あいつらが寝かせてくれなくてさ……
俺の気持ちも、紗那の思いも、それを受け入れてもらえるとはいかないまでも、五人には理解してはもらえたようだった。
俺は、最初に御影に詫びを入れることにした。
自分が、結果的に嘘をついてしまったことになった、そのことについて。
「何」
もう気にしていない、と御影は言う。
「それに、貴殿には家の指図に従う気はないのだろう。ならば、貴殿の申されたことは嘘ではないではないか」
「まあ、そりゃそうだが……」
「それに、私は正直言って見直したぞ。あんなこと、なかなか人前で言えることではない」
俺が、紗那の気持ちを分かってやってくれと言ったことだろう。
「私にも、兄がいれば……」
そう御影がつぶやいたような気がしたので、「何か言ったか?」と訊くと、「何でもないわ」と言って後ろを向いてしまった。
でも――御影が怒っていないことは事実のようだった。
他の四人も、俺と紗那に普通に接してくれるようになった。
ただ、鷹司や甲賀沼のような接し方が普通、とすればの話ではあるが。
霧ヶ峰は、口を利いてくれるようになったとは言え、口を開けば俺にも紗那にも小言ばかり。鬼門院の人間は俺の結婚相手にしたくてたまらないようだが、こいつは姑の方が向いていると思う。でも、それも俺と霧ヶ峰の関係が修復されたということだろう。
一番嬉しかったのは、姫ヶ崎が良く笑うようになったことだ。
そう言えば今まで、姫ヶ崎の笑顔を見たことはほとんどなかった。学校にいても、寮に帰っても、いつも沈んで生気のない顔をしていた。俺が六人を集めるまでは、そうだった。
今では、俺の前でも笑顔を見せてくれる。
まだ弘学寮の空気が、絶対零度にも等しく感じられるほど冷え込んでいた時、教室で黒瀬がつぶやいていたことを俺は思い出す。
黒瀬――今なら、お前の気持ちが分かる。
やはり、女の子は笑っている時が一番だ。
鬼門院の家の名前を出さない限り、そしてそれを忘れている限り、俺たちの弘学寮での暮らしは、表向き平穏無事に過ぎていった。
いや――このメンツが集まって、騒ぎが起こらなければ平穏無事と言っていいだろう。
「杉内……」
俺が机に突っ伏していると、黒瀬が声を掛けてくる。
「昨夜はお楽しみだったのか?」
「んなわけないだろうが……」
突っ込みにも力が入らない。
黒瀬は前の席に座っている霧ヶ峰に思い切り睨まれて、「悪かったよ、悪かった」と手のひらを振りかざしながら前言を撤回する。
弘学寮の中で普通に会話が交わされるようになった結果、新たな問題が生じるようになった。
弘学寮は建物が他の寮に比べて古く、他の部屋の音が異常に響くのだ。前は静かだったので気にはならなかったが、やっと平穏で騒がしい生活が取り戻された結果、目下唯一の問題としてかなり気になるようになった。
そして、女子六人が新たに一緒の寮で生活することになれば――。
女三人寄れば姦しい。
六人寄れば、その倍である。
あの連中が一同に会するとどうなるかは、俺も想像しておくべきだった。
何せ、姫ヶ崎と御影はともかく、ミニ風紀委員に蕭条の新女王にあの甲賀沼に紗那だ。俺が安眠できるような状況になると思う方が間違いだった。床が抜けなかったのは、僥倖としか思えない。
「昨日は眠れなかったんだよ……」
結局、霧ヶ峰はノートを見せてくれないので、信用ならない黒瀬のノートを見せてもらうことにした。途中から明らかに板書を写すことを諦めたとしか思えないノートを。
鷹司は、授業中ノートを取らないらしい。それで成績がトップなのだから、さすがは蕭条の新女王と言ったところか。
「でも、前と比べて杉内と女子たちの雰囲気変わったよな」
「そうか?」
俺は声の張本人の筆跡を読み取ることを諦めて答える。
「雨降って地固まるって言うかさ。お前、やっぱり寮の女子たちと何かあっただろ」
「お前が思ってるようなことはない」
こいつが何を思って言っているのかは知らないが、大体は想像がつく。
「あの御影も『私も杉内殿のような兄が欲しいものだ』だってさ」
「あいつそんなこと言ってたのか……?」
いや――あの御影に限って、そんなことを言うなんて考えられない。兄がいれば、という言葉は耳に入ったような気がしたが――。
多分に誇張が含まれているのだろう。
それに黒瀬と御影に接点なんてあったか――いや、それを作り出すのが美少女ハンター黒瀬だ。思い起こそうとするだけ無駄だろう。
と言うか、あいつそんなことを各方面に触れ回っているんじゃないだろうな――俺の心配をよそに、黒瀬は続ける。
「一つ屋根の下に暮らす美少女たちと仲直りか。いよいよ、俺はお前が羨ましいよ。目の下に隈まで作りやがって」
「これは本当に眠れなかったんだよ」
俺は、黒瀬にせめてもの反論をする。
「あいつらが寝かせてくれなくてさ……」
しまった――。
完全に墓穴を掘るような表現だった。
口に出した言葉を取り消せるものなら、取り消したい――。
俺は切実にそう思った。




