あまり人生を無駄にしない方がいい
「とすれば」
鷹司は、偉そうに腕を組んで言う。
「君がこの辺りをうろついている理由は、一つしか考えられないな。君は私に何か訊ねたいことがあるのだろう」
「いや……」
物陰から様子をうかがおうとしていたとは言えない。
口ごもる俺にさすがに不審を感じたのか、鷹司の顔が曇る。
「そうかそうか、君は私をナンパしようとして、図書室までやって来たのだな」
図星――では断じてないが、かなり近い線を行っている。
少なくとも、周りにはそうとしか見えないだろう。
「もしかして君は、私をつけ回していたのではないだろうな。だとすれば、私とこうして話しているなんて相当な蛮勇だ」
「そ、そんなわけないだろうが。誰がお前なんかを……」
「これでもいるのだよ。私を付け回す奴らがな……私の美貌に見惚れてずっと見ていたいと思うのも、理解できないことではないが。やはり付け回されていると思うと気色が悪い」
多分道明寺とかそのあたりだ。黒瀬も――その勇気があったらだが。
でも俺もこいつを何の因果か付け回していると言っても間違いではない。
「同じクラスになる奴にばったり出会って、つい声をかけるってのはそんなにおかしいことなのか?」
「質問を質問で返すのは非礼だとは思わないのか?」
お前がそれをやってるんだよ。
鷹司は基本尋問からしか会話を始めない。
ある意味、賀茂川よりも厄介な奴だ。
しかも、とんでもないナルシストと来ている。
「まあつい出来心でやってしまった、若さゆえの過ちということで、私も今回のことは見逃すこともやぶさかではないが」
「俺が何か悪いことをしたみたいに言うな」
「ちょっと美人な同級生につい話しかけてしまいたくなるのは、男子共の動物的本能だろうからな」
そう言って、鷹司は腕を伸ばして手を頭の上で組み、挑発的な視線を俺に投げる。今時雑誌のグラビアでも見ないような煽情的なポーズだ。
目を離そうとしても、どうしても視線が行ってしまう。
確かに、だいぶ性格に問題があるとしても、こいつが掛け値なしの美少女だということは間違いない。自分の容貌に自信を持つことも間違ってはいないのだが――。
でも。
少しでも心を動かされたら、こいつの思うつぼだ――。
「おっと、こんな話をしていたら――」
腕を下ろして、腕時計を見る鷹司。社長令嬢とあって、結構高価そうな時計だ。俺の千円の時計とは大違い。妙子さんに頼めばもっといいものをくれたのだろうが、それは断った。
「もう六時前じゃないか」
何でそれをいちいち言うんだよ、と俺は思ったが、彼女は俺の質問を封じるように、
「これは君と無駄話をしていたせいで私の価値ある時間が取られてしまったという非難を込めているんだよ。君には分かってもらえると思うが」
と続ける。
――お前が言いたかっただけだろ。
「私も暇ではないんだ。何しろ人生は短いからね。本来ならば、私には他人のために使える時間など一分一秒もないんだよ。寿命の浪費は死罪に値するからね……尤も、そういう人間ばかりが死に損なって生き残るのは、皮肉というしかないが」
暇でない割には、よくしゃべる奴だな――。
他にもいろいろと言いたいことはあるが、まさか初対面に近い人間と人生論を戦わせるつもりもないので、俺は黙って彼女の言葉を聞き流すことにした。
「じゃ、私はもう帰るよ。君ももう用はないのだろう? それに、早くしないと閉館時間になるぞ」
あと――と鷹司は続ける。
「あまり人生を無駄にしない方がいい。これは、私からの忠告だ」
そう言って、鷹司は俺の前から立ち去って行った。
彼女が厄介な奴だということが分かったので、当初の目的は果たしたというわけだ。鷹司知紗季が、どんな奴なのかを調べるという目的は。
しかし、彼女はきっと鬼門院家の人間のような生き方は嫌うはずだ。
家に一生を尽くすなどという考え方、彼女にとっては時間の浪費も甚だしいだろう。
家のために生きる、などという価値観は、彼女の人生観からは最も遠い。
それはあのわずかな言葉からも分かった。
彼女が鬼門院の家に来ることなんて、考えられない。
いや――敷居をまたぐことすら厭うかもしれない。
どんな基準で五人選んだんだ、あいつは――。
俺はますますこの計画のこと、それを推し進める紗那のこと、そして鬼門院という家が分からなくなった。




