あんた、どう責任とってくれるのよ!
「なんか、逆効果だったみたいね……」
翌日の土曜日。
昨日のカレー対決がさすがに応えたようで、姫ヶ崎はすっかり落ち込んでいてしまったようだった。
今日一日、部屋にずっと籠りきりだったという。
「すっかり元気なくしちゃったみたいで……私も、料理なんてできなかったくらいで死ぬわけじゃないんだからって言ったんだけど……」
霧ヶ峰が気落ちした表情で言う。
もともと、この企画を発案したのは霧ヶ峰と紗那だ。彼女も、きっと責任を感じているに違いない。
「それで、部屋から出てこなかったのです……か……」
紗那もさすがに沈んだ表情を浮かべている。
「姫ヶ崎様が奮起する切っ掛けになればと思ったのですが……」
その逆の結果に終わってしまった――。
昨日の審査では、姫ヶ崎の点数だけが異様に低くなってしまった。いくら厳正な審査の結果とは言っても、悪いことをしたような気がする。
紗那も悪かったには悪かったのだが、姫ヶ崎ほど低くはならなかった。
他の四人――特に鷹司と霧ヶ峰の料理が桁外れに上手だったと言っても、最下位は最下位。
あの生真面目な姫ヶ崎が、へこまないはずがない。
三人の審査員の中で、ひときわ悪い点数をつけてしまった俺も反省する。
でも――本当にひどい料理だったのだ。
「やはり、自信をつけていただけるように裏工作か何かをしておいた方がよかったのでしょうか……」
「ううん」
紗那が言うと、霧ヶ峰が首を振る。
「聖花だって、そのくらいは見抜くよ――だから、黒瀬や道明寺さんが低い点数をつけたのも、私は間違ってなかったと思う」
聖花にとっては、そういう裏工作みたいなことをされた方が、よっぽどショックだと思うから――と霧ヶ峰は言う。
「もとはと言えば、私のせいなんだけどね。あんな余計なこと言わなきゃ……」
「いえ、そんなことはありません」
紗那が、首を振って反論する。
「私が、このようなことを勝手に進めていなければ……」
「ともかく」
俺は、霧ヶ峰と紗那の間に割って入る。
霧ヶ峰は勿論そうだが、紗那もこう見えて、責任を感じやすい奴だから、このままずっと話していても堂々巡りだ。
「今はそっとしておいてやるしかないだろ」
俺が言うと、霧ヶ峰と紗那が俺に向かって顔を突き出してきた。
「あんたねえ……そっとしておいてやる、はいいけど、何なのよあの審査は⁉ まともに一口も食べてなかったじゃないの⁉」
「それはだな、俺は姫ヶ崎を傷つけないようにと思って……」
あの場で口に入れていたら、俺も姫ヶ崎も再起不能になっていただろう。
「姫ヶ崎様を傷つけないように⁉ もう満腹と言ったのは嘘だったのですか、兄様⁉」
紗那も唾を飛ばして憤激する。
「いや、それはだな、だって姫ヶ崎にそんなこと言ったら……」
俺は反論するが、どうも旗色は悪いようだ。
「あんたが食べなかったから、聖花も部屋から出てこなくなっちゃったんじゃないの?」
「そうですよ! きっと霧ヶ峰様の言う通りです! 兄様が姫ヶ崎様の愛と勇気のこもったスペシャルカレーを、一口も食べないで点数なんて入れるからこんなことになったんです‼」
「せっかく作ってもらった料理を、食べずに突き返すだなんて……聖花がショックを受けるのも分かるってもんでしょ⁉」
「そうですよ! ここは兄様には全責任を取ってもらうほかはありませんね!」
「紗那ちゃんの言う通り。あんた、どう責任とってくれるのよ!」
「せ、責任って……」
正直に言って、この二人にこうも早口でまくしたてられるとかなり怖い。本能的な恐怖を覚える。
姫ヶ崎が部屋から出てこないのは、二人にしてみれば俺のせいらしい。
「だ、だってさっきは、低い点数をつけるのは間違ってなかったって……」
「それは全部食べた時の話でしょ⁉ あんたのは審査にもなってないじゃない⁉ あんなの審査拒否じゃないのよ!」
耳元で怒鳴るので、耳鳴りで後半は良く聞こえなかったが、霧ヶ峰が烈火のごとく怒っているということは過分に伝わった。
でも、仮に皿の中のカレーを完食したとしても、どうやったらあれ以上の点数をつけることができるのか分からなかっただろう。
あれも審査の一つとは言えないのだろうか――。
しかし、確かにスプーンにカレーを戻したのはまずかったか。そこは、俺も反省する。
「霧ヶ峰様からお聞きしましたが――」
紗那は、なおも俺を怒鳴りつけようとする霧ヶ峰を制止して、俺に向かって言う。
「霧ヶ峰様がお部屋に入られた時、姫ヶ崎様は開口一番、『もうお嫁に行けない』と言われたそうですよ」
「カレー作れないだけで嫁に行けないってなんだよ……」
そういう言葉はもっと別の場面で使うもんなんじゃないのか――。
でも、あいつはそう言うかもしれない――。
「ですよね、霧ヶ峰様‼」
紗那が霧ヶ峰に同意を求めると、彼女も気圧されたように答える。
「え、まあ……そうだったわね」
だけどそんなん杉内に言ってどうするのよ、と霧ヶ峰が不審を顔に浮かべる。
「ですから、兄様の取る責任というのはたった一つです。お分かりいただけますか?」




