わたくし何かに目覚めそうです――
そんなこんなで、俺たちが普通に暮らせるようになって一週間ほどが経過した、ある日の朝の出来事だ。
俺と霧ヶ峰は、寮の東端にある共用のゴミ置き場でばったりと出くわした。
「よう、霧ヶ峰」
「おはよう、杉内」
そう言って、霧ヶ峰は俺のゴミ袋の中身を見て、顔をしかめる。
「そんなにジロジロ見るなよ――」
今日はプラスチックのゴミの日なので、そんなに怪しいものは入っていなかったはずだ。
勿論燃えるゴミの日にも、怪しいものなんて入れないが。女子六人と暮らす寮で、そんなものを透明なゴミ袋で出せるわけがない。
俺も十六歳の健全な男子高校生だから、そういうものが出るのは否定しないが、きちんと不透明な袋に入れて、それもこんなゴミ置き場ではなく集積場に併設された焼却炉に直接持っていくようにしている。
いや――でも誤って入れてしまった可能性はある。
そんなことになれば、俺の寮生活も終わりだ。せっかく関係を元に戻したというのに……。
しかし、俺の心配は杞憂に終わったようだった。
「あんたねえ……」
霧ヶ峰は、呆れたように言う。
「ちょっとは自炊とかしたらどうなの?」
「何だ、そんなことか」
間違って女子に見せたらまずいゴミを透明袋に入れて出してしまったのかと内心心配していた俺は、霧ヶ峰の言葉に安心する。
また、霧ヶ峰のいつもの小言か。
俺は、いつも夕飯は学食の近くにあるコンビニで買うことにしている。昼間しか空いていない学食に代わって、多くの俺のような生徒たちに愛用されているコンビニだ。
霧ヶ峰は、それに文句をつけて来たのである。
「そんなことかとは何よ。あんたのことをせっかく心配してやってるんだから」
いやに押し付けがましい心配だ。
「あんた、今からこんなことじゃ将来苦労するわよ」
「お前は俺の親戚か何かかよ」
本当にこいつはどっかのおばさんみたいな奴だな――。
「あんたも、少し料理とかしたらどうなの?」
「ん、まあ……」
俺は、曖昧な返事をする。
黒瀬に料理を褒められたときの霧ヶ峰の態度と矛盾していないか――と思いつつ。
言っておくが、俺は料理ができないわけではない。むしろ、上手な方だと自負している。
でも、ある奴に止められてやっていないだけだ。
今まで光潤寮にいた間は普通にやっていたが、あいつが来てからというもの、料理をしたことは一度もない。
「兄様!」
そう――こいつのせいだ。
「兄様、おはようございます。霧ヶ峰様も、おはようございます」
紗那は、俺と霧ヶ峰に向かって丁寧に頭を下げる。
「おはよう、紗那ちゃん。ねえ、これどう思う? 自分の兄として……」
霧ヶ峰はそう言って、俺のコンビニ弁当のプラスチック容器で満たされた透明袋を紗那に見せる。
「こういうの、良くないと思わない?」
「確かに、これは良くないですね……」
紗那は、顎に手を当てて少し考え込んで言う。
「わたくしが、兄様のお食事を作って差し上げなくては……」
「え……」
紗那は真剣な口調で言うが。
こいつの作る食事が俺には想像できない。
いや――料理として崩壊している様なら想像できる。
「わたくしとしたことが、こんなことにも気づかなかったなんて。全く不覚の至りです。それにしても、霧ヶ峰様は本当に兄様のことをよく見られているのですね」
「まあ、今回はたまたまだけど、去年も同じクラスだったし、そんな知らない仲じゃないしこのくらい普通……って! 何言わせんのあんたは! っていうか何言ってんのあんたは!」
霧ヶ峰は、自分の部屋から出たゴミ袋をバタバタを振り回しながら言う。
「何をするのですか! おやめください霧ヶ峰様!」
言われて、ゴミ袋を地面に下ろす霧ヶ峰。
「霧ヶ峰様が乱心されたかと思いました……」
「そりゃ乱心もするわよ。私が杉内に気があるみたいに言っちゃって。気持ち悪いこと言わないでちょうだい」
本人を目の前にして言うセリフではないと思うが。二人とも、俺の立場も少しは考えろ。
「それに、何で紗那ちゃんが杉内の食事を作る話になってんの」
「それは、妻としての責務ですから」
「あんた妻じゃないでしょうがっ!」
霧ヶ峰は紗那の頭を軽く叩いて突っ込みを入れる。
「んほおっ!」
平手で脳天を叩かれた紗那が、妙に色っぽい嬌声を発する。
「わたくし何かに目覚めそうです――」
「勝手に目覚めてなさい!」
こいつも黒瀬のお仲間ということか――。
いや。でも紗那を黒瀬に近づけてはいけない。
「でも仕方がありません。兄様のお相手が決まらない間は、わたくしが代わってご奉仕しなくては」
紗那は一転、真剣そのものの口調に戻って続ける。
「……鬼門院家って言うのはどういう家だかは、もう聞かされたから別に驚きはしないけど」
意外にも霧ヶ峰は「そんな価値観みっとめらんないわあ!」と叫ぶことなく、突き放した口調で返す。
「でもなんで、あんたが作らなきゃいけないのよ。もしかして、杉内って料理ができないの……? 全く……?」
「はい、そうなんです……」
紗那は、困惑した表情でそう答える。
これではまるで俺が本当に料理が壊滅的にできない奴だ――。




