想いを繋ぐ
団長さんと会話をしたあの日から早くも三日が過ぎた。そして昨日までは書庫に籠り、これでもかというくらい本を読み漁っていた。本を読むにあたって一番大切な『字を読む』ということに関しては、なんとなく読めるようになっていたので問題なし。いや最初は驚いたけど、深くは考えないようにした。考えても今の私では答えがでないだろうし。とりあえず帰る方法を探すのを優先に。そう思って今日も書庫に行こうと思っていたのに、あのたぬ……国王に呼ばれ行ったら偉そうに告げられた。不浄退治へ行けと。
しかも今回の不浄退治には、ギルベルト・フライクと団長さんの二人が付き添ってくれることになった。
いやいやいやいや。なんでだよ。なんでこのタイミングでこの二人なんだよ。
聞いた瞬間、声を大にして国王にチェンジでって叫びたくなったのはついさっきのことだ。
「ふー」
でもまあ、ある意味この二人でよかったのかもしれない。二人とは一対一で話したことがあるし、団長さんは私が元の世界に帰りたがっていることに気がついている。そして恐らくギルベルト・フライクも私が帰りたがっていることに気がついているだろう。でも私が今こうして生きているということは、つまりそういうことだ。だからあの二人でよかったのだと思う。
そう思いながら、手早く荷物をまとめていく。身軽な感じで行きたいから最低限な物だけ詰めて、時間を確認する。集合時間まで十五分もある。
「今行けばちょうどいいくらいかな」
よし、と頬を軽く叩いて気合いを入れる。
とりあえず生きて帰ることを念頭に、不浄になった人のことはどうにかして救いたい。きっと楓さんや花さんのように強く、そして優しい人だと思うから。
****
集合場所の門まで行けば、二人とも準備万端で既にいた。
そのことに遠目で気づいた私は慌てて走って彼らの元へと行く。
「雪月、久しぶりだね」
「久しぶり。ごめんなさい。遅くなってしまって」
「ん? 遅くないから謝らないで大丈夫だよ。俺たちが早く来すぎただけ。ね、ウォルフ団長」
「ええ。ですから救世主殿は気になさらず大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
二人の目を見てお礼を述べる。
こういう待ち合わせがあったときはもう少し早く着くように来よう。今日みたいに二、三分前くらいだと待たせてしまっている可能性があるし。あ、でも人によるかな。こういう時間って。そうすると人を見て決めるべきかな。
「救世主殿。荷物は私がお持ちしますよ。陛下からお聞きになったと思いますが、今回の場所はメラグルカで長い距離を歩くことになりますので」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ」
「そうですか?」
「はい」
「……」
団長さんはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、ギルベルト・フライクの「持つのが辛くなったら遠慮なく言ってね」という言葉を聞いてはっとした顔をした。そして団長さんはずいっと前に出て私との距離を狭めた。
「救世主殿、辛くなったら仰ってください。荷物は持ちますし、あなたも私が抱き抱えますので。遠慮せず仰ってください」
「あ、ありがとうございます……」
あれ。なんだか団長さんがとってもグイグイくるんだけど。この前までこんなに距離感近くなかったよね。適度に、というよりは少し遠いくらいのところだったはず。なぜこんなに近くなってる。
「ワンッ!」
「わっ……! ルナ!」
団長さんとの距離感の近さに悩んでいたら、ルナが走ってきて私に飛びついた。そのせいで少し体勢が崩れたけど、どうにか踏ん張ってルナの首辺りをわしゃわしゃと撫でる。
「ワンッ! ウォン!」
「ん、ふふ……くすぐったい」
「ワンッ!」
「ルナも久しぶり」
「ワンッ」
ルナと戯れていると、ギルベルト・フライクが物珍しそうに私とルナを見て言った。
「珍しいな。ルナがそんなにもなついてるなんて」
「ふっ。当たり前だろう。私が好きになったお人だぞ」
いや、本当にどうした。そこまで言ってもらえるような好感度の上がり方をした覚えが私にはないのだが。何がどうなってそうなった。団長さんの頭が何かの影響でバグってしまったのか。いや、何かの影響ってなんだ私よ。
「ルナ、雪月は温かいだろ」
「ウォン! ワンッ!」
「ああ、俺もそう思うよ」
「クゥ」
ぼんやりと団長さんとの距離感について考えていると、隣から柔らかい雰囲気で話しているギルベルト・フライクとルナを見てつい言葉が零れる。
「ルナはギルベルト・フライクと仲がいいんだね」
「ウォン? ワンッ! ウォン!」
「え、ルナ? どうしたの?」
「俺とルナは別に仲がいいわけじゃないんだよ。な? ルナ」
「ワンッ!」
「ふ、ふふふ……そんなに元気に返事しなくても」
「ウォン!」
ブンブン、と勢いよく尻尾を振りながら私の頬に自分の顔をくっつけるルナ。その行為が可愛くて幸せで、私からも頬をルナの顔にくっつけて軽く頬擦りする。
「クゥ。ワフッ」
「ん、ふふ」
「ルナは雪月と仲良しだもんな」
「ワンッ」
耳元だから声を抑えてギルベルト・フライクに返事をしてくれるルナ。そしてすりっと頬擦りしてくれて、私の肩に顔を置いた。
ぐっ。可愛い。しかも私と仲良しだと思ってくれてる。嬉しい。私もルナと仲良しだと思ってるよ。
「ルナ」
「ワフッ」
「あの、救世主殿。ルナとお話ししているところ申し訳ないのですが、お聞きしたいことがあります」
「え、はい。なんでしょうか」
「フライクのことは名前呼びで、なぜ私は役職名なのでしょうか」
「……なぜ、ですか。別に理由はありませんよ。ただなんとなく最初からそう呼んでいたので」
「でしたら私のことも名前で呼んでいただけないでしょうか。できればシーヴァと」
呼び捨て、か。うーん。呼ぶなら気持ち的に『さん』はつけさせてもらいたい。それから個人的に団長さん呼びは気が楽だったため、突然の名前呼びはハードルが高い。なので……。
「シーヴァさんでは駄目でしょうか」
「……」
「……!」
団長さんはぶわっと花が咲いたように雰囲気を綻ばせ、少し頬を赤らめ微笑んだ。そしてギルベルト・フライクに視線を移すとぽかんとしながら私たちを見ていた。




