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「なぜですか! ばあ様!」


「シーヴァ。これは決まっていることなの。この先へ行けるのは救世主(ユヅキさん)だけなのよ」


「救世主殿を一人で行かせるわけには参りません! 危険すぎます!」


「落ち着きなよ。ウォルフ団長。行けないものは行けない。仕方がないことだろ」


「なぜお前は冷静でいられる!? 救世主殿がお一人で行くことになっているんだぞ! 近くにいられないということは守れないということだ! 冷静でいられるはずがないだろう!」


「それでも、だ。ユヅキしかいけないならどうしようもない。それにクロワイルならユヅキを必ず守ってくれる。何より俺たちが冷静でいなくてどうするんだ」


「っ……」


 ギルベルト・フライクの言葉に顔を歪め口を閉じる団長さん。


 少し重々しい空気を感じながら、私は口を閉じ続けみんなを見ていた。


 なぜこの話の中心である私が口を閉じ続けているのかというと、私はこの話を聞いて納得しているから。そして団長さんの言葉に「私は大丈夫ですから。落ち着いてください」と最初のほうで言ったら、団長さんが「お一人は絶対に危険ですし、お守りすることができません」と言われたので静かに聞くことにしたのだ。それにミーシェさんから私しか行けないことを聞いて『そっか。私しかいけないのか。危険なことがなければいいけど。いや、たぶん今のがフラグになって危険な目に遭うんだろうな。さて、どうやって生き残ろう』と生きる方法を考えていたのもある。


 ……そろそろ約束の時間だ。もし何かあったとして私が生き残る方法も、無事に帰ってこられるような案も何も浮かんでいない。だけどきっと大丈夫。エドさんと三番目の救世主が力を籠めてくれた髪飾りがあるし、ミーシェさんが無事に帰ってこられるようにと願いながら私の髪を結ってくれた。それは私を守ってくれる薄い結界のようなものだとミーシェさんが教えてくれた。


 だから、きっと大丈夫。大丈夫じゃなくても大丈夫にする。


「シーヴァさん。私、頑張って無事に帰ってきますから。だから私を信じてください」


「……っ、本当に無事に帰ってきてくださいますか」


「はい」


 苦しそうで不安そうな声にはっきりとした声で返事をする。


「わかりました。ここで救世主殿の帰りを待ちます」


「ありがとうございます」


「いえ。どうかあまりご無理なされないようにしてください」


「はい。シーヴァさんもあまり私を心配しすぎないでくださいね。疲れてしまいますから」


「はい……」


 私は笑顔で団長さんとギルベルト・フライクに「行ってきます!」と伝え、私とミーシェさんとルナはもう一つ奥の部屋へと入る。そこにミーシェさんたちが守り続けた扉があった。


「……」


 重厚で美しい装飾が施されている扉。その奥から得たいの知れない凍えるような冷たさと心臓をぎゅっと握るような恐怖が漏れ出ている。


「ウォン!」


「ごめんね。大丈夫。大丈夫だよ」


 大丈夫だと言ったけれど声は震えているし、体も震えているのがわかる。


 こういう恐怖は今まで味わったことがない。少しでも気を抜いたら真っ暗闇に引きずり込まれそうな怖さ。


「ふー……」


 大丈夫。大丈夫。恐怖に飲み込まれるな。冷静に。


 私がこの世界に来て初めての日を思い出すんだ。武装した人間に囲まれていたのにプラスして肩を刺され、さらには究極の選択を迫られたことを思い出すんだ。そう、あの狸国王と表情変えずに私の肩を刺したあの兵士のことを思い出せ。救世主の仕事だとごみ拾いをしていた私に、きゃっきゃっと楽しそうに声をかけてきた人々を思い出せ。ぽい捨てし続けた人々を思い出すんだ。


