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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
① 第三章「男女七人、寮での共同生活――までは良かったのですが……」
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いくら兄様とはいえ、言っていい事と悪い事があります!

 翌日――。

 俺は皆を集めて説明をした。

 なぜ、紗那がこんな身勝手な計画の実行に及んでしまったのか――それは、紗那の家柄が絡んだ事情であるということ。そして、俺が当主と使用人の間に生まれた息子であったからこそ、そんな問題が浮上したこと。もしも俺が、紗那と同じように、正式な鬼門院家の人間としてこの世に生を受けていたとしたら、後継ぎ問題など起こりようがなかったということ。

「本当に悪かった」

「私からも、お詫びさせていただきます」

 紗那は、俺がこのことに関わっていなかったこと、全く知らなかったことを説明してくれた。

 俺と紗那に正対して立っている五人は、俺たちの言葉を聞いて微妙な顔をしている。

「確かに、杉内の家――この場合は鬼門院の家だけど、そこがピンチになってるってことはよく分かったわ。でも、だからって私たちを無理やり連れてくることはなかったでしょう?」

 霧ヶ峰の意見も当然だ。俺だって、そう思っている。

「それは……」

 紗那が口ごもった。

「紗那殿を(いじ)めているようで、あまり気分がいいものではないのだが」

 御影が口を開く。

「確かにその手段は強引に過ぎるな。他に方法はなかったのか。杉内殿を良家の子女と結婚させる方法など、他にいくらでもあったのではないか?」

 いくら時期が迫っているとはいえ、と御影は言った。

「それとも、そんなに自信がなかったってことなのかな?」

 (あお)るように言うのは、鷹司だ。今回ばかりは、こんなことを言われても仕方がないと思う。

「そんなことは断じてありません」

 紗那は、憤然と反論する。

「兄様は、わたくしの目から見ても十分魅力的な男性です。その魅力が、なかなか他の女性には伝わらないことが、難点ではありますが。わたくしは、そこには自信があります」

「じゃあなぜこんなことになったの?」

 甲賀沼は、俺がすぐには彼女の言葉だと気づかなかったほどの真剣さのこもった口調で問う。


「それは……」

 紗那は、泣きそうな声で言った。

「知らなかったのです」

 何をだ――と、御影が尋ねる。紗那の言葉を促すような響きだった。

「他に思いつかなかったのです。どうすれば、人が結婚できるのかという、その方法が……」

「鬼門院の家は、代々お見合い結婚でな」

 恋愛結婚などと言う概念は、鬼門院家の人間にはなかった。

 それを家の人間にさせようということなど、思いも及ばぬことだった。

 自由恋愛で結ばれた夫婦なんて、どこを見渡しても親戚にはいなかった。いたのは、使用人夫婦くらいのものか。

 だから、偉明のようなことがあったのだろうと思う。偉明と妙子さんは、決してお互いに愛し合ってはいなかったのかもしれない。もっと言えば、その必要もなかった。妙子さんは、鬼門院家に嫁いで、鬼門院家の子孫を残せばよかったのだ。偉明と妙子さんの子供ではなくても、別に良かった。

