土下座しますっ!土下座してお詫びしますっ!
俺は、姫ヶ崎――せっかく本人がそう言うので、姫ヶ崎と呼ぶことにしよう。親睦の証として――が差し出してきたオレンジジュースの入ったペットボトルを受け取る。仕方がないので姫ヶ崎に目を向けるが、胸元を意識しないようにして。
「私、よく不注意だって言われるんだよね。それで、眩香ちゃんにも怒られてばっかりだし……」
姫ヶ崎が思い切りリヤカーを押した結果俺が無様に転んだこともその延長なのだろうか。だとしたら今後の生活が思いやられる。
俺がため息を漏らすと、姫ヶ崎は慌てて謝罪した。
「ほ、本当にごめん! やっぱりオレンジジュースじゃ嫌だった? じゃあ、そうだ、私のコーラあげるから!」
そう言ってほとんど空になったボトルを差し出す。
「いや、それはいいんだけど……」
そういう意味のため息じゃない。
こいつ――自分のしようとしていることが分かってないだろ――。
間接キスという言葉を知っているかどうか、姫ヶ崎に訊いてみたくなったが、ほぼ初対面の女子、それもこれから一緒に暮らすことが決まっている相手にそんな不躾な質問をするわけにもいかないだろう。
「私、もっとしっかりしないと……」
姫ヶ崎は、声を落として言う。彼女も彼女なりに、自分が抜けていることについて、真剣に悩んでいるようだ。
でも、俺から言わせればそんなこと気にするにも及ばない。
欠点にもならない。
「いいんじゃないか、そんなの……」
俺が言うと、彼女は思いのほか強く反論した。
「良くないよ! 私、いつも人に迷惑かけてばっかりだし、今日だって杉内君のコーラ全部駄目にしちゃったし……」
「それはいいんだよ。それに、俺に迷惑なんてかかってないしさ。手伝ってもらって有難かったよ。本当に感謝してる」
俺は、ベンチから立ち上がって言う。
「あ、ありがとう……」
姫ヶ崎は、俺を見上げて言う。
「もうそのことはいいから。もう少し休んでいくか?」
「そ……そうだね」
姫ヶ崎は、俺に座るよう促してから、オレンジジュースを一口飲む。
「あ――」
唖然とする俺に気づいて、姫ヶ崎は自分の持っているボトルを見る。
「あ……」
そして、それを背中に隠す。
あまり意味のない行動だと思うが。
可愛いからいいけど。
「ごめん! 本当にごめん! コーラとオレンジジュースの分のお金はしっかり返すから! 後杉内君の分の飲み物も私が買うから!」
「いや……いいんだけど、別に」
「良くないよ! 杉内君は何がいい⁉ 缶コーヒーとか? ブラックと無糖どっちだったっけ⁉」
「ブラックも無糖も一緒だ! それに買う必要なんてない! 自分で買うから!」
俺は自販機の前で今にも指先をボタンに触れようとしている姫ヶ崎を制止して言う。
しかも金入れないと商品は出てこないぞ――。
「でも、杉内君……」
「俺は別にいいよ。自分で買うから。コーラもジュースも姫ヶ崎が働いてくれた分のお礼だ」
「そ、そうなんだ……じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って、オレンジジュースの入ったペットボトルを振る。これは姫ヶ崎の癖だと、自分で言っていた。
しかし――。
「あ――」
俺も全身にジュースを浴びてしまった。
姫ヶ崎は、ボトルのキャップを閉じるのを忘れていたらしい。
「姫ヶ崎さん……」
別に怒っているわけではなかったのだが、全身オレンジジュースまみれでその場に立ち尽くす俺は、姫ヶ崎には威圧感を与えてしまったようで。
「土下座しますっ! 土下座してお詫びしますっ!」
姫ヶ崎が土下座しようとしたので、俺は彼女を止める。このまま地面に頭を付いたら、彼女の制服も砂だらけだ。
「分かった! 俺は怒ってないから!」
「そ、そうなの……」
姫ヶ崎は、俺から一歩身を引いて言う。
「ただもうちょっと気を付けた方が、君も服を汚したりしなくて済むんじゃないかなーと思って……」
「そうだね……」
俺の制服も、さっき浴びたジュースが炎天下で乾いてきて、べたついてきている。
姫ヶ崎は、申し訳なさそうな視線をこちらに送って来た。
根が真面目なのだろう、姫ヶ崎はすっかり気を落としてしまったようだった。
いい娘ではあるんだろうが――。
天然という言葉では収まらないほど、こいつの抜けっぷりは度を越している。
これからの寮生活が、さらに不安なものに、俺には思えた。




