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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
② 第二章「華麗なるカレー対決です‼ってわたくしも参加するのですか⁉」
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私のことは、放っておいて

「姫ヶ崎」

 姫ヶ崎の部屋のドアの前に立ち、俺は声を掛けてみる。

「いるか?」

 返事はない。

 中に向かって何度か呼んでみたが、それは同じだった。

 俺を、それほどまでに拒絶しているのか――。

 だとすれば、なおさら会って話さなければならない。謝らないといけない。

「開けるぞ」

 俺は、ドアのノブに手を掛け、ゆっくりとそれを押し開く。

 女の子の部屋に入っていくのには躊躇いも覚えるが、今はそれよりも大事なことがある。

 明るい色の物でまとめられた、いわゆる「女の子の部屋」。

 決して物が少ないわけではないが、すっきりとした印象だ。あいつ、なかなか几帳面なんだな――俺はそんなことを考える。

 でもその部屋の主は見当たらない。

「姫ヶ崎……?」

 俺は、姫ヶ崎の部屋の中を歩きまわって、部屋の主を探した。

 どこかに隠れているのではないか、という可能性に思い当たったからだ。どこかで蹲っているのではないか――。

 しかし、彼女の姿はこの広いとはお世辞にも言えない、ボロ寮の一室のどこにもなかった。


「どっか出掛けてるのかなあ……」

 俺は、諦めて姫ヶ崎の部屋を出る。

 屋上かどこかにでも、いるのかもしれない――。

 ドアを後ろ手に閉めて、廊下に出る声を掛けられたのは丁度その時だった。

「これはこれは、杉内鳳明じゃないか」

 鷹司知紗季。今、一番出会いたくない人間と出会ってしまった。

 そういえば――鷹司の部屋と姫ヶ崎の部屋は、隣り合っているのだった。

 すっかり失念していた。あのゴキブリ騒動以来。

 鷹司に、女子の部屋から出て来たところを見つかってしまう。かなりまずい状況である。考えうる限り、最悪かもしれない。

「あ、いや、これは……」

「姫ヶ崎君なら、さっき家庭科室に向かって行ったぞ。今この部屋に、姫ヶ崎君はいない。帰って来た気配もない。でも、その部屋からなんとびっくり、杉内鳳明が出て来たというわけか」

 鷹司は、冷酷な視線を俺に容赦なく浴びせかける。

「この数少ない事実から導き出せる、単純な結論――君は、留守中の女子の部屋を物色していたというわけだ。一体何が目的だったのかな? 枕か? 下着か? それとも制服か?」

「そんなんじゃねえって……ともかく、俺は急いでるんだ。その全部はずれだということだけ言っておく」

 俺が立ち去ろうとすると、鷹司が背中に向かって声を掛ける。まだこんな問答をやるつもりなのか――。

 こいつに見つかった時点で予想しておくべきだったが。

「ならば歯ブラシか? きっとそうだろう。なかなかマニアックな趣味をお持ちのようだな。君が急いでいるというのなら、私も急いで連絡させてもらうが――」

 こいつが話している間、ずっと立ちどまっていなければならないというわけではないのに――。

 なぜか、こいつの声には俺の動きを止める作用があるようだ。

 カレー大会の時とは、また違った意味でだが――。

 さすがは蕭条の新女王。

 そんなことを言ってる場合じゃないんだ、俺は――。

「――生徒部か? 警察か? それとも風紀委員がいいか? ああ、そうか、同じクラスの霧ヶ峰君が一番いいかも知れないな。じゃあさっそく連絡させてもらうぞ。何、案ずることはない。なるべく手短に済ませるからな。それに、姫ヶ崎君はきっと夕方まで帰ってこないよ――」

 霧ヶ峰に連絡されるのが一番嫌だ――。

 それ以外はどこもどっこいどっこいだが、どこに連絡されても困ったことになる。

 俺はただ、姫ヶ崎の様子をうかがいに来ただけなのに。

「お、俺は何も触っちゃいないし盗んじゃいないんだよ!」

 そう言って、姫ヶ崎の部屋から逃げるように立ち去るしか方法はなかった。

 でも――。

 なぜ鷹司に、姫ヶ崎が夕方まで帰ってこないことなど分かるのだろうか。

 姫ヶ崎が自分でそう言ったのか?

