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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
② 第一章「兄様に美味しい料理を食べさせて差し上げたいのです‼」
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美味しい⁉やった‼今回の実習は大成功だね‼

「では早速!」

 紗那は意気込んでスプーンを中華鍋に突っ込もうとしたが、「あえ⁉」という形容しがたい声を上げて一瞬動きを止める。

 鍋の中に地獄絵図が展開していることに、やっと気が付いたらしい。

 しかし、姫ヶ崎に快諾された手前、「やっぱりいいです……」と言って引き下がるわけにもいかないと紗那は考えたのか、果敢にも中華鍋へとスプーンを突き立てる。

「えいっ!」

 引き下がるのは駄目で、えいっ、と声を上げるのはいいのか、その辺の基準はよく分からなかったが、一さじ麻婆豆腐らしき物体を掬って、それを口に放り込むようにして入れる。

 姫ヶ崎は、そんな紗那をわくわくした表情で見つめている。

 どうしたらあの麻婆豆腐に自信が持てるのか、俺は理解に苦しむ。

 抜けているとか天然だとかそういう問題ではなく、もっと根本的なところで姫ヶ崎は俺とは違うのかもしれない。

「どうだった?」

 早速、感想を聞き出そうとする姫ヶ崎に、紗那は顔面蒼白となって答える。

「ええ……美味しいです……」

「美味しい⁉ やった‼ 今回の実習は大成功だね‼」

 姫ヶ崎があまりにも嬉しそうに言うので、黒瀬も渡辺も反論できず、ただ苦笑を浮かべている。

 甲賀沼は春雨を手放したかと思うと、蛍光ペンを紫のペンケースから取り出し、教科書の麻婆豆腐の写真を蛍光ペンで塗りつぶし始める。姫ヶ崎スペシャルを、調理例の写真で再現するつもりか。

「もう今日は、たくさんいただきました……」

 おぼつかない足取りで、紗那が家庭科室から出て行く。

 こいつを叩きだすためには、姫ヶ崎に料理を作ってもらって、それを食べさせればいいのだと俺は知った。

 どこで使うんだよそんな情報――。

「もうそろそろ授業が始まってしまうので、この辺で失礼させていただきます……」

 あははは――と乾いた笑い声を上げる霧ヶ峰。

「そうね、早く帰りなさい……」

「では、ごきげんよう――さようなら」

 紗那は律儀に別れの挨拶をして、教室を出る。

 そこまでは良かったが――。

 次の瞬間。

 誰かが床に倒れこんだような鈍い音が、無人の廊下に響き渡った。

「――⁉」

 家庭科室を後にする紗那をずっと見ていた俺と、姫ヶ崎の素晴らしい大量破壊兵器製造の腕前――もとい、壊滅的な料理の腕前を知っている霧ヶ峰だけが、それが紗那が倒れた音だということにいち早く感づいた。

「紗那っ!」 

 俺と霧ヶ峰で、廊下に倒れている紗那に駆け寄る。

「紗那ちゃん、あんたねえ……無理するから」

 霧ヶ峰は紗那を助け起こそうと、紗那の脇の下に腕を入れる。紗那は最後の力を振り絞るようにそれを振り払った。

「わ、私は、大丈夫で……一人で、帰れ……」

 紗那はそう言い残すと、泡を吹いて意識を失った。

 完全に白目を剥いた紗那を見て、霧ヶ峰が「言わんこっちゃない……」と額に手を当てて頭を抱える。

 どんなものを料理に入れたら、食べた人がこんなことになるんだ――。

 姫ヶ崎にそれを問いただす勇気は、俺にはない。


 紗那は四時限目の始まる前に、家庭科室前の廊下で倒れて以降、ずっと保健室で床に()せっていたという。

 調理実習が終わってから、俺と霧ヶ峰、そして姫ヶ崎の三人で、紗那の具合を見に行くことになった。

 教室棟と特別教室棟の間にある、他の棟よりはやや小ぶりな建物の一階に、保健室はある。

 俺がドアを開くと、目の前にあるベッドに紗那が寝ていた。紗那は、俺たちの姿を認めると、ベッドから起き上がろうとする。須甲(すこう)先生が制止しなかったら、無理にでも起き上がっていただろう。

「皆様にはご心配をおかけして、本当にすみませんでした」

 紗那は、ベッドの中ですっかりシュンとしていう。

「これに()りて、もう私たちの授業には押しかけないことね」

 霧ヶ峰は、そう厳しい言葉を紗那に浴びせる。

 確かに、元はと言えば紗那が調理実習に押しかけたりしなければ、失神する羽目にもならなかったわけだ。

「まあ、あんなことになったのは仕方ない部分もあるけど……」

「具合は、もう治ったの?」

 自分の料理が原因でこんなことになった、などと言う事情は爪の先ほども知らない姫ヶ崎が、紗那に問う。

「ええ。すっかり元気です。ほら、この通り……」

 紗那は、霧ヶ峰に自分の回復をアピールするように、再びベッドから起き上がろうとする。

「とてもそうには見えないけどね」

 霧ヶ峰は、「まだ寝てなさい」と言って、紗那に布団をかぶせた。


「紗那の様子は、どうでしたか?」

 俺は、紗那のベッドの脇に置かれた机に書類を広げている須甲先生に尋ねる。

 回転椅子に軽く腰掛け、白衣を(まと)っている養護教諭――須甲千春は、瞳の一・五倍もありそうな巨大なレンズの丸眼鏡を押し上げて、俺に視線を向けた。

「良く眠っていましたよ」

 聞いているこちらが眠くなりそうな声で、彼女は答える。

 クラスの男子たちの間では、須甲先生の声は冗談交じりに「催眠ボイス」などと呼ばれていたが、その威力を俺は思い知った。

「時々、うなされているような声を上げていたので、それは心配ですが……」

 その内容は、今ここでは問わない方がいいだろう――その内容は、大体想像がつく。

 姫ヶ崎の前で、それを聞きだすこともあるまい。

「一体、どうしてこんなことになったんでしょうか?」

 俺も知りたい質問を、姫ヶ崎が須甲先生に投げる。

「強いショックでしょうか……」

 それは、彼女にも正確には答えられないようだった。ある程度、俺と霧ヶ峰から事情は説明したが、須甲先生も姫ヶ崎の麻婆豆腐が紗那の身体にどんな影響を与えた結果こうなったのかまでは、分かっていないらしい。

「ああ……」

 しかし、その言葉からある程度予想はつく。

 あの場面を見ていたら、誰だって。

 姫ヶ崎は別として――。

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