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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
② 第三章「カレーのことは置いといて!血沸き肉躍る体育祭です!」
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君がこういう趣味の持ち主だったら、私は何も言わないがね

 俺が入っていた場所に紗那が入り、騎手が甲賀沼に交代して練習が再開された。

 俺は、それを遠くから体育座りで寂しく眺めている。

 さっき姫ヶ崎の胸が当たった後頭部を撫でてみた。 

 本気で嫌われたかもしれない。

 今度こそ本気で――。

 あんな事態になった上に、こんな失敗をやってしまったのだから、嫌われても当然だろう。

 あの日のことが――姫ヶ崎を迎えに、一人家庭科室へと向かった日のことが、まだ俺の胸の中では(わだかま)っていた。

「まあ――当然だよな」

 こんな奴を頼ってくれという方が無理なのだ。

 こんな奴でも何か出来るなんて――そんなはずはなかった。

 姫ヶ崎が助力を必要としていないのならば、俺は何もする必要はない――いや、何もしてはいけないのだと思う。

 その点紗那は強引だ。

 俺が姫ヶ崎と出会ったのだって、紗那があんなことに俺を巻き込まなければ――。


「大体本家がなんだよ……都合のいい時ばっかり、俺を利用しやがって」

 そんな独り言が、思わず俺の口から洩れる。

 でも、今は紗那の強引さが少し羨ましいかもしれない。

 紗那だったら、あのときどうしていただろうか。

 家庭科室に、姫ヶ崎を呼びに行ったあの時。

きっと、姫ヶ崎の手を取って、「感動しました! わたくしもお付き合いいたします!」とか言って、家庭科室に泊まりで姫ヶ崎に附き合っただろう。

「そうだよな……」

 何が婚約者候補だ――。

 俺、何もできてないじゃないか。

 多分姫ヶ崎は、今回のことも自分で何とかするだろう。俺の出る幕は、そこにはない。

 でも、付き合ってやるだけでも――。

 それもあいつは必要としてないのかもしれない。

「あーあ」

 手を組んで腕を伸ばし、俺は声を漏らす。

「俺、どうすりゃいいんだろうな……」

 誰に問うたわけでもない。

強いて言えば自問自答。

 俺は姫ヶ崎のために何ができるだろう――もしかしたら、そんなことを考えるのも姫ヶ崎には失礼なのかもしれない。

あいつには十分、一人で乗り越えられることなのだろうから。

 でもそう考えると、心に穴が開いたような気分になる。

『兄様は考えすぎなのです』

 紗那が、いつか口にした言葉を、俺はふいに思い出す。

 すごく昔に、紗那が口にした言葉だった。

 どんな文脈で言ったのかは分からないが、多分今と似たような時だったかもしれない。

『気にする必要のない事ばかり考えて――わたくしは、いつか兄様がもっと大事なことを見失ってしまうのではないかと心配になります』 

 もっと大事なこと――ねえ。

 それが分かれば、俺も苦労はしないんだが――。

 頬に冷たい感触が当たる。

 俺が後ろを振り返ると、そこには鷹司が立っていた。

「皆が練習している中、君はこんなところで考え事か?」

 缶ジュースを俺の頬に当てたまま、鷹司は「哲学だな」という。


「放り出されちゃってさ、俺……」

 練習からも――そして。

 でも今あったことを鷹司に正直に話す気にはなれない。

「ふふん――成る程」

 鷹司は、何を一人合点(ひとりがてん)したのかそう呟く。

「でも考え事ならば、もっと適した場所はいくらでもありそうなものだが。こんな炎天下の運動場でなど、考えただけでぞっとしないな。尤も、他人の嗜好(しこう)はそれぞれ……君がこういう趣味の持ち主だったら、私は何も言わないがね」

 私は他人の行動には、口出ししない主義なのでね――と鷹司は言う。

 彼女に、俺のような悩みは無縁なのだろうか。俺は、ふとそんなことを思った。

「あのなあ、俺――」

 俺は、後ろに立っている鷹司に言う。

「もしも自分のやったことで、他人を間接的に傷つけたとして、向こうはそれを思ってないのかもしれないんだが、でも確実にそれで向こうの行動はこっちがそれをする前と後とでは違って――そんなときどうしたらいいのか、お前に訊こうと思ったけどやっぱりやめた」

「何だ。止めるのか」

「ああ……お前なら何もしないだろうな」

「そうだな。答えの分かり切っている問いなら、しないのが賢明だな。それは言葉を無為に(ろう)することだよ」

 尤も、君の問いは如何(いかん)せん仮定が多すぎて、何を言っているのかよく要領を得ないんだが――と鷹司は答える。

「でももし君がそれで悩んでいるとしたら、君は無駄なことをしているんだなという言葉を贈っておくよ。それ以外に掛ける言葉はない」

 鷹司は、そう即答した。

 どうやら、俺の話だということは簡単に見抜かれてしまったようだ。

「君が何をして、それで相手が何を思って、何をしたとしても、それは所詮は君には関わりのないことだ。そんなことに頭を働かせるなど――無駄でしかない」

 本当にそうなのだろうか。

 少なくとも、鷹司にとってはそうなのだろう。

「そうか」

 俺は呟く。

「中途半端な奴だな、俺は」 

 鷹司は「確かに、そうだな」と答える。

「こんなところで座り込んでいることからも、君が中途半端な人間だということはわざわざ言われなくても十分想像がつくぞ。練習に参加する気がないのだったら、運動場にいることもないだろう」

 確かに、鷹司の言う通りだ。

 俺は鷹司のように考えることはできない。でも、姫ヶ崎に何かすることもできない。

 ふと空を見上げる。

 視界のほとんどが赤に染まった。


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