大丈夫です!わたくし、兄様のためなら百人力でも千人力でも、いくらでも出せますから
紗那の奇策は、ともかくとして――。
「弘学寮の全員に競技に参加してもらわないことには、話になりません」
そうしないと全員の比較ができず、俺の婚約者候補を選ぶ際に支障が生じるというのが、紗那の主張である。
俺にとってはどうでもいい話――。
と言うか俺はそんなことしてもらいたくはないのだが、全員が参加する気なのだったら俺もそれに異存はない。
「兄様と一緒にやる意思がないと言うのなら、私にも考えがあります――そういう方は、鬼門院の家には入れるわけにはいきませんからね」
紗那が残酷な笑みを浮かべる。
「トラブルになるようなことだけはしないでくれよ……」
多分困ったことになったら、こいつは「兄様あー‼」と言って泣きついてくるはずだ。
「で、何で俺が説得しないといけないんだ……」
「私一人ではあの面々を説得できる自信はありません」
言い切った――。
言い切りやがったこいつ――。
じゃあ何でこんな奴らばっかり集めたんだよ。俺は心底紗那にそう訊きたいと思った。
確かに、この寮の女子は全員そこそこ学校での評判もいいし、美少女と言うことになっているかもしれないが――。
よく知りもしないで見た目だけで選んできたのではないかと言う疑念を、俺は抱かずにはいられない。
その疑念を紗那にぶつけると、こいつは「いえ、そんなことは……!」と必死になって反駁する。
「学校内での評判を調べ、素行調査をして普段の生活に問題のないことを確認した上で、厳正な審査を通して選んだ五人です。決して、適当に決めたわけでは……」
確かに、鬼門院家全体にまつわることだから、家の人間も手抜きはしないだろう。
鬼門院家は、お家が大事。
家を守るためなら、どんな手段も使う。その代わり、どんな苦難も厭わない――。それが、俺の知る鬼門院家だ。
紗那の言葉は信じてやろうと思った。
「でも、もしも、もしも出るとしたらな」
女子と一緒に騎馬戦など、もともと出るつもりもない俺は、「もしも」を強調して紗那に訊ねる。
「一体誰が騎手をやるんだ? それに、六人でどうやって組むんだよ」
「騎手はもう決まっております」
紗那は、即答する。
「それに、わたくしも出るので七人ですね」
七人――。
ますます組み方が分からなくなってくる。
「確かに、組み方は難しい問題です」
紗那は、そう言って額に手を当てて、しばらく考え込んでいたが、何か思いついたように顔を上げた。
「こんなのはどうでしょう? 騎馬役を三人ずつで重ねて、六人! その上に騎手が乗れば……」
「それで騎馬が動けるか、よく考えてみた方がいいな……」
呆れた。実現可能性の全くない思いつきだ。
「あ、あと騎手は勿論兄様ですよ」
あまりにもサラッと口にしたので、俺は危うく聞き逃すところだった。
「おい、ちょっと待て」
「何ですか兄様?」
首を傾げる紗那。こいつ――問題点に気づいていないと言うのか?
「そんなの絶対無理に決まってんだろうが……」
俺がこの寮の七人の中で、一番体重が重いという事実。それは、誰の目から見ても明らかだ。
それは俺が太っているからとかではなく――むしろ、身長の割には痩せている方だと周囲からは言われるが――単に男子だからだ。
女子と男子では根本的に体つき自体違うことは、紗那も良く知っているだろう。
「大丈夫です! わたくし、兄様のためなら百人力でも千人力でも、いくらでも出せますから」
「お前ひとりが百人力でも仕方ないんだよ……」
かえって騎馬のバランスが取れなくなる危険がある。
紗那の場合、嘘ではないのだから始末が悪い――。
「騎馬って言ったら、七人の中で一番小さい甲賀沼か、軽そうな霧ヶ峰が適役だと思うんだが」
御影と鷹司は身長の点で論外。
姫ヶ崎は――。
いや、でも胸の分の重さを考えると霧ヶ峰の方がいいか。
「わたくしは⁉ 兄様、わたくしは⁉」
身長が霧ヶ峰とほとんど変わらない紗那は、体重で霧ヶ峰に勝っていると思われていることが相当不満なようだ。
「わたくしも軽いですよ! ほら、持ってみてください」
「持ってみろってお前……」
脚を俺に差し出す――形の上では突き出す格好になっている――紗那。
「ったく……女子って何でこうも体重を気にするかねえ……」
皆、俺を物理的に支えることなんてできないのは一緒だと思うが。
「だから兄様は、女心が分からないというのです」
紗那は俺を叱責する。
「女の子は少しでも体重が重いとは思われたくないものなのです。まして、それが意中の男性ならなおさら……」
痩身願望、という奴か。
意中の男性という言葉は無視して……。
いずれにせよ、俺にとってはどっちでもいい話だ。
俺が騎手になりさえしなければ。
「いえ、それはいけません」
さっきは自分が騎手になりたい、と言うようなことを言っていた割には、紗那は強く反論する。
せっかくそのチャンスをやろうと思った――わけでもないが。
「兄様を皆で支える、という経験をしていただくための騎馬戦です。騎手は、兄様が務めて然るべきです」
「でも騎馬が潰れるぞ?」
「六人でなら、支えられます!」
紗那は右腕でガッツポーズを作って言う。
「……多分!」
俺、本当に騎手やって大丈夫なのか――?