 俺が後継者争いの矢面に立たされているという事実からも、それは分かる。偉明と妙子さんの子ではない、この俺が。

「だから、鬼門院の嫁が別に結婚相手を好きでいる必要なんて、なかったってことだ」

 俺はそう言って話をまとめた。皆、言葉が返せないでいる。紗那も、俺の言葉には反論してこなかった。

「鬼門院家って言うのはそういう家柄だし、紗那はそういう環境の中で今まで育ってきた。それは、知っておいてほしい」

 鬼門院家の人間にとって、嫁は連れてくるもの。

 俺や紗那の生まれるずっと前から、そうだったのだから。


「そうか……」

 最初に口を開いたのは御影だった。

「紗那殿も苦労をしてこられたのだな」

「あんたね……」

 霧ヶ峰が、ほとんどあきれ顔になって言う。

「あんたたちがどういう生まれでどんな家に育ったかなんて、私はそういうことを話せって求めてたわけじゃないのよ。もういいから、あとは黙っておきなさい」

 それは、きっと俺や紗那のことを思って言ったのだろう。

 その証拠に、俺や紗那の話をずっと黙って聞いてくれていた。

 この口うるさい、ミニ風紀委員とも呼ばれた霧ヶ峰が。

「私はやはり認められないね」

 そう冷たく言ったのは、鷹司だった。

「でも、君がそういう世界で育ったということは心に留めておく程度はしてやらないこともないがな……」

 姫ヶ崎は何も言わず、こちらを見て微笑んでくる。「成功ですね」と言いたげな表情で。でも、あいにくこれは成功ではない。俺は、そう思っている。

 ただ、このことにはいろいろな事情があったんですよ、ということを言っただけだ。

 それを知っても、やはりこんなのは嫌だという人も確実にいる。

 鷹司の言葉も、考えてみれば正論だ。

 だから――俺は、意を決して口にすることにした。

「今まで、俺たちがこの寮に集められた理由を話してきたわけだが……正直、俺はこんなことには反対なんだ」

「兄様……⁉」

「俺は、鬼門院家で育ったわけでも、鬼門院家に特別な感情があるわけでもない。だから、俺にとっては後継ぎの問題なんてどうでもいい。紗那や妙子さんが路頭に迷うのは困るが、俺自身は鬼門院家なんて滅んでもいいと思ってる」

「兄様……‼ 言葉にお気を付けください! いくら兄様とはいえ、言っていい事と悪い事があります!」

 紗那は憤慨して叫ぶが、俺はそれを無視して続ける。

「だから、俺は紗那の計画には従うつもりはない」

「兄様……!」

 紗那の声は、悲鳴のようなものに変わっていった。


「でも――」

 俺は、一層声を張り上げて言う。

 俺が本当に言いたいのは、こんなことではなくて。

「紗那は、紗那なりに必死でこの計画を考えたんだ。鬼門院家の一員として、自分の生まれ育った、鬼門院の家を守るためにな。俺は生まれた時から、鬼門院の人間だったわけじゃない。だから、紗那がどれだけ強い気持ちを、この家に持ってるのかなんてこと、俺には分からない。でも――紗那にとっては、この家は何にも代えがたい大事なものなんだ」

 見ただろう――と俺は言う。俺が、鬼門院家が滅びてもいいと口走った時の、紗那の表情を。

「紗那には、この家が滅んでいくことなんて、絶対に許せないんだと思う。少なくとも、こいつにはそれを黙って見ていることなんてできなかったんだ。だから――その気持ちも、分かってやって欲しい」

 この通りだ――。

 俺は、五人に向かって首を垂れた。

 俺の見た紗那の気持ちが、皆に伝わるかどうかなんて分からない。

 でも、紗那にとっては当たり前すぎて、上手く説明できないだろう。そう思って、俺が話した。

 自分がどれだけ強い思いを、相手に対して持っているかなんて、当の自分自身には一番分からないのかもしれない――。

 でも、俺には分かったから。


「あんた……」

 最初に口を開いたのは、霧ヶ峰だった。

「あんたにそこまで言われて、黙って出て行けるわけなんてないじゃないの」

「そうだな」

 御影もそれに同意する。

「良い兄を持ったと思わぬか、紗那殿」

「でも、家が滅んでいいと言ったのは撤回してもらわなければなりません。ここだけは、譲れません」

 やっぱり、杉内の言う通りね――と霧ヶ峰が苦笑する。

「私にはやはり、紗那君のような考え方は理解できないな。――しかし、同じ寮に暮らすくらいのことだったら、しないこともない」

 鷹司はいまだに腕を組んだまま言う。でも、俺は紗那のような考え方を理解してほしいと言ったわけではない。紗那の気持ちも、分かって欲しいと言っただけだ。鷹司にも、それは分かってもらえたのだと思う。

「良かったね、紗那さん」

 姫ヶ崎は微笑みかけるが、「結婚していただかなければよかったとは言えません!」と紗那はむくれている。俺の宣言に相当ご立腹のようだが、俺に自分の気持ちを代弁された以上、それを俺にぶつけるわけにもいかないようだ。

「とにかく――」

 甲賀沼が、その場を収めるように言う。

「これで、一悶着(ひともんちゃく)ね」

 ――一件落着の聞き違いだったことにしておこう。


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