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 生まれたての炎のトカゲは私の体を走り回って居心地のいい場所を探していたけど、どうやら右腕に落ち着いたらしい。ぴったりと落ちないようにくっついてくれている。


 左手でトカゲの頭を優しく撫でる。


「君の名前なんだけどね、私の大切な人が考えてた名前にしたいと思うんだ」


「ピャッ」


 トカゲに鳴き声があるのかわからないけど、私のトカゲはこういう感じらしい。可愛い声だったし顔も可愛かったからきゅんとした。


「ピュッキュ」


「ふふ。ありがとう。君の名前はリーヤ」


「ピャッ。キュキュ」


「私のお父さんが描いてた絵本に出てくる竜の名前。私、その竜がとっても大好きなんだ」


「ピュッキュ」


「うん。君のことも大好きだよ。これからよろしくね。リーヤ」


「キュキュ」


 ふわっと大きな炎が私の回りを舞う。それが全て私に寄り添うように近づいて、溶けるようにすっと消えた。


「キュ、キュキュ。ピャッ」


「んふふ。うん。早く出ようね」


 とは言ったものの、あれからずっと暗闇を歩いてるんだよな。一向に出口らしきものが見つからないし。


「ウォン! ワンッ!」


「えっ……!?」


 聞き慣れたルナの声が後ろから聞こえて思わず振り返る。


 淡く光る何かがこちらに向かって来ていた。


「っ……ルナ!」


「ウォン!」


「ルナー!」


 どうしてここにいるんだろうって思う。

 なんで私がここにいるってわかったんだろうって思う。


 もしかしたら私の弱さが原因の幻聴や幻覚かもしれない。


「……」


 それでも私はルナの声にとても安心した。途中からリーヤがいてくれたから暗闇の中を歩き続けられた。だけどずっと私のそばにいてくれて、寄り添ってくれたルナの存在が私の中で大きい。


「ルナ!」


 少し情けない声でルナを呼ぶ。


「ウォン!」


 返ってきた声はどんどん近づいてきている。恐らく幻聴や幻覚じゃない。ルナが私のところへ向かってきてくれている。


 目を凝らして淡く光る何かを見つめる。それは大きく美しい藍色の犬の姿をしていた。


「……」


 間違いなくルナだ。ルナが来てくれた。


 わっと溢れ出てきそうになる涙を堪えて、私はルナに向かって走り出す。


 なんだか本当に最近の私は涙脆い。少しのことで泣くなんて……。


「ピャッ」


「ふふ。ありがとう。大丈夫だよ」


「ピャッ、ピャッ」


 リーヤは落ちないように器用にくっついたまま、万歳をしてそのままくるくると手を回す。その仕草も可愛いし、何より表情が可愛い。


「ピャッ」


「リーヤ。ありがとう。君も優しいね。とても……とても優しい」


「キュキュ」


 リーヤが笑った。それはそれは嬉しそうに笑った。その表情を見た私の走る速度が上がる。


「ピャッ」


「うん。なんだか心が軽くて! 今なら最高記録を叩き出せそう!」


「ピャッ! キュキュ!」


『いかないで!』


「え……?」


『オイテ、いかないで……!』


「な、に……」


『ひトリにシないデ』


 その声は震えていてまるで泣いているような、悲しさや寂しさを持っていた。そしてそれと同じく縋りつくように私の足や腰を掴む手たち。その手たちはがっちりと私を掴んでいてびくともしない。


『一緒ニいテ』


「キュ」


「放して……!」


『嫌だ』


「私は帰るの」


『いやだ』


「……放しなさい」


『イヤ……嫌だいやダイヤダイヤダイヤダアアアアアアアアアアアッ!』


「ぐっ……」


 叫び声に耳を塞ぐ。その手を別の手が掴んできて、私の足を掴んでいる手があるところへと引っ張られる。そこにあるのは暗闇だけ。


 これは本当にまずい状況だ。私を掴む手の量が増えてきた。


「っ……リーヤ! 君だけ先に行って! 君だけでもルナと合流して!」


「ピュキュキュ!」


「っ……どうして行ってくれないの。君も危ないんだよ……!」


「キュ! ピャッ! キュキュ!」


 ぎゅうっと私の右腕にくっついて一緒にいると言ってくれるリーヤは、青い炎で私を包んでくれて私を掴んでいた手たちを燃やす。


「ピャッ!」


「うん!」


 リーヤの合図にもう一度走り出す。ただ前を向いて走る。


 後ろから聞こえる悲痛な叫び声に耳を傾けてはいけない。ここでそれをしてはいけない。


 いい加減、学べ。学ばない私が誰かを危険に晒すということを。言葉や思うだけじゃなく、ちゃんとしっかりするんだ。


「……」


 自分でどうにかしなきゃとか言っていたくせに、私はまた助けられた。いつだってそう。気づかないふりをしてきたけど、心の中で誰かが助けてくれるって甘えがある。その甘えが、誰かを危険に晒す。そしていつか本当に後悔するときがきて、そのあとちゃんとしようと反省するの。