 まあいい――今は、姫ヶ崎と会って話すことが先決だ。


 昇降口を通り、特別教室の集まる棟へと俺は駆け入っていく。

 土曜日の夕方の、それも実験室などが集まった建物だ。

 当然、人影は見当たらない。

 たった一人を除いては――。

 姫ヶ崎聖花。

 俺は、家庭科室のドアを数ミリ開けて、様子をうかがうことにした。

 彼女は一人、指に無数の傷を作りながら、得体の知れない、だが昨日の例のカレーよりは多少は食べ物に近い物体を無数に作り上げている。

 彼女の使っているテーブルに所狭しと並べられている皿に、ことごとく何かが載っているのを見ても、 姫ヶ崎が今日ずっと料理の練習をしていたことは分かった。

 姫ヶ崎は、自分の部屋に籠っていたわけではなかった。

 霧ヶ峰の行ったときは、確かにたまたま部屋にいたのかもしれない。

 でも、それからずっと、この家庭科室で、一人――。

「姫ヶ崎――」

 俺はドアを開け、家庭科室の中へと脚を進める。

 そして、姫ヶ崎の使っているコンロの前に立った。

 姫ヶ崎が、驚いた眼で俺を見る。

「あ。杉内君……」

「これ……お前が全部作ったのか?」

 姫ヶ崎は少し躊躇して、恥ずかし気に「うん……そう」と答える。

「失敗ばっかりだったけど。あ、でもね、食材は全部自分で買ったから心配しないで……」

「ううん」

 俺は首を振る。

そういうことを言いに来たわけじゃない――。

「良く頑張ったんだな」

「上手くできるようにならなきゃいけないと思って、一日やってみたんだけど、やっぱりまだまだだよ」

 この調子じゃ、あと一年半くらいかかるかもね、と姫ヶ崎は苦笑する。


「姫ヶ崎――」

 俺には言っておかないといけないことがあった。

「昨日のことで気を悪くしたんだったら、謝る」

「杉内君……」

 俺の行動が意外だった、というように、目を見開く姫ヶ崎。

「別に、料理がすべてってわけじゃないんだ。そろそろ日も落ちてきたし、もういい時間なんじゃないか。な、一緒に帰ろう、姫ヶ崎」

「うん……」

 姫ヶ崎は頷くが、それは百パーセントの同意ではないことくらいは俺にも分かった。

 いや――姫ヶ崎は同意してすらいない。

 姫ヶ崎には、家庭科室を出るつもりなどないのだろう。

「あと、私昨日のことは全然気にしてないから……杉内君がそんなこと、思う必要ないよ」

 首を振って言う姫ヶ崎。コンロの火は掛けたままだ。

「私……自分の実力も分かってたし、それでいいって思ってた。でも……私……」

 やっぱり悔しい、と姫ヶ崎は呟く。

「だから、杉内君のせいでも、紗那ちゃんのせいでもないし――」

 傷ついてなんかないよ。

そう姫ヶ崎は言った。

 暗い顔をして――。

「だから、これは私の意思でやってるの」

「でも――」

「私のことは、放っておいて」

 姫ヶ崎の口調は、決して激しいものでも、強いものでもなかった。いつもの姫ヶ崎と、それは変わらない。

 でも、それは間違いなく拒絶の言葉だった。

 姫ヶ崎は、たった一人で解決しようとしている。

 それは、彼女の強さの表れなのかもしれないし、悪い事でも何でもない。

 それでも――。

 なぜか俺は寂しかった。

 姫ヶ崎のために何が出来るわけでもないのに。

「――そうか」

 俺は呟き、「でも、暗くなったら寮には戻って来いよ」と言い残して、家庭科室を去った。

 姫ヶ崎の鍋を火にかける音だけが、無人の廊下に響いていた。

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