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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
② 第三章「カレーのことは置いといて!血沸き肉躍る体育祭です!」
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兄様‼ もっと反応してください‼

 そう、口を――。

 俺は、姫ヶ崎に視線を移す。

 俺と姫ヶ崎みたいな状態――こういう状態を、口も利かないと言うんだろうか。それとも、もっと深刻な状態を指すのだろうか。

 一緒の寮に暮らしているのだから、こういう状態はあまりよくない、と言うことは俺にだって分かる。

 でも、逆に言えば姫ヶ崎と俺は同じ寮に暮らしているだけだ。

 前に俺がいた光潤寮だって、一年間住んでいたが、中にはそれほど話したこともない奴も数人いた。

 一緒にカレーを作ったり騎馬戦に出たりする弘学寮の生活は、他の寮からすれば特別だと言える。

 つまり。

 所詮俺と姫ヶ崎は他人。

 そう思ってない奴もいるみたいだが――。

 とにかく、今は姫ヶ崎のことを考えるのは止めよう。

 意識しすぎるから駄目なんだ――。

 十秒以上の会話ができない――それが何だ。女子と会話が続かないことなんて、数えきれないほどあっただろうが――。

 そんなことでいちいち夜も眠れなくなっていたら、こっちの身が持たない。


 そんな俺の意識を寸断させたのは、紗那の言葉だった。

「こちらが、鷹司様なり切りセットです」

 そう言って、地元・横浜の有名デパートの紙袋を持ち出す紗那。

「なり切りって……まさかお前」

「はい。兄様が騎馬戦に出られるというのは、弘学寮の中だけの秘密。兄様は、鷹司様になり切り通さなければなりません」

 エントリーシートに俺の名前がないことは知っている。

 エントリーしなければ、騎馬戦に出られないということも。

 それにしたって――。

 紗那の要求はあまりにも無茶過ぎる。

 俺に鷹司を演じ通せって――普通に考えてできないに決まってんだろうが――。

「昨日、わたくしが徹夜で作り上げたのです」

 紗那は、自慢げに手元の紙袋から、淡い(あい)色のヘアピースを取り出す。

 そして、鷹司の身長に合ったサイズの体操服。

 ご丁寧に胸に入れる用のパッドまである。道明寺のそれよりやや小ぶりだ。

 徹夜でこんなものを作っていたのか――。

 でも、紗那が本当に徹夜していたのなら、姫ヶ崎が夜中どうしているのかを聞き出すことも出来るだろう。

 でも、姫ヶ崎本人のいる前だ。本人に聞いたほうが一番早い。

 姫ヶ崎が言ってくれれば、の話だが。

 姫ヶ崎――。

 他人のはずなのに。

 どうして姫ヶ崎のことなど心配して、夜も眠れないでいるのだろう。

 でも姫ヶ崎のことを考えるなと言われても、多分無理だ。もう。

「兄様‼ もっと反応してください‼」

 俺が疲れているのを、ただの無関心だと受け取ったのか、紗那は俺の薄い反応が心外だと(なじ)る。

「はいはい、分かったよ」

 俺は、紗那の前で手のひらをひらひらと振る。

 今日はこいつにもついて行けそうにない。

 甲賀沼が黙ってくれて本当にありがたい。

 今日の俺は、かなり疲れているみたいだ。

「兄様の対応には不満はありますが……」

 紗那は、頬を膨らまして言う。

「早速練習を始めたいと思います。兄様、早くこのなり切りセットを装着してください」

 何だよ装着って――。

 俺は内心突っ込みを入れながら、紗那から渡された白い紙袋を受け取ろうと手を伸ばす。

 ん――。

「大丈夫ですか、兄様⁉」 

 その紗那の言葉で、俺の視界に入る紗那の身体が傾いていることに気づいた。

 紗那だけではない。

 道明寺も、甲賀沼も、そして姫ヶ崎も――。

 そして、彼女たちが立っている地面も。

 違う――。

 俺が傾いているのだ。

 次の瞬間。

 俺の右頬に、砂の感触が当たる。

 頭が地面にぶつかる、鈍い音がする。

そして、全身が固い地面に接触したのも分かった。

「兄様――っ‼」

 紗那の叫び声と駆け寄ってくる足音が、地面に接していない方の左の耳から聞こえる。

「兄様‼ しっかりしてください‼」

 俺の(かたわ)らに(かが)み、左の腕に(すが)りつく紗那。

 後の三人が何か言っている声も聞こえたが、肝心のその内容は分からなかった。

 そして俺が、なぜこんなことになったのかも分からなかった。

 俺が、分かっていたことは一つだけ。

 俺はどうやら、倒れたらしい――。


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