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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
① 第三章「男女七人、寮での共同生活――までは良かったのですが……」
32/149

今みたいな状態で、ずっと一緒に暮らし続けるのって、私は嫌だから

「だから」

 姫ヶ崎は、一旦言葉を切った。

「紗那さんの家を大事に思う気持ちも、よく分かるんだ……」

 勿論、こういうのは相手がいる問題だし、私だったら紗那さんみたいなことはしない――そう姫ヶ崎は言う。

「だから、もしかしたら紗那さんは間違ってるのかもしれない……でも、私は紗那さんの気持ちは、間違ってないと思う」

「そうか……」

 俺は、返答に困った。

 俺は紗那のそんな気持ちを、ずっと拒絶してきた。

 家が何なんだと――そんなに大事なものなのかと。

 そして、それは姫ヶ崎の話を聞いた今でも変わらない。

「姫ヶ崎は、そう思うか……」

 俺は「でも」と、姫ヶ崎に切り出す。

「俺は、それが分からない。紗那の気持ちは、間違ってないのか――いや。そんなことを分からないんじゃない。それが紗那の本当の気持ちなのか、俺には分からないんだ」

 俺の目の中を覗き込むような視線を送る姫ヶ崎に、俺は言う。

「紗那はな――いや、紗那だけに限った話じゃない。鬼門院家の人間は、みんな家が一番大事、って教育を受けて大きくなるんだ。どういうわけか、代々みんなそうなんだよ」

 俺はそうじゃなかった――もともと、鬼門院家の人間じゃないから。

 俺がそう言うと、姫ヶ崎は悲しそうな表情を見せた。

「紗那は、それを常識として受け取って来た。この十五年間、ずっとな。紗那はそういう考え方しか、きっと知らない。それでも、それは紗那の気持ちだと言えるんだろうか。俺は、時々不安になるんだよ」


 そうだ――。

 紗那は本当に幸せなのか。紗那の生き方は、本当に紗那が望んでいるものなのか。

 紗那は、きちんと紗那を生きているのか。

 ずっと、俺の心の中にあった疑問だ。

 それは、紗那が鬼門院の家に対して取る振る舞いすべてを見て、幼いころからそう思っていた。

 今まで、紗那のそばにいなかったから、ついぞ忘れていた感覚。でも紗那が来たことで、ふつふつと湧き上がって来た、気味の悪さとも言っていいような感触。

 そんな感覚を持つのは、きっと俺が紗那を理解できないからだ。

「でも――」

 姫ヶ崎は言う。

「そんなこと言ってたら、キリがないよね……何かを大切に思う気持ちが、すべて後から作られたもの、植え付けられたもので。そんなの、本当の気持ちじゃないなんて言ったら、それこそキリないよ」

 それは杉内君の考え方とは違うのかもしれないけど、だからと言って、紗那さんが誰かの意のままに動いているとか、それは本当の紗那さんの考えていることじゃないんだって思うのは――。

「それは、私は違うと思う」

 絞り出すような声で、姫ヶ崎はそう言い切った。

 俺も、姫ヶ崎の言っていることは分かる。

 でも、それとこれとは別だ、という思いも俺にはある。


「私は、紗那さんの話を聞いて、本気なんだって思った。紗那さんが家をあんなに大事に思うのは、お母さんのためなのかもしれないって」

 言っちゃ悪いけど、お父さんがあんな人だったからかな――と、姫ヶ崎は言う。

「やっぱり、悪かったかな?」

「いや、いいんだ。本当にそうだったんだから」

 その男のせいで、俺は今、こんな微妙な状況になっている。

 姫ヶ崎が悪く言ってくれて、むしろ良かったと思う。

「紗那さんは、絶対に出来心でこんなことを考えたんじゃないって、私にも分かる。紗那さんも、いろいろ迷ったと思うんだ――」

 それを、俺に見せないだけで。

 兄妹とは言え、俺に紗那がどんな気持ちでいるか、どんなことを考えているのかなんて、分かるわけがない。

 俺がそれを分かっていたか、と訊かれれば、分かっていたとは即答できない。

 もしかしたら、俺の考え方、俺の基準に合わせて、紗那を見ていたに過ぎないのかもしれない。

「それに……今みたいな状態で、ずっと一緒に暮らし続けるのって、私は嫌だから」

 俺と紗那が、なぜこんなことをしたのか。

 皆に説明してほしい――と、姫ヶ崎は言った。

「それは、紗那さんの口から話すには、辛い事なのかもしれないけど」

 姫ヶ崎に俺の出生の事実を話した時、紗那はどんな顔をしたのだろう。

 きっと、俺には見せたことのないような表情だったに違いない。

 でも、紗那がそれを説明しなかったからこそ、俺たちはずっとこんな状態でいる。考えうる限りの、同居者としては最悪の状態で。


「姫ヶ崎の気持ちは分かった」

 俺は、姫ヶ崎に向かって強く頷く。

「俺の口から、しっかり説明するよ。それに、紗那にも説明させる――」

 勿論、無理強いはしないが。

 それで納得してもらえなかった場合は、それでもいい。

「姫ヶ崎――今までずっと嫌な思いをさせてて、悪かった」

 俺は頭を下げたので、姫ヶ崎の表情は分からなかったが、彼女は確かにそんな俺を見て微笑んだ気がした。

 そして、心の中で紗那にも「悪かった――今まで誤解してたのかもしれない」と言った。

 その言葉が漏れていたのか、姫ヶ崎は少し不思議そうに俺の顔を覗き込んだが、何も言わなかった。


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