兄様!いかがですか!わたくしの愛妹弁当は!
「道明寺の弁当……」
俺は、道明寺の抱えているタッパーを覗き込む。
「んむ?」
口をもぐもぐさせながら、こっちを見る道明寺。
「いや、すげえうまそうだと思って」
そう言う俺は、コンビニで買ってきたおにぎりがいくつかだけ。
いまだに紗那は「鬼門院家の男子が厨房に入ると地獄に落ちますよ!」と言って、なかなか俺に料理をさせてくれない。
まるで一種のサディストか何かみたいだ――。
でも鬼門院家のしきたりだから、紗那の中では仕方ないのだろう。
鬼門院――あらためて、厄介な家だと思う。
そんなわけで、朝来る前に買ってきたのだが、こんなことになるんだったら、一つかそのくらいで十分だったかもしれない。
「それに、霧ヶ峰のも……」
「な、な、何見てんのよ、気持ち悪いわね」
弁当箱を俺の眼から隠すようにする霧ヶ峰。
意外と小さい弁当箱だ。いわゆる女の子サイズ。
霧ヶ峰に似合わないことこの上ない。
でも中身は本当に美味しそうだ。霧ヶ峰の弁当箱の中身を見ているだけで、今の俺なら白飯二杯は行けそうな気がする。
あいにく、俺が今食べているのは白飯ではないけれど。
「あんた、そんなんで足りるの?」
霧ヶ峰が、俺に弁当箱を見せまいとしながら言う。
「そうですよ」
道明寺も、それに同意した。
「何せ、騎馬戦で女子バスケ部を倒すという、前代未聞の活躍をしたのですからな」
「あんたが一番活躍したけどね……」
霧ヶ峰が言うと、道明寺は「デュフフフ……照れますなあ」と言って、顔を赤らめる。
別に、本気で褒めているわけではないと思うのだが。
しかし、二人ともあんな美味そうなものを抱えておきながらこんなことを言ってくるなんて、新手の拷問か何かだとしか思えない。
「それとも、お前はもうお腹いっぱいって……」
黒瀬が俺を揶揄おうとすると、すかさず霧ヶ峰が真っ赤になって「食事中になんてこと言ってんのあんたは!?」と肘鉄を食らわせる。
「あの、お食事中ですからあまり暴れないで……」
紗那が慌ててそう制止するほどの勢いだ。
俺も黒瀬の発言にそれほどの問題があると思わなかったのだが。
でも、俺は「お腹いっぱい」なんて状態には程遠く。
「皆、私のも遠慮せずに食べてね。大丈夫、本当に私、作り過ぎちゃっただけだから」
本当にドジだよね――。
「お弁当こんなに作り過ぎちゃうなんて」
何度も言うことからも、姫ヶ崎が弁当を作り過ぎたわけではないということが見え見えだ。
そんなに「皆のために作って来た」と言うのが気恥ずかしいのだったら、もっと自然に糊塗する方法はいくらでもあると思うのだが。
天然の姫ヶ崎に、そんなのができるはずもなく。
でも、姫ヶ崎の料理か――。
いや。
そんな心配は、もうしなくても良くなったはずだ。
俺が高熱を出して、階段から落ちて頭を打って、保健室に運び込まれた時。あの時に姫ヶ崎が食べさせてくれた粥。あれは、本当に美味かった。
もう何の気構えもなく、姫ヶ崎の作る美味しい食事を食べることが出来る。
考えてみれば、それはすごく幸せなことだ――。
いや、よく考えなくても十分幸せなことだ。
だってあの姫ヶ崎聖花が――。
「でも、本当にいいのか?」
黒瀬が姫ヶ崎に訊く。こいつは本当に姫ヶ崎の言い分を信じているのか――まさかそんなことはあるまい。
「うん、だってこれす……作り過ぎちゃっただけだし、残っても捨てちゃうだけだから」
その言葉を聞いて、黒瀬と道明寺は狂喜乱舞するかと思いきや――。
二人は、「あ、ああ……」と、弱弱し気な返事をするばかり。
いくら美少女好きと言えど、姫ヶ崎特製の何だかよく分からないカレーを食べさせられた、文字通り苦い経験のある二人だ。
と言うことは、姫ヶ崎の美味しい料理を、俺だけが知っている。
そして、紗那はなぜか「そうですか……なるほど」とやや不満げな顔つきをしている。
余程俺に、姫ヶ崎の料理を食べて欲しくないのか。
と言うか何だ――姫ヶ崎に接近させようとしているのかと思ったら、今度は俺が姫ヶ崎に近づくと、それが不満だという。
行動に一貫性のない奴だな――。
俺は、もう一度姫ヶ崎の包みの中の弁当箱を見る。
名家の令嬢だけあって、随分と豪奢な弁当箱だ。俺が生まれ育った杉内の家なら、こんな重箱、たとえ御節でも使わないだろう。
そこから、俺は鶏肉の煮物を取って食べる。何の料理かが分かるというのは、かなり大きな進歩だろう。
でも、俺は姫ヶ崎の本当の力を知っている――。
俺は、期待に胸を膨らませて、それを口に入れた。
「どう……かな……」
姫ヶ崎が、おずおずと俺の顔を見ながら訊いてくる。
俺だって、笑顔で「美味しいよ。さすがは姫ヶ崎だな」と答えたいところだ。
でも、それは叶いそうにもない。
少なくとも、本心からはそんなことは言えそうにない――。
「う……うん……」
確かに、前に作ってもらったカレーよりは、ずっと美味しくなっている。少なくとも、それは俺も認める。
すぐに吐き出してしまうような代物ではない。
でも――。
でも――それにしたって、だ。
姫ヶ崎が頑張って作ってくれたのに、本当に済まないけれど。
これと似たような出来のものをこんなにたくさん作って来られても、俺としては正直困るんだが――。
「良かった! じゃあもっと食べてよ」
「う、うん……そうだな」
姫ヶ崎の輝くような笑顔を前にして、もういらないとも言えず。
「兄様‼ わたくしも手作り弁当を、兄様のために用意してきたのですよ‼ それを、姫ヶ崎様のをばっかり……!」
紗那が、涙目になって俺に訴えかけてきたので、ようやく中断できた。
「兄様‼ ほかならぬ兄様のために、わたくしが真心こめて用意してきたのですから‼ さあ、お口をお開けください!」
「ちょ、ちょっと待て、まだ……」
俺が制止する間もなく、紗那は俺の口に箸を突っ込んでくる。
紗那の愛情弁当と、姫ヶ崎の手作り料理が、俺の口の中で混じりあって――。
何と言うか、出会ってはいけないものが出会ってしまった感じだ。
「兄様! いかがですか! わたくしの愛妹弁当は!」
「う、うん……」
「そうですか……美味しかったのですね! それは良かった!」
紗那はそう言って歓喜しているが、俺はそんなこと一言も言ってないぞ――。
どれだけ勝手な解釈だ。
紗那が喜んでいるんだったら、それでいいが――。




