遅刻はする、プリントはぶちまける、不埒な目的で校地内を歩き回る。これが問題でなくて、何が問題なんですか?
俺は、黒瀬に確認する。
決して字を知らなかったわけではない。
何か、予感めいたものがしたからだ――。
それも、決していいものではなく。
美少女ハンター黒瀬は、「トップ一〇〇」に名を連ねる全員の姓名程度は、その漢字も合わせて完璧に覚えているようで、俺の問いに即答した。
「タカツカサって言ったら、普通に鳥の鷹に司会の司だろ」
鷹を司るってなんか格好いい苗字だよな、と能天気な顔で言う。
「鷹司……」
どこかで見覚えがあるような文字の配列だ。クラス表は今まで忘れていたので論外として、やはりどこかで……それも、一、二か月前とかじゃなく、ごく最近。
しかも、すごく印象的な場面で見たような気が……。
「あ――」
紗那の妄想ノートだ――。
「あの馬鹿……」
俺を悪名高き蕭条の新女王と、俺をくっつけるつもりでいる。一体どういう思考回路をしていたら、鬼門院の嫁候補とか言っておきながらそういう奴を放り込めるのか俺には理解できない。
それとも家柄――? 鷹司家と言うのは、そんなに有名な名家だったのか。俺は聞いたことがないが。
「鷹司知紗季。鷹司電機の社長令嬢――」
黒瀬はそんな情報をふと漏らす。なるほど――。
いや――向こうが鷹司電機なら、鬼門院家とはライバル関係にあることになる。
「まあんなことはどうでもいい。あの怜悧な視線、高く尖った鼻、均整の取れた身体、まさしく新女王の名にふさわしいな」
あんまりじろじろ見てるとバレるぞ……と余程言ってやろうかと思ったが、黒瀬がバレたところで俺のあずかり知るところではない。精々、俺は少し離れておくだけだ。
俺のそんな心配をよそに、鷹司は分厚い本を携えながら、俺たちの前を通り過ぎる。卓球場を右に曲がった方が、図書館へは近道だ。
しかし、俺の婚約者候補となると少し気になる。
鷹司がどんな奴かぐらいは知っておいても損はないだろう。同じ寮に放り込むことを、紗那は画策している。あの話の流れから、そうだとしか思えない。
そんなことがなければ、蕭条の新女王など触れないでおくに限るのだが、そうも言ってはいられない。
今のところ、鷹司の印象は最悪。それをいい意味で裏切ってくれればいいが。新女王の称号が伊達であってくれればいい。
「噂をすれば……」
旧女王のお出ましだ、と黒瀬が言う。
俺の前をとっくに横切って図書館へと歩いていく鷹司から目の前に続く道に視線を移した。白衣に身を包んだ賀茂川が歩いて来る。
「おや、例の問題コンビがおそろいですねえ」
俺たちは賀茂川に問題児として認知されてしまったらしい。
俺たち、そんな問題起こしたか――?
「遅刻はする、プリントはぶちまける、不埒な目的で校地内を歩き回る。これが問題でなくて、何が問題なんですか?」
「別に不埒な目的じゃないですけど……!」
前の二つはともかく、最後はいい言いがかりだ。黒瀬はどうか知らないが俺は断じて違う。
「今日の遅刻の罰則ですが、黒瀬にはあまり効果がなかったようなので、どんなものがいいか、私もかなり必死に考えたんですよ?」
賀茂川が絡みつくような視線を投げてよこす。
「そんなの考えなくていいですから……」
黒瀬は沈黙を保っている。なぜそこで黙る?
「思いつかなかったので結局、黒瀬には私のために働いてもらうことにしました」
手を出してください、と賀茂川は黒瀬に言う。黒瀬が手を出すと、賀茂川はそこに無造作に五冊くらいの分厚い本を載せた。
わざわざ手を出すからだ、と思ったがそこで引く黒瀬ではなかった。
女に手を出せと言われて断る黒瀬ではない。美少女でもそうでないときも――三十七の未婚の女教師の時も同様。
「黒瀬には私の使い走りになってもらいますよ。この本を六時の閉館までに、図書館に返してくること」
六時と言ったら後十五分。賀茂川の要求にしては無理のない範囲だ。化学の成績が悪くて散々な目に遭ったので、俺は賀茂川がどんな要求を生徒にする奴かよく知っている。
「分かりましたね? さっさと行きなさい」
賀茂川は俺と黒瀬を手で払うように送り出す。俺も去れということか。
でも――これはもしかしたら、鷹司に接近するチャンスかもしれない。あいつは、図書館に行ったはずだ。
「黒瀬、俺が本持っていくよ。先生もそれでいいでしょう」
俺の目論見など知るはずもない賀茂川にとっては、俺の態度が突然豹変したように見えたに違いない。さすがの賀茂川も、顔に困惑の表情を浮かべる。
「杉内は何かに目覚めたのですか? やっと態度を改めようという気になりましたか? それとも……私はそんなことを教えた覚えはありませんよ?」
俺が何に目覚めたと思っている――。
しかも賀茂川、俺から目線をそらそうとするな。いつもの「蜥蜴女」の視線はどこに行った。
黒瀬も、同族意識に満ちた視線で俺を見てくるな。
「納得は行きませんが、まあいいでしょう」
しかしながら結局、賀茂川は本を返してもらえれば何でもいいらしく、言った。
遅刻の罰って何だ。ただパシリに使いたいだけだろう。
「無駄口を叩いていると、図書館に猛ダッシュする羽目になりますよ」
賀茂川は腕を組みながら、あのいつもの爬虫類じみた冷たい目線を取り戻し、俺を直視する。
「早く行ってきなさい」
身長はそんなにないのに、いやに威圧感のある奴だ。
少し癪に障るが、鷹司を覗きに行くにはこれぐらいしか方法はない。俺は、大人しく賀茂川の言葉に従って、図書館へと急ぐことにした。
後ろから黒瀬の「それで先生、俺は何をすればいいでしょうか!」という声と賀茂川の「とりあえずどっか行ってください」という冷たい返答が聴こえてきたが、俺は無視を決め込んだ。
今はとりあえず、鷹司がどんな奴なのか、それを見極めることだけを考えよう。
向こうがこんな奴ではないことを祈りつつ。




