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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
② 第四章「最後はやっぱり愛、ですよね!」
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早く、元気になって欲しかったから……

「杉内君……」

 俺が目を開くと、そこには姫ヶ崎の顔があった。

 そして、天井……。

 ここは保健室だということが、(おぼろ)げに分かって来た。

 一週間に二回も、保健室に運ばれたということだな、俺は。

 これは後で知ったことだが――紗那が慌てて百十九番通報をするのを制止して、姫ヶ崎が保健センターに電話を入れてくれたらしい。

 保健センターに電話をすると、怪我人や急病人が校内の保健室で処置できるのか、それとも校外の病院に搬送しなければならないのか、状況から判断してくれるという仕組みになっている。

 俺は、病院に搬送する必要なしと判断されたわけだ。

「姫ヶ崎――」

 俺は、目の前の姫ヶ崎に呼びかける。

「杉内君……!」

 しゃべらないで、と言おうとしたのだろう。今の俺が、安静にしていないといけないことなんて分かっている。

 それでも。

「姫ヶ崎――俺は、姫ヶ崎に訊きたいことがある――俺が、姫ヶ崎を傷つけるようなことをしたんだったら――はっきりそう言ってくれ――俺と話したくない理由があるんだったら――俺も、これからは姫ヶ崎にあまり近づかないようにするから――」

「な、何言ってるの、杉内君!」

 俺がうわごとを言っているのかと思ったのか、姫ヶ崎は俺の身体を揺さぶる。その気持ちは、死ぬほど良く分かる。

 でも今の俺にそれをやったら、逆効果だ――。

「私、そんな杉内君と話したくないなんて思ったこと、一度もないよ……」

 なら、どうして――。

 騎馬戦の練習の時。あの時の態度は。

 一体どういう意味なのだろう――。

 俺がやっとの思いでそれを訊ねると、姫ヶ崎は顔を真っ赤にして、腕を振り回して言う。

「そ、それは、私、その前から杉内君には美味しい料理を食べてもらおうとずっと思ってて、それでちょうど杉内君のことを考えてた時だったから、それで練習してるときに杉内君にぶつかっちゃって、それでどうしても意識しちゃったと言うか……何と言うか……」

 ややオーバーなジェスチャーを用いながら、早口でまくし立てる。それは、照れた女の子の動作そのままだった。

 少なくとも、そこに俺に心を閉ざしたような様子は見られない。

 どうして、こんなことに気づかなかったのだろう――。

 いや。

 もっと早く気づこうとしていれば――。

 この寮に入って来た時も。

 紗那がカレーで勝負させるなんて言い出した時も。

 ずっと、姫ヶ崎は誰よりも俺たちに好意的だったじゃないか――。

 料理の練習をずっと続けたことからも、それは分かるはずだった。あんなに大量の料理、食べさせる人もないのに作るわけがなかったのだから。

 そんな姫ヶ崎が、ずっと俺に心を閉ざし続けるなんて。

 どうして不思議に思わなかったのだろう。

 本人は、そんなつもりではなかったというのに。

 どうして、もっと早く気づかなかったのだろう。

 俺の方だけが、所詮は他人だなんだと言っておいて――姫ヶ崎は全然、そんなことなど考えていなかったのに。

 でも――なぜ。

 なぜ俺が倒れてからと言うもの、姫ヶ崎は練習に出なくなってしまったのだろうか。

 俺を意識しすぎて、上手く話せなくなったということは分かった。俺が頭から姫ヶ崎の胸に突っ込んだことだって、ぶつかったくらいにしか考えていないことも。

 だったら、どうして練習に出られなくなったのか。

 俺は、その理由を姫ヶ崎の口から聞きたかった。

 まさか、俺を変に意識しているということは――俺が倒れたことに責任を感じてしまったということなのだろうか。

「それはね――」

 俺が尋ねると、姫ヶ崎は口を開く。保健室なので、小声でささやくように。

「私、杉内君が倒れたって聞いて、自分に何が出来るか考えてた。杉内君が、早く良くなるように――」

 薬を出すこともできない。学校があるので、ずっと付きっ切りで看病することもできない。

 放課後でも、紗那を差し置いて俺のそばにいることはできなかっただろう。

 紗那は「鬼門院の嫁の(かがみ)です!」と言って喜ぶかもしれないが、傍目から見れば俺と紗那はそんな関係には見えないだろう。

 俺と紗那とは、傍目(はため)に見れば、誰にも邪魔されない仲良し兄妹。

 その二人の間に割って入っていけるほど、姫ヶ崎は図太くも、押しが強くもなかった。

 だから――「姫ヶ崎に出来ること」と言うのは。

「お粥を作ろうと思って。私、全然うまくいってないかもしれないけど、料理の練習だってしたし、今出来ることって、それくらいだと思って」

 だから――ずっと、俺に粥を食べさせようと思って。

 それも、飛び切り美味しいものを。

 そう思って、ずっと練習を重ねていたのだ。

 今度は、きちんと俺が全部食べられるように――。

「それで――」

 練習に出られなかったというわけか。

「早く、元気になって欲しかったから……」

 でも、そんな姫ヶ崎の気持ちなど知りもしないで、俺が軽はずみな行動に出た結果。

 姫ヶ崎の意図とは正反対に、俺と彼女は保健室で二人きり。

 早く治るどころの話ではなくなってしまった。

「本当に――悪かった、姫ヶ崎――」

 俺は、まだはっきりとはしない意識の中で、絞り出すように答える。

「ううん」

 姫ヶ崎は首を振った。

「私の方こそ……本当は、私が杉内君を心配しないといけないはずなのに、逆に心配かけちゃって……」

 ごめんね、と姫ヶ崎は言う。

 でも、姫ヶ崎が謝る必要なんてない。

 姫ヶ崎は、俺の頭に触れる。どこが傷になっているか、どこが腫れているか、それを確かめるような、優しい手つきで。

 俺は、姫ヶ崎の手が触れやすいように、少し頭の位置をずらす。

 いい香りがする。姫ヶ崎の匂いだ。

 俺は、ゆっくりと目を閉じて、再びの眠りについた。


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