誰が救いたいと思うか
冷静になれ、自分。無理だろうが、冷静になるんだ。今ここでまた声なんて出してみろ。一瞬で身体中に穴が開くぞ。そして待っているのは激痛の先に死だけだ。それだけは回避したいでしょ。
--だから冷静になるんだ。
「して、お主は異世界より来たのじゃな」
そう私に問いかけてきたのは、きらびやかな装飾を身に纏う老齢の男性だ。恐らくこの国の王様。
威圧感半端ない。これは物語でいう悪い方の王様だ。ここにいる人たちを信じちゃいけない。だけど死にたくないから、信用しているふりだけはしなければ。
そして王様に問いかけられた『異世界より来たのか』というのは何度も聞かれ、何度も答えている。それを面倒だとか思って答えなければ、即座に私の身体は穴だらけ。
さっきからこの子は何を言っているんだ、とこの状況を見ていない人は疑問に思うだろう。
私だって何を言っているんだと思う。ただ、あれだ。私が穴だらけだとか言っているのはあくまで目の前にいる人たちを見て、自分が何をしたらそうなるみたいな想像の話をしているのだ。つまり身体が穴だらけになるとは例え話ではない。
どういうことかと言うと、大勢の兵士が銃やら槍やらを構え私を取り囲んでいる。つまりいつでも私を殺せる状態だ。
目を覚ました時にはもうそういう状況で。意味がわからずパニックになり、しかも武装している人たちが取り囲んでいる状況が怖くて思わず叫びそうになった私に、表情崩さず槍を突き刺した兵士を絶対に忘れない。そして絶対に許さない。その右肩は未だじくじくと熱を持ったまま痛む。一応の手当てはしてくれた。してくれたけど、状況が状況じゃなかったら痛みで気絶してる。
そんな私をよそに王様は話を続けた。そしてその大半を痛みやら何やらで聞き逃した私は、今一番の大馬鹿だ。そんな中で一つだけ聞き逃さなかったのが以下である。
「ではお主に問おう。我々の世界を救う救世主になるか。今この場で死ぬか。どちらを選ぶ」
なんだよ。その究極の二択は。つまりこれはあれですよね。生きたきゃ世界を救え。そうじゃないなら邪魔だから殺すよって、そういうことだよね。だったら救世主になるわ。でもさ世界を救う途中で刺客とかに殺される可能性もあるわけで。
え、これ元の世界に帰るっていう選択肢はない感じかしら。もしかしたら……ないな。うん。ないわ。一瞬でも希望を持とうとしたが無理だった。秒で希望とかもろもろ消えたわ。それにそういう気があるなら、刺さないわ私のこと。
「好きな方を選ぶといい」
答えを急かすかのように、いや、急かされてるんだろうけど。王様が選択を迫ってくる。好きな方って言われても、死にたくないから選択一つしかないじゃないか。なんだよ。この理不尽さは。もうこの人たちが悪の権化じゃないかな。この人たちこそ罰せられるべきだわ、絶対。
「救世主になります」
「では、お主に護衛兼付き従う仲間を与えよう」
この状況で「いや、いりません」とは言えないよね。大人しく返事をして頷いたわ。
「英雄騎士団長のシーヴァ、史上最年少の天才魔法使いユーリ、英雄騎士団一の弓の名手クロウ、癒し手フォールマ、賢者ドウマン。以上の者は彼女と共に行くように」
名前を呼ばれた人たちの顔を見ていないから何とも言えないが、たぶん皆さん美形なんだろうな。これで普通か普通以下の方々だったら、ある意味感動する。むしろ喜ぶ。ところでなんだ。このどこぞで見たことのあるような恋愛シュミレーションゲームにありがちなメンバーは。しかもよく考えたら、異世界から来たとかの展開も乙女ゲームにありがち展開ではないか。いやいやいやいや。そんな展開いらないから。そんなの求めてないから。全力でお断りだから。
とりあえず早くここから去りたい。むしろ家に帰りたい。というか帰してくれ。この世界を救うとか私には関係ない。勝手に持ち上げるな。
私がいれば救える人々がいるとしてもだ、何で知らない世界の人間を救わなくてはならないのか。人として最低だと言われても私は死にたくないし。何より異世界から来たと一瞬でわかる服装をしている人間の肩を平然と刺したり、生きるか死ぬか選べと言うような人がいる世界を救いたいと思うことはできない。それに異世界から来た人間を待っていたのならなおのこと私が刺された意味がわからない。ふざけるなよ。かなり根に持つからな。絶対に傷跡残るだろうし。最悪だ。
