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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
② 第一章「兄様に美味しい料理を食べさせて差し上げたいのです‼」
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厨房は女の園なのです

「いや……できることにはできるんだが……」

 俺はすかさず言う。

「物理的には出来るんだが、いろいろな事情があってできない、というか……」

「兄様は料理ができないんです。してはいけないんです」

 紗那は、厳然と霧ヶ峰に向かってそう言い放つ。

「そんなに壊滅(かいめつ)的なの……」

 誤解を招くようなことを言う紗那。俺に料理させたら世界が滅ぶみたいな言い草にも聞こえる。

「あんた……あんたって子は……」

 俺の肩に手を掛けて、憐れむような視線を投げる霧ヶ峰。

「あんたも料理くらいできるようになりなさい……」

「だからお前は俺の親戚か何かなのか⁉」

「でも親戚になるかもしれませんよ!」

 紗那が興奮した調子で言うと、すかさず霧ヶ峰が反応する。

「な、何言ってんのよあんたは⁉」

 俺だってそんなのこっちから願い下げだ。

「まあ、それは追って詳しい話をいたしますとして……」

「詳しい話なんてしなくていいから……」

 何勝手に話を進めようとしてるんだ――。

 紗那は、内心突っ込みを入れる俺を無視して続ける。

「鬼門院家の男子が厨房に立つと、とんでもないことが起こるのです」

 まるで、怪談話でもするかのように、顔を(うつむ)けて俺と霧ヶ峰を黒目勝ちな瞳で見据える紗那。

「と、とんでもないってどういうことよそれ……」

 さすがの霧ヶ峰も、紗那の目力に気おされている。

「それはですね――」

 ――地獄に落ちるのです。

 紗那はそう言った。


「……」

 霧ヶ峰は、紗那の言葉を聞いて笑うでもなく、反応に困ったような表情を見せる。

「地獄……?」

「ええ。そうです。あの地獄です。鬼がいて、閻魔(えんま)がいる、あの地獄です」

「そりゃ私も分かってるけど……」

 困惑しきりといった表情の霧ヶ峰を見て、紗那は解説を加える。

「『男子厨房(ちゅうぼう)に入らず』というのは、鬼門院家に代々伝わるしきたり。そして、鬼門院家のしきたりを守らぬ者は地獄に落ちる。ですから、兄様が料理をされると、地獄に落ちると申し上げたのです」

 ですから、家の台所は男子禁制なのです、と紗那は続ける。

「厨房は女の園なのです」

 それは少し違うような気がするが。

 でも、鬼門院の男が料理を作ることなどあってはならない、とされているのは本当だ。

 時代錯誤なのだろうが、鬼門院家においてはそういう決まりになっている。

 家のしきたりは絶対。

 紗那は、鬼門院家の人間として、ずっとそういう教育を受けて、そういう環境の中で育った。霧ヶ峰も、それは知っている。

 でも、それを霧ヶ峰が受け入れるかどうかは別問題だ。

「あ、そうなの……」

 面倒な家ね、と霧ヶ峰は呟くように続ける。

「だから、杉内は料理をしちゃいけないってこと?」

「はい。そういうことですね」

「はあ……あんたの家はいつの時代の家なのよ……」

「江戸時代からです」

「そういう意味じゃなくてね……まあいいわ」

 霧ヶ峰が、もうお手上げだと肩を竦める。

 確かに、霧ヶ峰には鬼門院家の常識は理解できないだろう。俺だって、理解できないのだから。

 鬼門院の家は、世間の非常識。

 外の人々が、鬼門院家のことを揶揄(からか)って言う言葉だ。これも真実を言い当てていると思う。


「でも、こんな食事ばっかりじゃ、あんたの兄さん身体壊しちゃうんじゃないの?」

 霧ヶ峰が、本気で心配するように紗那に言う。まるで俺の心配ではなく、紗那の心配をしているのだと言わんばかりだ。

 紗那も、俺のゴミ袋に視線を移して、ため息をつく。

「確かにそうですね」

 もとはと言えば、紗那のせいだ。でも、それを言っても仕方ない。

「そうです。霧ヶ峰様が、兄様のお食事を作って差し上げたらどうでしょう?」

「え……私が⁉」

 霧ヶ峰が目を丸くして、人差し指で自分の顔を指す。

「ちょっとちょっと、何でそういう展開になるのよ。どうして私が杉内の食事なんかを……」

「霧ヶ峰様は、料理がとてもお上手ですよね」

 紗那は満面の笑みで、慌てる霧ヶ峰に言う、

「まあ確かに、私の料理は聖花にも褒められたことあるし、かなり上手い方だとは自分でも思ってるんだけど……って、そういう問題じゃないでしょ⁉ 何で私が、杉内のためにわざわざ食事を作ってやんなきゃいけないのよ」

「そうだよ。俺は他人に食事を作ってもらおうなんて気はないね」

「ですが……」

 わたくしは兄様が心配なのです、と紗那は俺に(すが)りつくようにして言う。

「兄様はわたくしの料理はお食べにならないと言われるのです」

 霧ヶ峰は、非難の目線を送ってよこす。

 他人が料理を作ってやってるって言うのに選り好みすんのあんたは――と目で訴えかけている。

 だから俺の言葉もつい弁解口調になってしまった。

「こいつ、こんなこと言ってるけど、実は料理全く駄目でな……ってか、作ったことがあるのかどうかすら怪しいもんだ」

 紗那が台所に立って料理をしている光景など、俺は少なくとも一度も見たことがない。

 俺がまだ鬼門院家の血筋を継ぐ人間だということが明らかになる前、厨房に自由に入れる時からそうだった。紗那は子供の頃から、一度も台所に立ったことはない。

 紗那が、俺の部屋に押し入って食事を作り出さない理由も、そこにあるのだろう。

それが出来たら、ゴミ袋の惨状――霧ヶ峰と紗那にとってはそうらしい――を見る前に、とっくに行動に移しているはずだ――。

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