ですから単刀直入に申し上げれば、皆様の料理の腕前を、このわたくしが拝見させていただくということです!」
「もう、まったくこれだからお嬢様は……」
霧ヶ峰は立ち上がり、腰に手を当ててため息をつく。
「聖花も料理できなかったけど、あんたもできないとはねえ……」
「姫ヶ崎様は料理ができないのですか⁉」
紗那は、そっちの方に喰いついた。
霧ヶ峰の肩を両手でむんずと掴み、迫るように問いただす。
「あの姫ヶ崎様が……あの女子力の塊みたいな姫ヶ崎様が……」
「あのねえ、料理を女子の天分みたいに言うのやめなさい」
霧ヶ峰はそう前置きした上で続ける。
「聖花はあんな娘だから、男子たちは『きっと料理もうまいんだろうなあ』みたいな馬鹿な幻想を抱くわけなんだけど。聖花の料理を食べたら、もうそんなことは言えなくなるわね。何しろ、あの料理を口にして倒れなかった者はいない、って言う噂もまことしやかに流れてるくらいだから」
あくまで噂だけどね――と霧ヶ峰は耳打ちするような小声で言う。
「でも、かなり信憑性は高いと思う。私も、あの娘の料理には苦しめられた口だから。一生懸命ないい娘なんだけどね。どうして、あんなことになっちゃうんだか……」
「あんなこと、って……」
中学時代からの友人の霧ヶ峰がこんなことを言うくらいだから、相当ひどいものなのだろうということは、俺にも分かった。
「あの料理は、掛け値なしの風紀紊乱レベルよ」
「風紀紊乱……」
紗那が唾を飲み込む音が聞こえた。
「つまりは、子供にはまだ早いということでしょうか……」
「ええ。子供があれを食べたら命に関わるわ」
「危ない料理なんですね……!」
「ええ。危ない料理よ」
紗那が興奮を隠さず、顔を赤らめているのを見ると、この二人の間には言葉の解釈をめぐる深刻な齟齬が生じているようだった。
何で料理の話をしていてそんな発想になるのか、俺には紗那の思考回路が理解できない。誤解を招くような表現をする霧ヶ峰にも、その責任の一端はあるのだが。
というか、この前のゴキブリ事件の時もそうだったが、こいつはわざと情報を開示しないで周囲に変な誤解をさせることが多い気がする。
意図的だったらそれこそミニ風紀委員による風紀紊乱だ。
「まあ、そうじゃなくてもあんたが聖花に料理を作ってくれる機会なんて、ないでしょうけどね。精々修行しなさい」
紗那の誤解を解くこともなく、霧ヶ峰はそう言い残して俺たちに背中を向け、ゴミ置き場を後にする。
「姫ヶ崎様……一体どんな料理を作るのでしょうか……」
明らかに食欲というよりは好奇心に満ち溢れた紗那の瞳を見て、俺はこの後の展開がある程度は予想がついた。
こいつは、また何か考えている。
それも、かなり俺にとっては厄介なことを。
「というわけで!」
「何がというわけでよ!」
俺の先に紗那に突っ込みを入れてくれたのはほかならぬ霧ヶ峰だった。
紗那の言ったところによると、「確かに、兄様の食生活には問題があると言わざるを得ません」ということで、「この中で誰が一番美味しい食事を作れるのか知る必要があります」ということらしい。
俺にはそのつながりが、よく分からないのだが――。
朝、俺の食事の話が出て、その日の昼近くには行動に移しているのだから、我が妹ながら呆れた行動力だ。
「あんた一年生でしょ⁉ 何で二年生の授業にいるのよ⁉ 早く教室に帰りなさい!」
生徒会副会長らしく、優等生的な突っ込みだ。
しかしそれですごすごと教室に戻っていくような紗那ではない。
「これは霧ヶ峰様らしからぬお言葉。時計をご覧ください」
「ぬっ……」
時計に視線を移した霧ヶ峰が、黙り込む。
現在、十一時二十分を回ったところだ。丁度、三時限目と四時限目の間の休み時間である。
「ですから、私が教室にいなくても何の問題もありません」
「そ、そうね……」
いかようにも反論できそうなものだが、優等生霧ヶ峰眩香はそこで引き下がった。
「私は皆さまのお料理を味見する責務がありますのでっ! ふつつかながら、家庭科室にお邪魔させていただきましたっ!」
良く通る声で、家庭科室にいるうちのクラスの生徒たち全員に宣言するように、紗那は言い放った。
周りの男子たちと女子たちが、それぞれ違った理由でざわめいている。
前者の代表例は、黒瀬。
あんまり紗那に見惚れてると手を切るぞ――。
注意しようと思ったが、それを聞く黒瀬ではないだろう。
女子たちはこの場の状況を把握しようと、紗那の言葉に注目している。
ただ一人例外がいるが――。
「デュフフフ……黒髪ぱっつん美少女の降臨ですなあ……」
俺の目の前で包丁を握りしめながらにやけているこいつが、道明寺ほかけだ。
美少女に興奮すると、自分も美少女オーラを発する。そんな彼女は、今美少女オーラ全開の真っ只中。
それでも、クラスの全員の視線がこの闖入者――紗那に注がれていた。
「言ったはずです。皆さまは、鬼門院家に嫁ぐ候補者なのですよ。皆さまが兄様の婚約者としてふさわしいか、それを見極めるのがわたくしの……」
クラス全員の前でそれを言うか――!
俺は紗那に駆け寄って、手に携えていたおたまで頭を叩く。
「黙れ‼」
「ごふっ‼」
紗那は机に顔を激突させる。
俺のおたま攻撃はかなり紗那には効いたようだ。
おたまに紗那の髪の毛が付着してしまったが、あとで洗剤で洗えばいいだろう。
黒瀬のような変態は、一本欲しいというかもしれないが。
俺のおたま攻撃を目の当たりにして非難の声を上げる女子生徒たちに、俺は紗那が自分の妹であることを説明した。納得してくれたらいいけれど。
「……つまり、そういうことです」
不屈の意思で身体を起こした紗那が続ける。こいつの意思の強さをもっと有効に使う方法はないのかと俺は半分本気で考え込んだ。
「ですから単刀直入に申し上げれば、皆様の料理の腕前を、このわたくしが拝見させていただくということです!」




