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 楓さんがどこまで先の未来を視たのか私は知らない。だけどもしかするともしかするかもしれない。


 私が始まりの救世主を救うことができる人間なら、この世界を本来の姿に戻せる。


「……」


 ただこの世界を本来の姿に戻せたとして、私が本当に帰れるのかわからない。それになぜ始まりの救世主はこの世界を変えたのか。何が彼女をそうさせたのか。この世界の本来の姿は、今この世界よりいいと言える世界なのだろうか。


 あくまでこれは嫌な考えだけど、この世界の本来の姿にときに救世主を喚んということは救世主は特別な存在。救世主(わたし)が全て終わったと思っていても、この世界の人たちがいなければ困ると判断した場合に帰してもらえない可能性がある。それは ……救世主(わたし)にとっていい世界とは言えない。だけど今これ以上考えてもしかたがない。それでもこれだけは言える。


「桜さん。私、始まりの救世主を殺したくありません」


『っ……そう』


「そして救えるかもわかりません。ただ私は元の世界へ帰りたいです。それはこの世界に喚ばれた人みんなが思っていたんじゃないかなって……だから私は殺して解決したくないと思いました」


 私は笑って桜さんに伝える。


 そりゃあ失敗したときのこととか考えたらすっごく怖いし嫌だけど。でも今言ったことが私の本心。後悔しない。


『……ありがとう。あなたが来てくれて本当によかった』


 黒い靄を越えて、桜さんの涙が地面を濡らした。


 桜さんの瞳から、はらはらと零れ落ちる涙。


「桜さん」


 私は名前を呼びながら駆け寄り、桜さんの両手を掴み包む。


「帰りましょう。絶対、元の世界へ帰りましょう」


『……っ』


 桜さんは私の言葉に小さく何度か頷いて、そして最後に大きく頷いた。


 私の伝えた言葉はとてもありきたりで、本当に帰れるのかもわからない不確かなものだ。そして帰れたとしても、この世界と元の世界の時間のずれがどれだけあるのかわからない。それでも私は帰りたいし、この世界に喚ばれた救世主(みんな)を帰したい。


『……優しい人。だけど今のままでは、あなたも二番目の救世主と同じになってしまうわ』


「そう、ですね……」


『この世界に喚ばれた救世主は必ず何かの力を持っているの。だけどあなたは力を何も持っていない。あなたにあるのはあなた(・・・)だけ』


 始めの言葉は楓さんも言っていたことだから納得できる。だけど最後の言葉の意味がわからず首を傾げる。


あなた(・・・)という存在を始まりの救世主(かのじょ)は見つけたの。そしてあなたに助けてほしくて、あなたをこの世界に喚んだ。だけど始まりの救世主(かのじょ)はあなたに何も力を渡すことができなかった』


「……」


『だから始まりの救世主(かのじょ)は一ツ木楓さんという少女にこの世界のことを視てもらったの。あなたを守るために』


「っ……! あのっ! 待ってください! それだと時間の流れがおかしくないですか……私が楓さんに会ったのは一ヶ月くらい前ですよ」


始まりの救世主(かのじょ)はあなたという存在を見つけてから、長い間あなたを見続けてきたの。そして始まりの救世主(かのじょ)はあなたを喚ぶだけの力を蓄えていた』


 伝えられた言葉が頭の中でぐしゃぐしゃと散らかってまとまらない。


 始まりの救世主が私を見つけたのは、私が何歳の頃だろう。もし今の年齢の私を見つけたと言うのなら、この世界の時間の流れがとても早いことになる。そうなると……一ヶ月くらいこの世界にいる私と家族(みんな)の時間がずれているということで。


 もし私が無事に帰れたとして……。


「っ……!」


 嫌な想像が頭を過り、桜さんの手を包んでいた手を離し口を押さえる。


 一度過った嫌な想像は私の頭にこびりついて離れてくれない。それどころか今の私に追い討ちをかけるように止めどなく溢れる想像たち。


「……」


 ……駄目だ。ここで心が折れたら帰れなくなる。


『大丈夫。必ずあなたは帰れるわ』


「……」


あなた(・・・)は私たちのような力を持っていない。だから私たちの力をあなたに譲渡するの。あなたがこの世界で生き、そして無事に帰れるように』


 そこで区切った桜さんは私の名前を呼んだ。下がっていた視線を桜さんに戻す。


『それを考えたのが、一ツ木楓さん。あなたが初めて会った救世主よ』


 私はその言葉に目を見開く。


『一ツ木楓さんもあなた(・・・)に助けを求め、そしてあなたを守りたかったの』


「……」


『でもあなたと一緒にいることはできないから、一ツ木楓さんたちは自分の力の中に少しの意識を残してあなたと一緒にいられるようにした』


 桜さんの話を聞いていると、リーヤが私の右横に来て「ピャッ」と桜さんに向かって片手を挙げた。


『ふふ、こんにちは』


 桜さんは柔らかく笑ってリーヤを撫でた。


『一之瀬花さんの力はあなたに馴染んだのね。とても素敵』


「ピャッ」


「ありがとうございます」


 混乱中の頭でどうにかお礼の言葉を口にする。


 本当に楓さんはどこまで先の未来を視たのだろう。


「……」


 もしかすると、この世界の終わりと救世主(わたし)たちの最後まで視たかもしれない。最後を知っていて私は帰れると言ってくれていたのなら……楓さんの「私はもう帰れない」というあの言葉。それはつまり私だけが元の世界へ帰れるということで。


