あんたねえっ⁉服を脱がせなくても熱くらい測れんでしょうが‼
「貴殿は部屋で寝ておれ」
御影はそう言って、部屋に敷いてある布団に俺の身体を下ろす。俺の部屋に、誰かがわざわざ布団を敷いてくれたらしい。
古い建物なので、その拍子に埃が落ちて、俺の身体に降りかかった。
「兄様、すみません」
「いや……いいんだ」
それより、今は一人で寝たい。
「兄様、お熱を測りましょう」
「いや、いいんだ。そんくらい自分で出来る」
「いいえ‼ お体に障ります、わたくしにお任せください」
そう言って、抵抗する体力もない俺の運動着を脱がそうとする。そうか――騎馬戦の練習をしていた格好のまま寝かされていたことに今気づいた。
「なっ、何をしている⁉」
顔を真っ赤にして動転する御影が大声で叫んだ。
「何をって……兄様のお熱を測るのです」
「そんなことは分かっている!」
剣道部のエースだけあって御影の澄んだ声は良く通る。
でも今だけは俺は耳をふさぎたい気分になった。両腕が紗那に拘束されているため、それもできないが。
「御影様もやりますか」
「な、何を馬鹿なことを! 私はやらんッ!」
腕を組んで、そっぽを向く御影。
「俺は自分で出来るから……お前はもう部屋に戻れ」
「いいえ‼ そんなことできません‼ 今は兄様はわたくしに身を任せていればいいのです!」
俺の運動着を引っ張る紗那。俺は、体育座りになって抵抗する。
女子の前で腕を拘束され上半身脱がされるとかどういう罰だよ一体――。
「いいぞ杉内殿! 頑張れ!」
御影が良く分からない応援をする。こいつもこいつで部屋から出れば丸く収まると思うのだが。
「兄様‼ 聞き分けのないことを言うのは止めてください!」
今度は紗那は俺の正面に回り込んで、俺が体育座りに曲げた脚を伸ばそうと脛につかみかかる。
「おいやめろ、痛い痛い……」
これが病人にする所業か――。
こいつ、俺のことを本気で心配してくれているのか?
本気で心配した結果がこれだったら、ますます問題だが。
「兄様! 熱を測るんですから上だけでも裸になってください! あまり抵抗すると、全裸にしますよ⁉」
紗那が飛んでもないことを言いだす。
でもそれに反抗するだけの体力は、今の俺にはない。
「杉内殿! やはりここは紗那殿に従ってはどうだろうか! 可愛い妹の言うことだ!」
御影も、俺の全裸を見せられてはたまったものではないと考えたようで、紗那を応援することにしたようだった。
「そうですよ! 御影様の言う通りです!」
「御影! お前はどうして部屋から出ないんだよ!」
上裸も全裸も見たくなければそうするのが一番だと思うのだが――。
「私は貴殿の病状を知っておきたいのだ」
度を越した真面目さだった。
御影も、姫ヶ崎以上に生真面目なところがあるからな――。
でもそんなことに感心していられる状況ではない。俺が御影に見ても何の得にもならない裸身を晒すかどうかの瀬戸際なのだ。
見られたら確実に俺にとっては損になるけれど。
「んなもん後から紗那にでも聞けばいいだろ⁉」
「そうですね。では、脱いでください」
抵抗する俺を脱がしにかかる紗那と、それを息をのんで傍らで観ている御影。
そんな地獄絵図には、突然部屋に入って来た闖入者によって終止符が打たれた。
「ちょっとあんたたち! いい加減にしなさい! この寮は壁が薄いんだから! あんたたちの声が、他の部屋にも丸聞こえなのよ‼」
霧ヶ峰が、俺の部屋に苦情を入れに来たのだ。
そういえば――こいつの部屋は、俺の部屋のすぐ上だった。
御影の部屋が、そのすぐ隣。俺の部屋の隣は、今のところ空き室。
今一番騒音被害をこうむっているのはこいつに他ならない。
でも霧ヶ峰、多分お前の声は階段を挟んだ反対側にある姫ヶ崎たちの部屋の方まで響いてると思うぞ――。
紗那は、そんな霧ヶ峰に懇願するように言う。
「霧ヶ峰様! 霧ヶ峰様からも言ってください、わたくしが熱を測ろうとすると兄様が抵抗して!」
「あんたねえっ⁉ 服を脱がせなくても熱くらい測れんでしょうが‼」
人一倍大きな声で、霧ヶ峰が紗那を一喝する。
思わぬ正論に紗那が「ひっ!」と小さく悲鳴を上げる傍らで、御影が「確かに、そうだな……」と小声で言うのが聞こえてきた。
今まで本当に気づいてなかったのか、こいつら――。
多分俺が突然倒れたから皆動転していたのだろう。そう思うことにする。
「深夜のプロレス大会の現場はここかな?」
もう一人、俺の部屋に入ってくる奴が。
鷹司知紗季――。
「お前は入ってくるなよ……」
俺が呟くのをよそに、鷹司は俺の部屋へと進み入ってくる。まるでそこが自分のテリトリーだと言わんばかりの、自信満々な歩調だ。
「でも、病人相手に真剣勝負を挑むとは、なかなか感心しないね。尤も、単純に物理的な力では杉内鳳明の方が強いから、そのくらいのハンディが必要だとも言える――無理やり襲うにはね」
単純に物理的な力って――絶対褒める気ないよな、こいつ。
しかも何でフルネームなんだよ――。
しかし、それよりも過敏に反応した奴が二人いた。
「なっ、何を言ってんのよ! あんたはっ!」
霧ヶ峰の声が裏返っている。
「無理やり、無理やり襲うって、馬っ鹿じゃないのっあんたはっ⁉」
そして鉄拳制裁が飛んだ――。
「何で俺を殴るんだよ!」
そしてもう一発。
「んほおおおおっ!」
今回の霧ヶ峰の鉄拳制裁は、かなり効いたらしい。
こんなに恍惚とした表情を浮かべる紗那を、俺は初めて見た。
「とんだとばっちりだな」
鷹司があくまで冷静に言う。もともとはお前のせいだろうが――。
御影はその場に立ち尽くして「無理やり……私が……」と小声で繰り返している。誰かこいつをフォローする奴はいないのか。
俺はあたりを見渡す。いなさそうだ。
「騒々しいわね」
「そうなんだ、全く困ったもんだよ……」
甲賀沼が、この騒乱状態に耐えかねて部屋に入って来た。さすがに向こう側の部屋にも丸聞こえになっていたらしい。
苦情を言いに来たのだったら、悪いが俺には何ともできない。
「甲賀沼、何とか出来るんだったら何とかしてくれ……」
「私も混ぜて頂戴」
「混ざるんだったら帰ってくれないか?」
これ以上、この部屋を混沌に陥れるつもりか?
何だか頭がくらくらしてきたが、これは熱のせいだけじゃないだろう。
「お前らも全員帰れッ!」
俺は最後の体力を振り絞って、部屋にいる五人の連中を怒鳴りつけた。
一気に熱が冷めたように、五人は一斉に静かになり、「あはは……ごめんごめん」なんて言いながら部屋から出て行く。
何が「ごめんごめん」だ。少しはこっちの事情も考えろよ――。
そして、俺は布団の上にへたり込んで、また意識を失った。
そういえば姫ヶ崎がいなかったな――それに気づいたのは、再び目覚めた時、深夜の二時を過ぎてからだった。