 ……うん。なんだか大丈夫な気がする。冷静ではないけど怒りでどうにか乗り越えられそう。


「ミーシェさん。お願いします」


 私の言葉にミーシェさんは何か言いたそうな顔をしたけど、口角を上げて笑って「ユヅキさん。行ってらっしゃい」と言ってくれた。


「行ってきます!」


「ウォン!」


「うん。またあとで。ルナ、行ってくるね」


「ワンッ! ウォン!」


 ルナの頭をわしゃわしゃと撫でて、扉に向き直る。


 ミーシェさんが扉の前で開けるための呪文を唱えると、音もなく扉が開いた。瞬間、ぶわっと体を包む息苦しさ。


「っ……」


 あ、やっぱり駄目かもしれない。この雰囲気に飲まれる--。


 私の体は恐怖から逃げるように後ろへと下がる。


 そんな私の心を守ってくれるかのように、ふわっと私の影から青くて綺麗な炎が現れて私を包んだ。そして聞こえてくる、声。


『大丈夫。私の力が一緒にいるから。それに楓ちゃんの力も一緒よ。だから大丈夫』


 この声は……花、さん。花さんの声だ。


『雪月ちゃん。今あなたに話しかけている私は、あなたに譲渡した炎に少しだけ残せた私の心。だから私が一方的にあなたに話すね』


 話そうと思ったけど、声が出なかったので頷く。そうしたら炎がゆらっと嬉しそうに揺れた。


『あなたがこれから使う炎はとても綺麗な青色だね。まるで大空のようだわ』


「……」


『大丈夫。私の力は絶対にあなたを傷つけない。だから私の力を信じて使ってね。危険な力だけど、雪月ちゃんなら大丈夫だから。どうか怖がらないでね』


 私は花さんの言葉に頷き続ける。


 だって私は今、花さんの力だった炎に包まれているけど火傷していない。それに優しくて、ただただ暖かい。大丈夫。私はこの力を嫌いになったり、怖がったりしない。


 私の想いが伝わったのか、炎がするりと私の頬に触れた。


『雪月ちゃん。この世界の真実を知って帰り道を見つけてね。あなたが無事に帰られるように願ってるから』


 声が出ないけど、口だけ動かして「花さん、ありがとうございます」と花さんに伝える。


『……私こそありがとう。私ね、雪月ちゃんと別の出逢いかたをしたかった。もっと話をしたり、一緒にお出かけしたりしたかったな』


「……」


『だからまたいつか逢えたときは……友達になってくれますか」


 花さんのその言葉に、私は思わず泣きそうになった。それをぐっと堪えて、頷く。


『ありがとう。またね、雪月ちゃん』


 その言葉を最後に、花さんの気配が消えた……。残ったのは青い炎だけ。


「ふー」


 大丈夫。落ち着け。炎を影にしまうようなイメージで。


 残った炎をどうにか自分の影にしまい終えると、ミーシェさんの焦った声が聞こえる。


「ユヅキさん……!」


「ウォン!」


「ごめんなさい。もう大丈夫です。今度こそ行ってきます!」


 私は笑ってミーシェさんとルナに言って中へ入った。



    ******



「あ、扉が……」


 私が中へ入りきったら扉が閉じて消えてしまった。


 え、一方通行なの。ちゃんと帰れるかな。帰れないと大問題なんだけど。どうしよう。エドさんもいないし。どこまで行けばいいんだろう。いや、むしろここから動かないほうがいいかな。もっと詳しく決めておくんだった。


 後悔しながら、息を吸って空を見上げた。


「空が真っ青だ」


 それに空気も美味しいし、吹く風も涼しくて気持ちがいい。


 それなのに肌にひしひしと刺さる緊張感と息苦しさはなんなのか。不思議な感覚だ。


『ユヅキさん』


「あ、エドさん」


『すまない。待たせてしまったね』


「私も今来たところですし、気にしないでください」


『ありがとう。早速なんだが、ここでの注意事項を二つ伝えておくよ』


「はい」


『まず一つ、あの森の中へ入ったら聞こえてくる声に返事をしてはいけない。私もあの中では一言も話さないから。例え私の声がしても返事をしてはいけないよ』


「はい」


『そして次に、何かに体を触れられたような感覚があるかもしれないが一切反応してはいけない』


「すみません。肩が飛び跳ねたりもですか……?」


『できれば無反応でいてほしい。もし肩が跳び跳ねたりしても相手が気づかなければ大丈夫だが、気づかれた場合は光がなく音も響かない闇に引きずり込まれてしまう』


「……」


 突然触れられたりしたら絶対に驚いてしまう。それこそどれだけ回りに集中していてもだ。気を付けていると思っててもできていないところがある。そこを突かれたら終わる。


『この場所で君に絶対大丈夫とは言えないし、君を絶対に守りきるとも言えない。ここで私にできることは心の中で君の無事を祈ることと、君を信じることだけなんだ。だからどうか頑張ってほしい』


 黒い靄の中から見えた美しい琥珀色の瞳が強く私を見つめていた。


「……」


 私はゆっくりだけどしっかり頷いた。


 気をつけるしかない。

 頑張るしかない。

 もし何かあっても自力でどうにかする。


 大丈夫。どうにかする。私には花さんの力もあるし、楓さんの力もある。


 ただ自分の意思で使ったことがないから、使えるようにイメージだけでもしっかり持つ。それから大事なのは心。


 自分を信じて、花さんたちから貰った力を信じる。


 私は、やればできる子。大丈夫。


「エドさん。私、頑張ります。帰れるようにすっごく頑張ります」


 にっと自信を持った笑顔でエドさんを見る。するとエドさんは一瞬きょとんとしてから、ふっと柔らかく笑って『ありがとう。とても頼もしいよ』と言った。


 さあ、いざ怖い森を歩こう。

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