カナリア•ハナフブキ
カナリアはウルスラーの顔を見るなり嬉しそうに駆けよる。
歳は十を少し過ぎた程度だろう。
ぱっちりと大きな栗色の目とピンで纏めた栗色の短い髪には年相応の子供らしい活発でやんちゃな可愛らしさがあった。
「あ、クレインのおっちゃんも帰ってきたんだ! おつかれさまー!」
「誰がおっちゃんだカナリア! クレイン小隊長だろ!」
自らの上司に対して満面の笑みで陽気にぷらぷらと手を振るその姿に、呆れ半分。
その笑みに任務から無事に帰ってきたとゆう少しばかりの安堵。
そして、目上の者に対する礼儀も知らぬ大人にはなってほしくはないとゆう、彼女のこれからを彼なりに考えて。
一応、叱りつけるウルスラー。
「はっはっは! 気にすんなよウルスラー! ありがとよお嬢ちゃん!」
カナリアの礼儀知らずなふるまいも意に介さず、大きな身体を揺すって笑うクレイン。
もはや気心の知れた彼にとってはこのやりとりも夫婦漫才ならぬ兄妹漫才くらいにしか思っていないのだろう。
しかし、この辺りの気の良さも彼が部下に好かれる「良き上司」である所以であるのもまた確かだ。
妹分の不出来を詫びウルスラーが口をひらく。
「ところでカナリア。お前は一体何を騒いでたんだよ?」
「それは……見てよあれ。」
カナリアが不機嫌そうに指を指す先にあるのはウルスラーのものとは違う、もう一騎のアームズ・フレーム。
しかし、その姿は……
「まだ整備終わってないのか? 確か俺たちが出発した時からだよな?」
「見ての通りだよ……。もうずっとあのまんまなの。」
中途半端に外された装甲、繋がれたままの外部ケーブル。
それが乗り出せる状態じゃないのは誰の目にも明らかだ。
この基地にはウルスラーとカナリアの機体の他に所属しているAFはない。
他の機体の整備に追われているとゆうわけでもないだろう。
それにこの機体は修理や改修などでもなく単なる整備と調整だけだったはず。
自分達が出発してから今までの間に完了していないというのはさすがにおかしい。
見かねたクレインが整備長を呼びつける。
「どうゆうことだ整備長?」
「は……小隊長……。我々も機体を復帰させたいのはやまやまなのですが……。もう各種の消耗品の補給がないのです……。」
「だったら最初からそう言えば良かったじゃん!! この人達、私が何にもわかんないってバカにして最初は手もつけないでそのまんま渡してきたんだよ!?」
「そ……それは……!」
「なによ!! なんの理由があるってのよ!? だいたいこの前だって……!!」
ふた回りは年の離れているであろう整備長に噛みつかんばかりに怒鳴りちらすその様は「カナリア」なんて小鳥のような可憐なものではない。
さながら猛獣のそれである。
こうなったカナリアを止められる人間は一人しかいない。
ため息をついてウルスラーが間に入る。
「カナリア……。もうそのくらいにしとけよ……。整備長も謝ってるしさ。」
「むぅ……。お兄ちゃんがそう言うなら……。もう整備はいいからさ。せめてバラバラにしたのは戻しておいてよね!」
まだまだ言い足りないと言わんばかりの表情で渋々引き下がるカナリア。
とその時。
「ちっ……ガキが!」
「ーーーーっ!!」
整備長の放った捨てゼリフが再びカナリアの逆鱗に触れた。
鎮火しかけた彼女の怒りの炎にガソリンをぶちまけたかの如く、凄まじい勢いで振り返り整備長に掴みかかろうとするカナリア。
「カナリア! やめろって!」
ウルスラーが間一髪のところでその襟首を掴み止められたのは、こんな事態を頭の片隅に想定して多少なりとも警戒していたからに他ならない。
「なんで私が怒られるのよ!!悪いのは向こうじゃん!!」
「いいから行くぞ!」
怒りの矛先を失い、今度は自らの兄貴分に食ってかかるカナリアを引き摺るようにして足早にガレージを去るウルスラー。
……彼も、カナリアの言うことが間違っていない事は百も承知なのだ。
しかしいくら自分が悪いとはいえ、だいの男が年端もいかない少女に言いたい放題されては面白くはないだろう。
捨てゼリフの一つも言いたくなるってものだ。
そんな安っぽく、ちっぽけな、しかし、決して無視は出来ない大人のプライドを理解するには、彼女はまだ幼すぎるのだ……。
それにしても今のこの部隊の現状はどうだ?
隊員の士気も下がり、兵站も満足にこなせていない。
ついには主力であるはずのAFの整備、運用すらままならない。
弾薬に武器の維持費、整備費、兵隊の食料や生活物資…。
軍隊はいるだけで金がかかるのだ。
無駄に戦線を長引かせたツケがこんなところにも確実に回ってきていた…。
その頃。
米都国内の廃棄されたとある軍事工場に一台の黒塗りの車が到着していた……。