「っ……」


 私だけが、元の世界へ帰れる。


 確かに楓さんたちとはお別れをした。したけど、でも、それは……。


 ぐっと歯を食い縛り、今私が感じているそれ(・・)を捨てる。今私が考えることはそれ(・・)ではない。


 今は、楓さんたちから受け継いだこの力をどう扱えるようにするか。それを考えなければ。花さんの力はリーヤのおかげで馴染んでいるらしいし、あとは楓さんの力だ。


『ただ問題は一ツ木楓さんの力ね。今はまだ力があなたの意思に関わらず発動してしまっている。このままでは力に飲み込まれてしまうわ』


 桜さんの手が私の頬を包む。そして彼女は微笑んだ。


『雪月ちゃん。私からのアドバイス。力はね、操るのではなく寄り添うの。そして力と対話すること。力にも意思があるから、相性で馴染むまでに時間がかかる力もあるわ。だけど諦めないで。あなたが受け継いだ力はあなたの味方で、あなた自身だから』


「はい」


「ピャッ。キュキュ」


『そうね。雪月ちゃんにはあなたがいる。そしてこれからはルナも』


「え?」


 私の口から零れた音は少し間抜けだった。だってルナはこの世界に来てすぐくらいからずっと一緒にいてくれた。だから桜さんの言葉に引っ掛かりを覚えたのだ。


『ルナは私が扱える力の一つなの。だから私が消えたらルナも消えてしまう。その前に私からあなたへ力の譲渡をします』


 ルナは桜さんの力。ああ、だから桜さんに出会ったときに不思議な気持ちになったんだ。そばにいれば大丈夫だと思えて安心できる誰か。それがルナなら納得できる。


『私の力を譲渡するのならあなただと決めていたの。だけど私の力のどれをあなたへ譲渡するかが決まっていなかったわ』


「ウォン!」


『ええ、そうね。あなたも雪月ちゃんが好きだものね』


 ルナを見て微笑む桜さんは、穏やかな口調で言った。


『自我を持つ私の力、ルナがあなたを選んだわ』


「ウォン!」


「ルナ……」


「クウ」


 私の頬とルナの目元辺りがくっつく。


「ありがとう。ルナ」


「ウォン」


『ルナの力はあなた次第で変化するわ』


「変化……?」


『そう。変化するの。あなたがどういう力にしたいかでルナの力は変わるのよ』


「……」


『雪月ちゃん。今すぐに決めなくても大丈夫。ルナは暫く私のときの力を持ったままあなたのそばにいるから。でもきっと悩むと思うから私のときのルナの力を伝えるわね。私のときは五感共有と守護能力。ただ守護能力に関しては、私の力の配分で限定的になってしまったの。それでもその限定的にはとても強い守りよ』


 桜さんはそう言うと、微笑んでから私の頬にそっと口づけた。


『雪月ちゃんに会えて、本当によかった』


「っ……桜さん!」


 黒い靄が薄くなり、桜さんの体が光の粒になっていく。そしてその光の粒はゆっくりと空へと上がり溶けるように消える。


『ルナ。今までありがとう。雪月ちゃんをよろしくね』


「ウォン」


 光の粒になって消えていく桜さんがルナの頭を撫でる。


『雪月ちゃん。私が消えたら私の後ろの木の幹の隙間にノートがあるから持って行ってね』


「はい。ありがとうございます」


『ユヅキさん』


「エドさん……」


 振り返り見たエドさんの体も桜さんと同じように黒い靄が薄くなり、光の粒になっていっていた。


『ここまで頑張ってくれてありがとう。そして無責任な大人たちで申し訳ない。君は今まで以上に始まりの救世主に狙われるだろう。だからこれからは今以上に生きることを頑張ってほしい』


「はい」


 エドさんをまっすぐ見つめて、はっきりと返事をする。するとエドさんの薄くなった黒い靄がゆらっと揺れて、私の体を包んだ。


『……』


「エドさん……?」


 不浄になってしまっているからだろうか。温かさが感じられない。でも抱き締められているのはわかる。


 悲しさ。

 苦しさ。

 悔しさ。

 申し訳なさ。


 いろいろな感情が入り交じって私に伝わってくる。


「エドさん。私、頑張ります。とても頑張ります。だから……大丈夫ですよ」


『……』


 私を抱き締める力が強くなった。きっとそれが返事だ。だから私もそれ以上は何も言わず、そっと黒い靄に手を添わせた。

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