わたくしが責任を持って、姫ヶ崎様に手取り足取りすべてご指導いたします‼
「ちょ、ちょっとあんたいきなり何言ってるのよ……」
霧ヶ峰には、紗那の言ったことが理解できたらしい。
俺には、まださっぱり分からないが――。
「兄様……」
紗那は、そんな俺を見てため息をつく。
「兄様ったら――鈍いところはお変わりありませんね」
そして、これから説教を始める、という合図のように、姿勢を正して俺と正座で対峙する。さっきから説教だろ、と思ったが、紗那の剣幕は俺にそれを言うことすら許さなかった。
「『もうお嫁に行けない』と言われたら、男である兄様に出来ることはただ一つ。人生の伴侶として、一生支えていくこと……」
「……な、なっ」
こいつ、一足飛びに自分の計画を進めてきやがった――。
切羽詰まっているとはいえ、いくらなんでも脈絡が無さすぎる。
「本来ならば、鬼門院家の妻たる者、女たる者、満足に料理を作ること程度は出来てもらわなければなりません」
お前は鬼門院家の女には入っていないのか、と言うことは、こういう場面だったら突っ込みを入れたかった。
「ですが、今回このようなことになってしまった以上、わたくしにも責任があります。料理の修行など、鬼門院の家の一員となってからでもいくらでもできます! わたくしが責任を持って、姫ヶ崎様に手取り足取りすべてご指導いたします‼」
確かに、結婚相手が絶対に料理ができないといけない、と言う考え方は、俺は間違っていると思う。
でも、よりによってこいつが――?
「水カレーを作った奴が、姫ヶ崎に料理を教えるのか?」
俺がそう指摘すると、紗那は「うっ」と声を詰まらせた。
「とにかく……このことは兄様の口からお伝えください!」
紗那はそう言って、「お母様に報告しなくては……」とつぶやきながら自分の部屋に消えていった。
俺と霧ヶ峰、二人だけが廊下に取り残される。
「あーあー……」
霧ヶ峰が、大きくため息をつく。
「何だってあの娘は、こう何でもかんでもそっちの方向に持っていくのかしらね……」
そう言って、俺を厳しい視線で睨み据え、
「紗那ちゃんがどう考えてるのか知らないけど、あんたみたいな奴に聖花は絶対渡さないんだからね!」
と言った。
それもそうだ――。
霧ヶ峰が怒っているのも分かる。
結果的に、姫ヶ崎を傷つけたのは俺だ。
他の五人と同じように審査していれば――食べてさえいれば、多分姫ヶ崎が部屋から出てこなくなる、なんてことにはならなかっただろう。
「それはともかくとしてよ」
霧ヶ峰が、声をやや落として言う。
「聖花とは、ちゃんと話しておいた方がいいと思う」
聖花、あんたに料理を食べてもらえなかったの、あんたに嫌われてるからだと思ってるかもしれないから――と霧ヶ峰は言う。
「まあ、私も絶対にそうだとは言い切れないんだけど……」
俺も、霧ヶ峰の予想は正しいかもしれないと思う。
姫ヶ崎は、そういう奴だ。
抜けてる割に、妙で真面目で――。
俺の知っている姫ヶ崎なら、そう考えても不思議はない。
「聖花だって、あんたが自分のためにいろいろしてくれたってことくらいは分かってる。でもね――こういうときにはそう考えちゃうもんなのよ」
霧ヶ峰は、視線を天井に合わせるように、目線を上げて言う。
ほら、行ってきなさい、と霧ヶ峰は言う。
「それに……落ち込んでるときに、隣に誰か来てくれたほうが、聖花も嬉しいと思うし……」
「ん……そうかな」
俺が答えると、霧ヶ峰は「そ、そうよ! あくまでも聖花の話だけどね!」と大声で言う。変な奴――。
こいつのこういうところ、治らないかなあ――。
「あんたみたいな奴でも、誰かが隣にいてくれたら嬉しいもんでしょうが」
俺みたいな奴でも――。
確かに、霧ヶ峰の言っていることも分かるような気もする。
今の姫ヶ崎は、たった一人だ。
だから――。
「そうだな」
俺はそう言って、霧ヶ峰のもとを立ち去る。
「あ、ちょっと、何か今日はやけに素直ね、ちょっと気持ち悪いじゃないの……」
「素直で悪かったな」
どういう反応をしたらこいつの意に沿うのか、一年以上一緒にいるが全く分からない。
それはともかくとして――。
俺は、姫ヶ崎の部屋へ向かうことにした。




