ついに、この日がやってまいりました!
家庭科室を爆発の惨禍が襲った、その翌日――。
「ついに!」
朝も早くから紗那は興奮していた。
いつもは俺が紗那を起こして学校を出るのだが、今日は紗那の方が俺を起こしに来たほどだ。
「ついに、この日がやってまいりました!」
そう――。
今日は、「オーソドックスなカレーライス」対決の日、紗那に言わせれば「お料理CQC」の試合が行われる日だ。
俺は朝から憂鬱だった。
何せあの後、無事だった紗那の方のカレーを夕食として食べることにしたところ、あまりの辛さに消火器がもう一度必要になるかと思った。
漫画で、辛い食べ物を食した登場人物が火を噴くシーンがあるが、あれは一種の写実的表現だということが分かった。
でも、姫ヶ崎のカレーが泡まみれになっていなければ、もっとひどい目に遭っていたかもしれないと思うと何とも言えない。
しかし今日はその姫ヶ崎の作るカレーも食べなければならないのである。
「わたくしが腕によりをかけて作る絶品カレー、どうぞご賞味ください!」
自分でハードルを上げにかかる紗那。俺はもともと期待なんてしていないが、道明寺は「それは楽しみですなあ!」なんて手を合わせて喜んでいる。
こいつは、美少女の手料理であれば味なんてどうだっていいのだろう。
それはともかく――。
「お前はさっさと教室に戻れっ!」
こいつが俺の教室に入ってくるの、何とかならないか。
紗那はすっかりうちのクラスでも有名になってしまい、俺はいつの間にか「鬼門院紗那の兄」と認識されるようになっていた。
馬鹿な妹を持つと兄は苦しむ。
「でも前世でどんな徳を積んだら、姫ヶ崎聖花に鷹司知紗季、御影千桂に甲賀沼周の料理なんか食べ比べ出来るんだ? あ、そもそも一緒に住むのにもかなりの徳目が必要になるんじゃないか? お前、前世は高僧か殉教者か何かだったのかよ」
紗那の話を聞きつけた黒瀬が、俺に言う。紗那はこいつに「お料理CQC」もとい美少女対抗料理対決について、つまびらかに全部説明しやがったのだ。
将来の婚約者を選ぶ一つの試練として――と言うことは、紗那が口にする直前に俺が制したので、それは黒瀬も知らないが。逆を言えば、それ以外全部明かしてしまったということだ。
「全く、美少女に囲まれるってのは羨ましいぜ」
黒瀬は俺を揶揄する調子もなく、そう言った。
こいつ本気で羨ましがってるな――。
そんなに羨ましかったら、立場を代わって欲しいところだ。あいにく、それは不可能なことだが。
前世で高僧だった奴が女に囲まれたら破戒じゃないか――と思ったが、あいにく俺が前世で積んだのは因果だ。そう考えないと、こんな状況は考えられない。
この中から婚約者を選べだなんて、本家から言われるなんて。
「学校に来ても美少女、帰っても美少女。お出迎えとかしてもらえるんだろうな……」
「はいはい、勝手に妄想してろ」
俺が寮の奴らに出迎えてもらったことなんて、一度もない。「何だ、帰ってきていたのか。気がつかなかった」と御影に言われたことならあるが。
「あ、そうだ――」
黒瀬は満面の笑みを浮かべて言う。何か思いついたか。
「その対決、俺も参加していいか?」
「まともな料理を作れるんならな」
「違うよ、審査の方に決まってるだろ」
分かってたよ、そんなこと――。
でもそうしたら、こいつは再び姫ヶ崎の殺人料理を食べる羽目になるぞ――まあ、俺はそれでもいいけど。
「一つのカレーを分ける人数が一人増えたところで、お前も道明寺も六つも食べるんだから別にいいだろ」
「まあ、それもそうか――」
それぞれ一人分作ることになっているから、六人の作ったものを二人で分けても三人分。審査どころか、途中で入らなくなるだろう。
「それにしても、何で道明寺がいるんだ? 道明寺も、お前と一緒の寮だったんだっけ」
「んなわけないだろ。そんな都合よく変なのばっかり集まってたまるか」
実際、変な奴らは多少集まっているわけだが。
「噂を聞きつけて、寮に押しかけて来たんだよ。是非とも美少女たちの作るカレーライスが食べたいですなあ、デュフフフ、とか言って」
「あー俺も噂をキャッチしてればよかったあー」
黒瀬は机に頭を突っ伏して悔しがる。
「最近俺の美少女センサーが鈍って来てるのかもな。近くにたくさんいすぎるせいか、いやでもそれだったらこの事態を俺はむしろ喜ぶべきなんじゃなかろうか、でも肝心な時にこれじゃあ……」
勝手に悩んでろ――。
しかしよくまあこいつら臆面もなく美少女美少女なんて言えたものだ。
それが黒瀬であり、道明寺なのだが。
俺も時々言っているから、他人のことを言えた義理ではないが――でもこれも黒瀬と一年間一緒にいたせいだろう。
「じゃあ、黒瀬も来いよ」
俺が言うと、黒瀬は神の天啓を見たかのように顔を輝かせた。
「それは本当か⁉ 杉内‼」
「ああ、本当だ」
俺が言うと、黒瀬は「お前は本当に友達がいのある奴だなあ。感動した」と涙を流さんばかりに言う。
「でもその代わり、ついて来た責任は自分で取るんだな」
俺は黒瀬にそう忠告することを忘れなかった。
死んでも知らないぞ、黒瀬――。




