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「救世主殿?」
「……あ、ごめんなさい。続きをお話ししますね」
「はい。お願いします」
「その靄が不浄を包んでいた黒に似ていて……私の考えではあのまま包まれていたらあなたは不浄になっていたと思います」
「……」
「だからそうなる前にどうにかしたかったんです。なのであなたに突進しました」
「……」
「突然、突進してしまいすみませんでした。でもあなたが無事でよかったです」
すっと言葉になって出てくる。そうだ。さっきも思ったけど、団長さんが無事でよかった。これは私の本心だ。
「……」
団長さんは何も言わずじっと私を見つめる。その瞳にはどんな気持ちや考えが映っているのだろう。そう思いながら、私も見つめ返す。
「救世主殿」
「はい」
上手く気持ちや考えは読めなかったが……なんと言うか、今の団長さんの瞳は澄んでいて綺麗だなと思う。
「あなたは、真っ直ぐですね。とても真っ直ぐで……心配になります」
「心配、ですか?」
「はい。これは私個人の想いです。あなたはこの世界にいるどの人間よりも、優しい。だからきっとあなたはこの世界に来てから意味もなく傷つけられ、痛めつけられた心を私たちの前では上手に隠してしまうのでしょうね」
「っ……」
「悟られないよう、本心を隠して心の奥底に沈め蓋をして。そして笑顔を貼りつけ、なんでもないように過ごしている」
団長さんの言葉に、ざわざわと心が騒ぎ出す。
うるさいくらい心臓が激しく動く。
手は緊張なのか、汗でぐっしょりと濡れている。
「あなたは……私に似ている。ですが私とあなたは違う。私がこの世界の人間で、あなたが別の世界の人間だということ」
「……」
何か。
何か話さねば。
カラカラに渇いている口からはなんの音も出てきてはくれない。
「ウォン!」
「え……あ、ルナ? どうしたの?」
「ウォン。ワンッ」
私の太ももにルナは前足を乗せて、私の顔を隠すように体をくっつけた。
お日様の香りのするふわふわとした毛が私の体に入っていた力を抜いてくれる。
ああ、本当に優しい子。私の気持ちに気づいて寄り添ってくれているのだ。
「クゥ」
「救世主殿。私はよく考えなくともわかることから目を逸らしました」
「え……?」
団長さんの言葉にルナから離れて、団長さんを見る。
「私はあなたがどうなろうとよかった。どれだけ傷つき、痛め付けられ苦しもうが。そしてどこで死のうがどうだってよかった。あなたは救世主でいくらでも代わりがいる。前の救世主のように。死んだら別の救世主を喚べばいいだけなのだから。だから命令されたことのみをこなし、あなたを知ろうとしなかった」
「……」
「ですが……今は違う。私はあなたに傷ついてほしくない。死んでほしくない。あなたを知りたいと、そう思います」
まっすぐに、逸らされず伝えられる言葉。それは私の心を波立たせる。
ギルベルト・フライクもそうだけど、なんと言うかこうまっすぐにぶつけられる言葉は心にくるし恐怖を感じる。ついでに言えば、頭の中もいろいろな考えが出てきてぐちゃぐちゃになるんだけど。
嘘かもしれない。
私を救世主として利用するための言葉かもしれない。
そう思うけど、私の心はなぜか素直に団長さんの言葉を受け取った。
「異世界からあなたを喚んだのは、我々この世界の人間です。あなたはこの世界の人間の勝手で喚び出された。それなのに私たちはそんなあなたに酷い行いをしました。そんな世界の人間を信用することも、信頼することもできないでしょう」
「えっ……!? あ、あの! 何をしてるんですか?! 頭を上げてください!」
「決して許さないでください。この世界、そしてこの世界の人間があなたにしたことを」
突然私に頭を下げ、静かにどこか覚悟を決めたような声でそう告げる団長さん。
「……団長さん。私は大丈夫なので、そこまで気にしないでください。だから頭を上げてください。お願いですから」
「救世主殿」
「なんですか?」
「私、シーヴァ・ウォルフはこれよりこの命、この魂をかけあなたをお守りすることを誓います。そして必ずあなたを元の世界へとお返しします」
「あ……えっと、突然どうしたんですか。私は団長さんに命や魂をかけてもらえるような人間じゃないですよ。本当に大丈夫ですから。気にしないでください。それに簡単に命や魂をかけたら駄目ですよ。一つしかなくて、一度だけの人生なんですから。長生きしなくちゃもったいないです」
つらつらと言葉が勝手に口から音となって出ていく。
「簡単に決めたわけではありません。これは私の勝手。私がそうしたい。だからあなたは何も気にしなくていいのです。そして私を信じないでください」
「……」
同じだ。あの日のギルベルト・フライクと。
改めて考えると、ギルベルト・フライクも団長さんも心根の優しい人だと思う。
だからギルベルト・フライクはあのとき『だから俺を信じないで。俺が勝手にそうするだけだから』と言ったのだ。
私に気を使わせないために。
私が私だけのことを考えられるように。
いざというとき私が見捨てられるように。
私がちゃんと帰れるように。
「あの、一つだけ聞いてもいいですか?」
「はい」
「さっきあなたは私がどういう人間なのか答えをすぐには出せないと言っていたのに、どうして急に命や魂をかけてくれたんですか……?」
「自分でも驚いています。こんなにも早く答えが出せたことに」
「……」
「答えはとても簡単だったのです。己の心に素直になる、それだけでよかった。私はあなたのことが嫌いじゃない。そして私とあなたは同じだとすぐに気がつきました。私だから、わかった。けれど私よりも上手に笑う人。上手に本心を隠す人。私は清めの儀が行われた数日間、夜のなか一人で作業するあなたを見ていた。私たちの前ではほとんど笑顔でしたが、一人になるところころと変わる表情に安心したのを覚えています。ですがあのときの私はそれに気づかないふりをした。それが私自身の心を守る手段だったから」
「……」
「けれど、先ほどここへ着きふっと顔を綻ばせる姿を見たときに……己の心に素直になろうと思ったのです」
私はただただ団長さんの瞳をまっすぐ見つめ、言葉を聞く。
「私はあなたが好きです。それが、答えです」
「……」
「私を信じなくていい。ですが私を頼ってください。私はあなただけの矛と盾です。自由にお使いください」
片膝をついて、まるで忠誠を誓うかのような姿にぶわりと何かが込み上げてくる。
怒りでも、悲しみでもない。
これは、信用や信頼に近い感情だ。
私と似ている人。
けれど私とは違う人。
私は、この人に死んでほしくないと思うのだ。それが今の私の、本音。