「っ……あああああああああ!」


 後悔しないようにしようって思ってる。

 痛いことも苦しいことも嫌だって思ってる。

 死にたくないって思ってる。

 帰りたいって思ってる。


「でもさっ!」


 私は、私のために誰かに傷ついてほしくない。

 苦しい思いも死んでほしいとも思わない。


「わ、たしはっ!」


 私と同じかそれ以上に怖い思いをして、不安や寂しさを押し殺してきた人たちがいることを知ってる。


 私も人間だから弱くて言い訳ばかりするけど……。


「あなたにも、笑ってもらえるように頑張るから! だからっ! 今は私を行かせて!」


 捨てていけ。半端な自分を。


 息も絶え絶えで、ちゃんと言葉にできたかわからない。でも今の私ではこの人を助けることはできない。気持ちだけでどうにかなるような相手じゃないから。圧倒的な私の実力不足。


「もっと、ちゃんと扱えるようになったら絶対にあなたに会いに行くからっ! はっ……あと少しだけ待っててくださいっ!」


『イカナイデ』


 追ってくる声。走る私に伸ばされているであろう手の気配を感じる。だけど立ち止まることも振り向くこともしない。


「はっ、はっ、あー、苦しいなあ……」


『ひトリはいやダ』


「……」


『寒いよ』


「……」


『寂しいよ』


「っ……」


『オイテいかないで』


 後悔しない、選択を--。


「ごめん。リーヤ」


「キュキュ! ピャッ」


 リーヤがばっと嬉しそうに前足を上げて、私の選択が正しいと言ってくれた。私はリーヤに笑いかけてゆっくりと走る速度を落とし、そして立ち止まる。


「おいで」


『いっしョにいてクレるの? うレシい』


 伸びてくる手を拒絶しないで、私からも手を伸ばしてその手に触れる。


「ごめんね。私はあなたと一緒にいられないの」


『イヤダ。キコエナイ。一緒にイる』


「私はあなたに必ず会いに行くから。だからそれまで待っていてほしいの」


『ひとりはいやだ』


『うソツき』


『こない』


『まタ置いていカレル』


『さみしい』


『一緒』


『そばにいて』


 声が泣いている。だけどここにこの人はいない。ここにあるのはこの人の想いだけ。


「私は……まだあなたを見つけていない。だからここにいるあなたとは一緒にいられないの」


『さみしい』


『さむい』


「私があなたを見つける。それまで私とはさよなら」


 掴んだ手を包むようにして、手が出ている暗闇を見る。


「お願い。本当のあなたに会いたいから、私を行かせて」


『ぜ……たいニ』


『あい……にきてくれル』


「うん。会いに行く。絶対に。約束しよう」


『うン』


 小指と小指を結んで指切りをする。


「ありがとう。それじゃあ行くね」


 私のその言葉に手が離れて暗闇へと姿を消した。そしてその奥にうっすらと人の姿があって、私は気になり目を凝らした。


『ゆづきさん。ごめんなさい。どうか私を--』


「え?」


 最後まで聞き取れなかったけど、確かに私の名前を呼んだ。そしてその声に、私は覚えがあった。


「あの声って……」


 今までこの暗闇で聞いていたどの声とも違う。私が何度も聞いたことのある声。声の高さも落ち着き加減も違う。それでも私の頭の中で一致する人がいる。


「早く、早くこの世界のことを知らなきゃ」


「ピャッ」


「ウォン!」


「ルナ! よかった。大丈夫? 怪我してない?」


「ウォン! ワンッ!」


「ごめんね。心配をかけて」


「ウォン」


「キュキュ!」


「ワンッ」


「あ、この子はリーヤ。炎のトカゲなの」


「ウォン!」


 ルナがリーヤをじっと見つめて、リーヤもルナを見ていたがリーヤがばっと体を起こして手をくるくると動かし始める。その姿を物珍しそうに見つめるルナ。その間もルナとリーヤは話していた。


「ウォン!」


「ピャッ!」


「そうなの。早くここから出たいんだけど……ごめんね。私が相変わらずいろいろと悩んで遅くなっちゃって」


「ワンッ! ウォン!」


「ああもうっ! ルナ、本当にありがとう! 面倒臭い人間でごめんね! お願いします!」


「ウォン!」


 ルナの言葉に私は申し訳なさが込み上げてくるけど、きっとルナに言っても「気にしないで」と言われる。だから私はルナを信じてルナに心から「ありがとう」と言うの。


「ワンッ!」


 ルナが乗りやすいように座ってくれたので急いでその背に乗る。そしてしっかり掴まる。それを確認したルナが思いっきり走り出す。


「ピュキュキュ! ピャッ!」


「あ、リーヤ。はしゃがないで。落ちちゃうよ」


「ピャッ」


「ウォン!」


 楽しそうにするリーヤと落ちないように注意する私。そして私たちが落ちないように注意しながら走ってくれるルナ。


 このやり取りが私の気持ちを落ち着かせてくれていた。

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