それを全て踏まえて、私は救世主になるつもりはない。チャンスがあるなら迷わず元の世界へ帰る。だが私のこの思惑が気付かれれば恐らく……死ぬことになるだろう。重要なのはどれだけ私が上手く立ち回れるかだな。うん。とりあえず命の危険がない限りは話を合わせておこうと思う。
「少女よ。もう下がってよいぞ」
下がってよいぞと言われましても、この後どうすればいいのだ。私はこの世界に来てまだ数時間しか経っていないんだぞ。どこに何があるとか、どこなら行っても大丈夫かなんてわかるはずがない。
これ王様に聞いて大丈夫な感じかな。駄目だろうなあ。串刺しは嫌だな。どうしようか。でも早く返事なり何なりしないと、それはそれで刺されそうだ。
「頭を下げてから、立ち上がればいい。そしてそのまま後ろに向かって歩くんだ」
誰かが後ろから小声でそう教えてくれる。私はとりあえず言われた通りに頭を下げてから立ち上がった。そして王様に背を向け歩き出す。
「……」
とりあえずは玉座の間から出ることに成功した。王様に背を向けた瞬間に撃たれたり、刺されたりするのではないかと不安だったが大丈夫だった。よかった。
ふう、とりあえずどうにか……なってないわ。これからどこに向かえばいいんだ。さっきの声の主が誰かわからないし。どうしよう。とりあえずどこまで行けばいいんだ。
「はいはーい。ストップ」
その声と共にお腹に回された腕が私をとめる。驚いて振り返ると、金髪で青い瞳の男性が笑顔で私を見ていた。
「さてと君のお部屋まで案内するよ、お姫様」
「……」
なんだこの人。一瞬で私の身体中に寒気を走らせたんだけど。
私が言うのもなんだが、見た目は悪くない。むしろ美形の部類に入り、さぞモテることだろう。だがしかし私のときめきパラメーターはマイナスどころか絶対零度まで下がり固まって動かない。むしろこの私のお腹に回された腕に嫌悪すら抱く。気持ちが悪いので放していただきたい。そう思うが口にはしない。したら刺されそう。それは嫌だ。というか刺されたのがかなりトラウマになっている。怖い。
「クロウ。そろそろ放してやれ」
「そうだよ。彼女困ってるよ」
「え、困ってる?」
私に聞くために顔を覗くのはやめていただきたい。近づかないで本当に。
「えっと、あの……」
ここで何を言えば怪しまれないか。ここは恋愛シュミレーションゲームを楽しみに生きている友人めぐむから聞いた台詞を。
「あの、貴方がかっこいいから困ると言いいますか……恥ずかしい、です」
きゅるんと私が出来る限りの可愛さでクロウという人物に伝える。とりあえず可愛くしておけば助かるかもしれない。いや、無理かもしれないけど。気持ち悪いって放されるなら、それでも構わない。どうにかこの人から一刻も早く離れたい。
「か……かっわいい! なになになにこの可愛い生き物は!」
ぎゅううううと私を思いっきり抱き締めてくる。
ちょ、いやいやいやいやいやいや。何かさっきより状況悪化したああああああ。まじか。まじなのか。ちょ、本当に吐くぞ。ぞぞけが立ちすぎて吐くぞ。いいのか。いいんだな。それじゃあ吐く……。
「いだっ……! 何すんだよ! ドウマン!」
「放してやれと言ったのが聞こえなかったのか。この大馬鹿者。彼女は貴様を傷つけないよう、優しく言ってくれたに決まっているだろうが」
「そんなことないよ。彼女は素直な可愛い子だ。だからさっきの言葉は真実だよ。ねー、お姫様」
「え、と……」
いや、ほぼドウマンとやらの言葉で間違いないです。はい。ただ一ヶ所だけ訂正がありまして。どこかというと『傷つけないため』のところですかね。私はただただ殺されたくなくて言っただけが正解です。言わないけど。
「それにだな、むやみに女性に触れるのは失礼な行為だぞ」
おー、よくいっ……おいおいおいおい。お前もか。お前もなのか。数秒前に自分で言った言葉を思い出せ。そしてどこに腕を回してるんだ。胸のすぐ下ってクロウよりたちが悪いぞ。
おい、この世界はどうなってるんだ。突然右肩を刺す人いるわ、突然抱き締める人いるわ。止めてくれたのかと思いきやその人より際どいところで抱き締めてくるわ。ろくな世界じゃないな、ここ。
私は逆ハーレム的な展開を求めていない。わかったら立ち去れ。だがそのせいで死ぬことになるなら立ち去るのはちょっと待ってくれ。まだ死にたくない。