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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
② 第一章「兄様に美味しい料理を食べさせて差し上げたいのです‼」
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わたくし、麻婆豆腐の修行が足りないようです!

「ちょっと待ってくれ」

 鷹司が、自分の班の使っているテーブルへと足を進める紗那を制止する。

「私の料理はまだ完成していないのだよ。完成していない料理を他人に食べさせるほど私のプライドは安くないんでな」

 どんなプライドなんだよ、と思ったが、未完成品を他人に食べさせたくないという気持ちは俺にもよく分かる。

「でも、料理は他人に食べられて初めて完成するという言葉があります。鷹司様がいくら一生懸命作ったと言っても、それが人の口に入ることがなければ、それは料理とは言えません!」

「なるほどな――確かにそれも道理かもしれない……」

 鷹司は、一瞬の躊躇(ちゅうちょ)を見せる。

「そうですよ」 

 自分の屁理屈に乗ったのを好機とばかりに、紗那はスプーンをテーブルから取り上げる。

「では鷹司様、自信のほどは」

「愚問だな」

 鷹司は、すまし顔で答える。

「私の計算通りに行けば、この料理は素晴らしいものになっているはずだ。調理実習のレベルを遥かに超えていると、私は自負しているよ」

「それは楽しみです!」

「教科書に書かれている作り方など、当然ながら全部無視したよ。私の麻婆豆腐は、あんなに低級なものではないんでね。尤も、並の高校生にはそんな違いなど分からんだろうが――」

 いちいち人を馬鹿にしなければ、鷹司は気が済まないようだ。


 紗那は、それを聞き流しているのか、単に中途半端にしか聞いていなかっただけなのか、多分後者なのだろうが、スプーンを直接中華鍋へと突き立てようとする。

 学習能力のない奴め――。

「分かりました! では早速いただきます!」

「ちょっと、待ちたまえ鬼門院君……」

 鷹司も、この行動には少し焦りを見せた。

「私はその辺で管を巻いている有象無象(うぞうむぞう)よりは、段違いに有意義な人生経験を積んでいることは否定しない。ただ君のように、スプーンを直接中華鍋に入れる光景は初めて見たぞ」

 俺は今日初めて、鷹司の言葉に共感した。

 人生経験云々については、全く同意しかねるにしても――。

 鷹司だって、俺たちとは同い年だったはずだ。でもそれを言うと、多分鷹司は「人生経験と言うのは、単に歳を食うということではないのだよ」と言い返して来るだろうが。

「いいんです! 有意義な経験ですから!」

 紗那も紗那で、訳の分からない返答をする。

 そして、今さっきまで中華鍋で火に掛けられていた熱々の麻婆豆腐をひょいと口に入れた。

「……これは、素晴らしい……」

 紗那は感動した……かのように見えたが、多分「違いの分かる女」と鷹司に思われたくて出まかせを言っているのだろう。あんなところから直接口に入れて、味など分かるわけがない。

「素晴らしいです」

「……もっと有意義な感想が聞きたかったね。君には失望したよ」

 紗那の出まかせは鷹司にも見破られたようだった。

紗那は「もっと修行してまいります……」と肩を落として、鷹司のもとを立ち去る。ノートを取る気力もないらしい。


「さて……次は?」

 紗那が辺りを見回す。

「姫ヶ崎様と甲賀沼様がまだでしたね……」

 紗那の言葉を聞いてか、姫ヶ崎がわざわざ手を振って、自分の居場所を紗那に示した。そんなことをすることもないと思うのだが。

 紗那はそれを見つけて、彼女と甲賀沼がいるテーブルに視線を移す。 

「紗那ちゃん!」

 この時間に一年生が家庭科室をうろついていることの不審さにも気が付いていないのではないかと思わせるような、ふわふわとした声で姫ヶ崎は言う。

「周ちゃんもいるよー!」

 姫ヶ崎が言うと、甲賀沼が中華スープ用の鍋の陰からひょっこりと顔を出す。今まで調理には参加していなかったようだ。その気持ちも、あの異様な臭気を嗅いだ俺には痛いほど分かる。

「はい! 今すぐうかがいます!」

 紗那は姫ヶ崎のいる場所まで走り寄って、姫ヶ崎の両手を握る。

「わたくし、麻婆豆腐の修行が足りないようです!」

 確かに、試食のために姫ヶ崎のテーブルに向かったのは修業が足りないと言わざるを得なかった。

 中華鍋の中身は紫と緑色、そしてショッキングピングを無造作に混ぜ合わせたような毒々しい色をしている。

「ぜひわたくしに味見させてください!」

「いいよ!」

 姫ヶ崎は快諾する。

 黒瀬――こいつを止めてくれ。

 しかし、黒瀬は姫ヶ崎と紗那を交互に見て満足そうな顔をしている。甲賀沼はわれ関せずといった顔で、春雨を袋から出したり入れたりという謎の遊びを始めている。渡辺に期待するのには荷が重すぎる。多分あいつは紗那がどうしてこの場に現れたのかも理解していないだろう。ごく自然なことだ。

 つまり、紗那を止める人間は、あそこの班には誰もいないということだ。

 紗那の口に、あの見るからに物騒な物体が――。

 口に入れる前に気づいてくれ。俺はそう願った。

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