聖花、今杉内に告白したと思われてるわよ……
「鳳明君と、私ってさ」
姫ヶ崎は、顔を俯けながら言う。
「将来――将来、結婚するかも知れない……というか、結婚するってことになってるんだよね」
「なっ……!?」
それは――。
忘れてくれと言ったはずだし。
口外してくれるなという話にもなっていたはずだ。
どうして、それを今言い出すのか。
しかも、黒瀬や道明寺の目の前で……。
「い、い、い、今聞きましたか、同士!」
「ああ、ああ、ああ、確かにそう言ってたよな……いや待てよ、もしかしたら集団幻聴かも知れない……だってまさかあの杉内と」
「姫ヶ崎女史が……杉内少年と姫ヶ崎女史が!」
二人とも、一瞬無言になって。
俺が言葉を挟む間もなく――。
「おいどういうことなんだよ杉内!」
黒瀬が、俺の肩をものすごい勢いで揺さぶってくる。
こいつ――うちの寮の五人の中では、姫ヶ崎に特に御執心だったからな。
でも、それはクラス――いや、学年のすべての男子に言えることで。
と言うことは……俺、クラスの男子を敵に回してないか――。
「お前……何かしたのか!? どうしたらこんな校内トップクラス――いや神奈川県内でもトップクラスの美少女と、結婚だなんて……いつから黙ってたんだ!? というかどうやったらこんなことになるんだ!? 何か女の子を吸い寄せる魔法の薬でも使ったんじゃないのか!?」
「いつの時代のロックバンドだお前は……!?」
「ドーピングですよドーピング! 私も日本美少女競技委員会の端くれとして、これは認められませんな‼」
「何だよその謎の組織は……!?」
ともかく――。
「俺だって、今突然言われたからそんなこと……」
そして――この発言がさらなる波乱を呼ぶのは、目に見えているわけで。
「と言うことは!? まさかまさかの、姫ヶ崎女史からのプロポーズということで!?」
「ちょ、ちょっと待って……」
姫ヶ崎が、慌てて興奮する道明寺の言葉を遮る。
「だから私は、これからは鳳明君に名前で呼んでもらった方が自然なんじゃないかなって、ちょっと思っただけで」
「まさかの美少女サイドからの名前呼び要求……」
愕然とした表情を浮かべる道明寺。
そして、反対にますます俺に詰め寄る黒瀬。
「前々から思ってたがお前は前世で一体何の徳を積んだんだ!? むしろ地獄めぐりを済ませてからの現世はボーナスステージとかか!? そうだとしたらどうやったら地獄に行ける!?」
「ちょっと待て、地獄とか極楽とか関係ないだろ……」
「厨房に立つと地獄に落ちます! それが鬼門院のしきたりですから」
紗那――お前はまた余計なことを――。
しかも、動揺で指先が震えている。
このことは、本来は部外秘にしておかなければならなかったのだから、当然と言えば当然だ。
でも、それを本人が言ってしまう可能性だって、あったわけで。
今回みたいな形で。
そして、姫ヶ崎――いや、律儀に姫ヶ崎の要求に従うこととして、聖花は、何が起こっているのか分からず、きょとんとしているわけで。
まさかの無自覚か――。
天然とかそういう以前に鈍いだろ――。
「聖花……聖花ってばあんた……」
そんな姫ヶ――聖花にもたれかかる霧ヶ峰。
「飛んでもない事言ってくれるわね……」
そして。
「聖花、今杉内に告白したと思われてるわよ……」
「……!?」
霧ヶ峰の言葉を聞いた途端に、聖花は真っ赤になって、その場に倒れこんだ。
「まあ、結婚するかもしんないってことに関しちゃ、私だってそうなんだけどね……」
呆れるように言う霧ヶ峰。
完全に口を滑らしたな、こいつは――。
それが事情を知らない者にとって、どんなことを意味するのかは、分かっているはずだとは思うんだが――。
そんな一波乱もあり、体育祭は無事とは程遠いが何とか終わったわけで。
運動場に並べた椅子を片付けに、教室のある棟へと俺は足を進めていた。
ふと――。
「まさかこんなことになるとはッ……! 御影千佳、一生の不覚ッ……!」
という、聞き覚えのある声が。
御影千佳か――。
騎馬戦で一位を取れなかったことを、気にしているのだろうか。
非常階段の柱の後ろに、その姿を認めて、俺は声をかけようとする。
「おい、御影……」
「まさか、姫ヶ崎殿のみならず霧ヶ峰殿までも先手を取ってくるとは……あの件は部外秘であったはずではないか……!?」
「おい、そこで何を……」
「諮ったのか……!? 諮ったのか、二人は……!? いや、でもなぜ諮る必要があるというのだ……!? それに、姫ヶ崎殿と霧ヶ峰殿を疑うなど……!? 二人とも素晴らしい友人には相違ない……し、しかしだ……!」
「おい、御影、御影千佳……」
「今のままでは、私は敗れたも同然ではないか……!? いや、後の先という言葉もある、今から巻き返せば……」
なるほど――。
御影が途轍もない負けず嫌いだということはよく分かった。
それと、目の前のことしか見えていないことも。
俺のことにも気づいていないくらいだ。
「御影!」
このままでは埒が明かないので、御影の肩を叩く。
「ひゃうっ!」
何て声だ――。
「き、貴様か……驚かすな! もう少しで一刀両断に斬り殺すところだったぞ!?」
「お前、こんなところで何を……」
「貴様には関係ないッ‼」
確かに、そうかも知れないが。
目の前で姫ヶ崎とか霧ヶ峰とか、名前を出されてはこちらとしても放っておけないわけで。
「聖花がどうかしたのか?」
聖花――いい響きではあるが。
俺がそれを口にすると、御影が少し目をそらす。
「き……貴様はやはり、姫ヶ崎殿のことが……」
「ああ……聖花はいい奴だし、いい友達だと思う」
婚約者だの何だの、そんな話は置いておいて。
これは、俺の本心だ。
「そ、そうか……」
しかし、御影は複雑な表情を浮かべる。
「それはそうと、聖花や霧ヶ峰が……」
「うっ……」
御影は、一瞬顔を赤らめて口ごもると――。
「うるさい! 今すぐここから黙って立ち去れ! 立ち去らぬと斬るぞ‼」
と言って、竹刀を振り上げて威嚇する。
俺――なにかこいつに悪い事したか?




