介されたような、されていないような。クロウとドウマンの印象が強すぎて思い出せない。ごめん。


「何か困ってる?」


「困ってると言えば困ってますね……」


「それは聞いても大丈夫なこと?」


 彼が誰だったかを思い出せず申し訳ない気持ちになりながら、口を開き「魔法の使い方を覚えたいんです。だけど得意な人を知らないので、団長さんに誰か紹介していただけないかなと考えていたところなんです。ただ団長さんは、今とても忙しいのでまた日を改めて伺おうと思ってます」と素直に答える。すると目の前にいる彼は、きょとんとしてから面白そうに笑って彼自身を指差した。


「救世主様は覚えていないかもしれないけど……僕、魔法使いだよ。だからもし救世主様が嫌じゃなければ、僕と練習する?」


「っ……!」


 しまった。やらかしたぞ。そして今思い出した。この子、天才魔法使いのユーリだ。


 ……確かにいた。団長さんたちの後ろに。


「ごめんなさい! とても失礼なことをしてしまって」


「大丈夫大丈夫。気にしないで。僕と救世主様はあの日から一度も会ってないし、一度も会話したことがないんだから覚えてなくても仕方ないと思うよ。だからさ、今から僕のこと覚えてよ。ね?」


 彼の言葉に勢いよく頷き続ける。この頷きには申し訳なさとありがたさが入り交じっている。


「よかった。それじゃあまず僕の名前ね。僕の名前はユーリ・ローズホワイト。七つのときから魔法使いとして仕えてるんだ。今の年齢は十四。大切な人はただ一人で僕の姉、ミリア姉さん。僕の存在意義なんだ」


「……」


 うっとりと言えばいいのか、なんと言えばいいのか。ユーリが姉であるミリアさんの名前を出したとき、体と心がぞわっとした。それはミリアさんという人への、恐ろしいまでの執着が感じられたからだろう。これはミリアさんがどういう人であったとしても、決して彼女を悪く言ってはいけないと思った。


「救世主様。これからよろしくね」


「こちらこそよろしくお願いします。それから魔法の使い方も教えてください」


「もちろんだよ。あ、それから僕のほうが救世主様より年下だよね? だから敬語はなしなのと、呼び捨てで呼んでほしいな」


「うん。わかった」


「それじゃあさっそく練習しよう。場所は僕のとっておきのところで」


「っ……」


 人懐っこい笑みで私の手を握り、強すぎない力で引かれる。それを拒まず大人しく着いていく。


 勝手に発動した楓さんの力。それで少し視た景色のなんと黒いことか。一瞬しか見えなかったけど、どろどろとしていて寒く凍えそうな雰囲気の場所だった。


「……」


 団長さんとも違う。それからギルベルト・フライクとも。ユーリは私が今まで会った人の誰よりも気をつけて交流しなければならない。ミリアさんのことだけじゃない。彼に踏み込みすぎてはいけないと、私の勘が言っている。それに知られたくないことや知らないほうがいいことだってある。


「どうしたの? すごく難しい顔をしてるけど」


「え? あ、と、力をちゃんと扱えるようになるか不安で……」


「そっかあ。でも大丈夫だよ。練習を続けたら、絶対に扱えるようになるから。だから一緒に頑張ろうね」


「うん。ありがとう」


 ぎこちなくなってしまったけど笑い返して、ユーリの少し後ろを着いていく。



   ******



「はーい。到着」


「う、わあ……」


「すごいでしょ。ここが僕のとっておきの場所。たぶん誰も知らないよ」


「そうなの?」


「うん。ほら、ここを通る道って狭いし暗かったでしょ。それに見つけづらいところに入り口があるから、まず大人は入れないよ」


「ああ、確かにそうだね。ユーリに教えてもらえなかったら私も気づかなかったし」


 さっき通った道のことを思い出す。確かに狭かった。でもたぶん昔は鋪装されていたような感じだったから、長い間ユーリ以外は誰も使っていないんだろうな。でもその狭い道を通り抜けた先のこの場所は、空気が美味しくて緑がたくさんだ。所々に遺跡のような雰囲気の建物があるけど緑に埋もれている。さすがとっておきの場所と言うだけある。


「ふふ。僕、探検とか好きなんだ。だから他にもこういう場所があるんだよ」


「そうなんだ。私も探してみてもいい?」


「もちろん。それに僕の許可なんて必要ないよ」


「ごめん。でもほら、ユーリのお気に入りの場所を見つけたりして中に入ったら申し訳ないと思って一応確認をね」


 私がそう言うと、ユーリは擽ったそうに笑って「救世主様、ありがとう」と言った。


「それじゃあ魔法の練習をしようか」


「お願いします」


「はーい。それで救世主の力ってどういう感じなの?」


「視る感じの力なんだけど、私もいまいちどういう力なのか把握できてないの」


「視る……」


 ユーリは口元に手を添えて悩む素振りを見せた。その顔はすこし険しい。


 さっきの景色を思い出すと、素直に答えるべきではなかったかもしれない。


 これから先、練習をしてちゃんと扱えるようになったら好きなときに好きなことを選んで視ることができるということだ。つまり相手が知られたくないと思っていることでも、私が視たいと思えば視れるということで。


「……」


「救世主様」


「はい」


「まず一番最初に体力作りから始めようか。それから骨董品で視る練習をして、慣れたら次のステップに進もう」


 ユーリの言葉にきょとんとしてしまったが、慌てて頷き返事をする。あの険しい表情は私の練習メニューを考えてくれていたということだろうか。いや、もし違ったとしても今はユーリの言った練習をこなそう。


「準備体操をしたら、あの木まで走って」


「どの木?」


「あの一番高い木だよ」


「……」


 あまりの遠さに瞬きを繰り返してしまう。


「頑張ろうね。僕も一緒に走るから」


「うん」


 ユーリも一緒に走ってくれるんだから、やる前から諦めてどうする。


 ここにルナとリーヤも一緒だったらもっと頑張れるし、安心できるけど……この国で無闇に出すわけにはいかないと自分に言い聞かせる。いやただルナに関しては、今までいたのにってなるから団長さんと一緒に仕事をしてくれているけど。


 頑張れ、私。楓さんの力をちゃんと扱えるようになるためだ。

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