兄様!しっかり審査してください!
「そして続きましてはわたくし鬼門院紗那が愛情をこめて作ったこの一品を皆様にご賞味いただきます!」
そう言って、紗那はマイクを手放すと自信満々な所作で台車にカレーを乗せて、自ら俺たちの机まで運ぶ。
「これはスープカレーか何かですかな?」
道明寺は本当にそう思って言ったのだろうが、紗那は「あ、はい、そうなんです……」と取り繕うように答える。
多分、紗那にそのつもりはなかったのだろう。
「で、では早速審査を初めてください」
少し自信が揺らいだようで、おずおずと言う紗那。
真っ先に口を付けたのは、いつもながら道明寺だった。黒瀬がそれに続く。
「うーむ、これは……」
相当微妙だったんだな――。
「意外とあっさりとした……それでいて懐かしいような、味わいですな……何と言ってよいのか分かりませんな、美味しいには美味しいですぞ」
「うん、俺も道明寺と大体同意見だな……」
美少女であれ誰であれ、料理を作ってくれた女の子の前では死んでもまずいとは言わない二人である。多分美少女が好きな以前に女子が好きなんだろう。
「懐かしい味わい! まさしく、わたくしが目指したカレーです!」
こいつ絶対適当なこと言ってるだろ――。
内心そう毒づいていると、紗那が俺の席の前にわざわざ移動してきた。
「兄様はどうですか?」
俺も、恐る恐る紗那のカレーに口を付ける。
……なんだこの水っぽい茶色い液体は――。
水気の多さがすべてを駄目にしている。審査でなければ途中で投げ出しているところだ。
さすがは、カレーの作り方を昨日まで知らなかった奴の作ったカレーだ。
「……うん、まあ」
それを何と聞き違えたのか、「まあ! 兄様も私のカレーを評価してくださるのですね!」と手を叩いて歓喜する。
「それでは、皆様点数をつけてください!」
道明寺と黒瀬が五点。俺は二点を入れた。紗那は「そんな……」という顔をしていたが、当然の結果だ。
「兄様……どうして……」
俺に泣きつくように言う紗那。何でもそれで解決されると思ったら大間違いだ。
「兄様は鬼です。鬼畜です……それとも兄様、実はカレーがお嫌いなのでは?」
俺がメニューを決めたのだから、そんなわけがないことは紗那も分かっているはずだ。
「それとも……審査の公平性を気にして、逆に自分の妹だからこそ低い点数をつけたとか? 駄目ですよ兄様、そう言った色眼鏡なしに点数をつけて下さらなければ」
「俺は点数はこれ以上上げないからな……」
正直に点数をつけたまでだ。
俺が言うと、さすがの紗那も黙って引き下がる。
「……では、次」
紗那は完全にしょげて進行する。
「次は私のカレーだな。かなりスパイシーな仕上がりになっているから、お子様は気をつけることだ」
そう艶然と微笑んで、撃沈した紗那の代わりに俺たちの前に皿を差し出す。
「では、いただきます……うむ。確かにスパイシーではありますが、ただ辛いだけでなく、スパイス同士の調和が見事ですな。まさに完璧な計算の上に成り立っているカレーと言えましょう」
「鷹司っぽいカレーだな。市販の香辛料で、こんなにできるもんなのか?」
「駅前のスーパーで買った材料ですべて作っているよ」
鷹司は俺に近づいてきて、「君はどうだ?」と耳元で訊く。
「お子様の君には少し刺激が強すぎるか?」
耳の奥を撫でまわすような鷹司の低くハスキーな声に、俺の全身は緊張する。
「いや、そんなことは……美味いよ」
やれやれ、というように肩を竦める鷹司。
「君はその程度の感想しか言えないのか? 全く、いつも失望させる奴だな」
大した感想じゃなくて悪かったな――。
いい感想が聞きたければ、もっとリラックスして食べさせろ。
鷹司のカレーには全員が文句なく十点をつけた。
でも紗那には文句があったようで、「色仕掛けは反則ですよ!」と鷹司に警告する。
「次です次! もう早く行きましょう!」
元気を取り戻した代わりに、不満に頬を膨らませた紗那が言う。
「残すところあと一人ですか……次は姫ヶ崎様……」
妙な赤黒い液体を皿の上に注ぎながら、姫ヶ崎が微笑んでいる。
紗那は、苦笑しながら台車で俺たちにそれを運んできた。
「では早速食べてください」
道明寺、黒瀬が同時に口を付けた。その姿はもはや勇敢ですらある。
しかし、その反応は俺が予想した通りのものだった。
絞り出すような声で、道明寺と黒瀬がコメントする。
「うん……独特のお味ですな。ええ……まあ……カレーの新しい地平です……うん……ええ……」
「ああ……うん……俺も、こういう……カレーを食べるのは……はじめてだよ……ちょっとほろ苦くて……」
「俺も食うのか……?」
そう問う俺に、紗那は「早く食べてください」と目線で告げる。
「じゃあ、いただきます……」
スプーンに一口だけ掬い取り、ごく微量舌に載せて一瞬で危険を察知し、それをばれないようにスプーンの上に戻して、「うん、美味しいよ」と答える。
「兄様! しっかり審査してください!」
「これ以上しゃべらせないでくれ……俺はもう腹がいっぱいなんだ……」
こいつ塩化バリウムでもカレーに入れたのか――⁉
口に入れた瞬間に吐き気を催す料理を口にしたのは初めてだ。
今口を開かせないで欲しいというのが正直な感想である。
「きっと、最初にたくさん食べすぎたからですな、あはは」
「そうだよな、最後になると腹もいっぱいになって……」
こんな時にも必死でフォローする道明寺と黒瀬。
お前らは本当に、女の子に命かけてるんだな――。
俺と立場が代わっても、お前たちならきっとうまくやっていける。だからここは、俺に構わず先に行け――。
普通に話せればそんな言葉が出そうになるほど、俺は死を間近に感じた。
しかし紗那は俺がカレーを食べなかったのがお気に召さなかったようで、不満げに進行をする。
「ん……では不本意ではありますが、点数をつけてもらいましょう」
「今回は、皆レベルが高かったですから……」
「うんうん、皆凄かったよ……」
そう言いながら、道明寺と黒瀬の二人は四点を入れる。俺は、姫ヶ崎に努力点としての一点。
姫ヶ崎聖花、問答無用の最下位だった。
姫ヶ崎は、それを見ても微笑みを崩す気配もない――。
俺には、彼女が無理をしているようにしか見えなかった。




