私の名前はエリザベス・佐藤。イギリス生まれフランス育ち、大田区在住の十六歳よ
「なあ、君は……」
俺が声を掛けると、彼女は俺の方を上目遣いにジロリと見る。
絵に描いたような、完璧なジト目――。
「私に何の用かしら。今私は忙しいの」
どう見ても忙しそうには見えなかったが。
「私の名前はエリザベス・佐藤。イギリス生まれフランス育ち、大田区在住の十六歳よ」
合っているのは、最後の大田区在住と十六歳だけだろう。
大体エリザベス・佐藤って誰だ。
まるで三流占い師か何かみたいな名前じゃないか。
でも黒瀬や霧ヶ峰にいつもやっているようには突っ込みを入れづらい。何せ、初対面の女子だ。
「そして、科学技術部所属」
そう言って、彼女は右手を天高く上げた――つもりのようだが、あいにく背が低いせいで俺の顔までしか届かない。
小耳にはさんだことのあるような、ないような部活の名前だ。
「今私は、部活動で『紙屑を十五パーセントの確率でゴミ箱にシュートしたりしなかったりする装置』の開発によって出た産業廃棄物を処理することを画策しているのよ」
妙なしゃべり方をする奴だ。
話しづらいな、こいつ……。
どうやら、暇つぶしに話しかけてみようと思ったのが失敗だったらしい。
しかも、「紙屑を十五パーセントの確率でゴミ箱にシュートしたりしなかったりする装置」って……どこから突っ込めばいいか見当もつかない。
「部長の私が唯一の部員という、今は弱小部活だけどね」
一年生も入って来たことだし、早速勧誘するわ――と、彼女はガッツポーズをする。
勝手にしゃべってくれたおかげで、大体の事情は分かった。
こいつ、一人で教室で工作していたんだな。
それで、出たゴミを周囲に見つからないように一人で処理しようとしているわけだ。結果的に、俺にはバレたことにはなるけど。
「ああ、そうなのか……」
結局、俺にはその程度のコメントしかできない。
――今はそんなこと話している場合ではなかった。
暇つぶしにすっかりうつつを抜かしてしまった。
ゴミ出しが遅いと、また賀茂川に絞られることになる。黒瀬はそれでもいいかもしれないが、俺にしてみればたまったものではない。
「俺、この後用事あるから……」
「待って。話しかけて来たんだから私の話を最後まで聞く責務があるわ。あと私は今無性にカップスープが飲みたいの――でも今日はそこそこいい陽気だし、むしろ暑いし、こんな時にカップスープの粉末が氷水でも溶ければ――」
「分かった、その話は分かったから、俺に言われても困るんだが」
科学技術部なんだから自分で解決したらどうかと思う。
というか、なぜカップスープだ。
「少し女子中学生らしくおしゃれに行ってみたのよね」
俺の疑問を読み取ったかのように、彼女は言う。
「でも私女子高生だったわ」
どっちでもあまり変わらないと俺には思えるが。
結局、それでも話し続けようとする彼女を「ごめん、俺部活あるんだよね」と言って振り切り、俺はゴミ集積場を這う這うの体で後にした。
こういう変な奴には、話しかけないに限る。
俺と黒瀬の二人は、職員室へと続く廊下を、空のゴミ箱を抱えてやや小走りに移動した。
「ったく……何なんだよあいつは……」
「お前から話しかけていったんだろ」
納得行かないが、黒瀬の言う通りだ。
「それに勿体ない事するよな。あの娘も確か、俺の美少女リストのトップ一〇〇に入ってたはずだぞ?」
「そうかよ……」
確かにまあ、見た目は良かったかもしれないが。
あまりお近づきになりたくないタイプの人間である。
「とにかく、早く職員室に戻らねえと、賀茂川が何言い出すか分からないな……」
「そうか? 俺は別にいいけど。むしろ楽しみですらあるな」
「お前と賀茂川だけで勝手にやってろ……」
黒瀬と賀茂川の教師と生徒の枠を超えそうで超えないSMプレイに付き合わされるのは真っ平御免だ――。
そんなことを思っていた俺の耳に。
「兄様――!」
今、多分世界で二番目くらいに聞きたくない声が聞こえて来た。集積場のあの娘とは、また違った意味で厄介な奴。
「逃げるぞ! 黒瀬!」
俺が走り出すと、黒瀬も「お、おう、分かった」と状況を理解していないながらも俺について走り出した。
霧ヶ峰に賀茂川、それに集積場で偶然出会った変な奴――そして、紗那。
俺は普段あまり占いに興味を持たない方だが、今日ばかりは正月に自分の女難の相が出ていないかを確認することの重要性を感じた。