早かったですなあ、皆様方
「さて……」
肉にジャガイモに人参に玉葱……。
皆、似たり寄ったりの材料を買って家に帰った。
オーソドックスな、という縛りが効いたのだろう。変なものを入れられない分、俺にとっては嬉しいことだ。
お嬢様の金銭感覚はどんなものだろうかと思って、ひやひやしながら買い物を見ていたのだが、霧ヶ峰がいてくれたこともあってか、そこまで非常識な金の使い方をする奴もいなかった。
そして、姫ヶ崎が意外と支出面ではかっちりしているのも分かった。甲賀沼が、金銭が絡むと真剣になることも。
例外は紗那で、俺にスーパーの中にあるケーキ屋の新作を買えという子供みたいなことを言ったので、俺は勿論突っぱねた。
「ふう……」
寮に帰った時には、俺たち――普段から剣道で身体を鍛えぬいている御影以外はすっかり疲れ切っていた。
俺も、この高校に入学してから、すっかり体力が落ちてしまったような気がする。もう歳か。
「ただいま帰りました」
紗那が、誰に言うともなく言って、寮のドアを開ける。
そして、玄関で立ち止まった。
「おいおい、そんなところで立ち止まるなよ」
「……兄様……」
紗那は、俺に寮の中の様子を見るように促した。
「ん……何だ?」
俺は紗那が指図するままに、ドアの隙間から中の様子を覗き込む。
そこには――。
道明寺ほかけが正座していた。
「早かったですなあ、皆様方」
「早かったですよ、じゃねえ!」
何でお前がいるんだ――。
俺は、全力で突っ込みを入れる。
脳天にチョップを突き立てようと思ったが、道明寺の顔があまりに輝いているので、それは止めておいた。美少女オーラは男子のあらゆる攻撃を無効にする。
俺と霧ヶ峰の二人で、正座したままの道明寺を問いただすと、彼女は開き直るように答える。
「実はこの道明寺ほかけ、明日のことが楽しみで楽しみでいても立ってもいられなくなってしまい、気づいた時にはこの場所に……」
「つまり待ちきれなくなって不法侵入したわけだな」
俺がそう言うと、道明寺は頭を掻いて笑う。
「てへぺろですなあ」
あまりの可愛さに胸が締め付けられるのが、我がことながら腹立たしい。
霧ヶ峰もさすがにお手上げ、とばかりにため息をつく。
「あ、そうだ、道明寺様も!」
紗那が、道明寺の行為に怒るでもなく声をかける。
「これから姫ヶ崎様が、料理の特訓をされるのです」
それで、少し姫ヶ崎の分の材料だけ多かったわけだ。
後ろから「杉内殿も紗那殿も、一体何をしている」という御影の声が聞こえる。俺が答えようとすると、紗那は俺を制して「しばらくお待ちください」と御影に言い、道明寺に向かって続ける。
「よろしければ、道明寺様もいかがですか?」
不法侵入の変態に、姫ヶ崎の殺人料理。
罰としては持ってこいだろう。
いや――こいつは初めから、考えていたのだ。今日の朝から。
料理は他人に食べられて初めて完成する――。
姫ヶ崎の料理を、完成させるというわけだ。俺はもともと今日の特訓に付き合わされることになっていたということ。
たまたま寮に不法侵入してきた道明寺を、それに巻き込むということに過ぎない。
そんな事情も知らない道明寺は、「それは本当ですかな⁉」と飛び上がらんばかりに歓喜する。
「ええ。そっちの方が、特訓になりますし」
「でも、審査員である私がいると、公平な審査に差し支えるのでは?」
そう問われると、紗那は「え、いえ、それは……」としどろもどろになる。このカレー対決の第一の目的は、まだ道明寺には伝えていないのだろう。
第一の目的――姫ヶ崎の負けず嫌いを刺激して、料理の腕前を上げてもらう。
「まあ、そこまで気にしなくても大丈夫でしょう」
「そうですな」
もともと大雑把な性格なのか、道明寺もそれに同意する。
「デュフフフフ……弘学寮に飛び切りの美少女ばかりが集まっていると聞いて、わざわざ合い鍵を作っておいた甲斐がありましたな……これは思わぬ僥倖……」
今とんでもなく不穏な言葉を聞いた気がするが――まあいいか。
こいつは、この後死ぬほど後悔することになるのだから。
いや――俺は思った。
それすらも疑わしい。
こいつが、ミス蕭条に出るような美少女の料理を口にして、後悔することなどあるのだろうか?




