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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
① 第二章「兄様には、五人の中から将来のお相手を選んでいただきます!」
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情報源の秘匿は妹の責務ですから

 俺は、今御影が拾ってくれたノートに視線を落とす。

 そこには、御影千桂の名前が書かれており、そのほかにも俺の知らない名前や、知った名前が書かれている。

「――⁉」

 知った名前が? 

 俺は深呼吸してから、再びノートを見る。紗那の特徴的な、ボールペン習字のテキストにでも載っていそうな文字。読み誤りようもない――こういう場合に限って言えば、彼女のそれは残酷な文字でもあった。

「これって……」

 間違いないよな、と再確認する。

 あいつは、本当にこんな名前だっただろうか……?

 漢字はこれで合っているか……? 

 同姓同名の人間が、校内にまだいるのではないか……? 

 しかし、そのいずれの可能性も、俺には考えられなかった。

 間違いない。「霧ヶ峰(きりがみね)眩香(まどか)」の五文字が、そこには鎮座していた。

「よりによってあいつかよ……」

 あのミニ風紀委員が俺の人生の伴侶……考えただけで、胃が痛くなる。一生あんなうるさいことを俺は言われ続けるのか。

 そんな人生――この世の地獄ではないか。

 冗談抜きで、俺にはそう思える。

やはり、これは単なる紗那の妄想だ。俺はそう思うことにした。

 ゴミ箱に捨てると後で問題になりそうなので、寮に持って帰って庭で燃やすことにしよう――俺は、ノートをズボンのポケットに入れる。

 もう一度言おう。このノートは、単なる紗那の絵空事だ。

 そうなるはずなんだ――。


 こんなこと、早く断らないといけない。

 放っておくと話がどんどん大きくなる。

 俺は、妙子さんに電話しようと、スマートフォンを取った。そこへタイミング良く――というか最悪のタイミングで、電話が掛かってくる。

 俺が最悪だと思った理由。それは、紗那からの電話だったからだ。

「兄様! どうですか、気に入っていただけましたか? まあ、そんなことは関係なく、あの五人の中から最終的には選んでいただくんですけどね。なにしろ、私が母様と共謀――いや、話し合って厳正な審査のもと、選びに選び抜いた五人なのですから」

「どういう選び方をしたらああなるんだ」

 御影はともかく、霧ヶ峰が入っているのが解せない。しかも強制か。

「お前の指図は聞かないからな」

「でも兄様、そう言われましても、今まで恋人らしき人もできなかったのではないですか?」

 そう言われればそうだ。

 これも、黒瀬と話していたことだ。

「聞きましたよ。この前のバレンタインデーに女子からチョコレートを一つももらえなかった挙句、ホワイトデーに純粋な好意からチョコレートをプレゼントした結果『身に覚えがない。何かの間違いではないか』と怪しまれて送り返されたということは」

「誰からそれを聞いた……」

「情報源の秘匿(ひとく)は妹の責務ですから」

 雑誌記者の鑑みたいなことを言いやがって。


「母様もわたくしも、兄様には業を煮やしております。いつになったらお相手を見つけるのかと思っておりましたが、どうやら兄様一人のお力では、それは無理のようですね」

 厳しい言葉だ――。

 俺の精神を削ってくる。

「それと、今から母様に断りを入れようとしたって無駄ですからね。もう鬼門院の家を上げて、裏から手を回してもらっていますから」

 あまり鬼門院家の力を舐めないでくださいね、と紗那は牽制(けんせい)する。

「鬼門院家の威力を以てすれば、生徒の寮を変えてもらうことなどたやすいのですから」

 一年に二度か三度、紗那が本気を出した時の声だ。俺からしても、ちょっと怖い。でも、ここで折れるわけには行かない。

 でも、寮を変えてもらうことと何か関係が――。

「……お前まさか‼」

 俺が電話口に向かって怒鳴ると、紗那は一方的に電話を切った。向こうから言いたいことだけ言って終わり、と言うことか。

 もし俺の想像が本当だとしたら――。

これは、恐るべき計画だ。俺が妙子さんに断りを入れるとか、そういう段階で済む話では、もうない。

 いや――まさかそんなこと――でも、鬼門院の家ならば、十分に考えられることだ。

 でも――最終的には、四の五の言って結婚相手選びの話などなしにしてしまえばいい。俺にだって相手にだって婚姻の自由はあるし、それをしないも自由だ。今を西暦何年だと思っていやがる。


「……杉内君!」

 ふと、俺を呼ぶ声がさっきからしているのに気づいた。光潤寮の寮長、三年生の長部(おさべ)篤志(あつし)。性格も良いし顔も良いし物腰も柔らかくて俺のように電話口に向かって怒鳴る姿なんて想像できないし、女子にモテそうだと初対面の時から思っているが、本人にそんな噂はない。違う方向の噂ならごまんとあるが。

「は、はい」

 俺は居住まいを正して答える。

「杉内君って、今度から寮移ることになってるけど……杉内君は知ってるんだよね?」

 申請したのが妹さんの名前になってるから、と長部寮長は言う。

「明日から一年生に入ってもらうことになってるから、杉内君が忘れてたらまずいと思って……」

「……あの馬鹿妹……」

「ん? 何か言った?」

 いえ、なんでもありません、と俺は答える。妹に勝手に部屋を変えられてしまいました、将来のお嫁さんを探すためです、なんて言えるか。


「そう。それは良かった。まあ、明日一日で引っ越し準備は終わると思うから」

 寮に荷物が運び込まれるのが、明日の夕方。それまでには、荷物を全部運んでいなければならないという。

 明日は入学式だから、二年生の俺たちは一日休みだ。

 急な話だが――全部あいつの仕組んだことだ。一年生が入ってくるというのなら、迷惑をかけるわけにも行かない。

 これが、鬼門院家の力か。恐るべし、家というもの――。

 鬼門院家の人間が、お家大事にするわけだ。

「確認が遅れて悪いね」 

 長谷寮長は言う。

「何しろ、申請が急だったから、事務課の人も処理に追われちゃってて。何人か寮を変えたいって希望があって、それで――」

 不思議なことだね、と寮長は首をかしげる。

「杉内君も、この寮で何かあって……とかじゃないんだよね」

 本気で心配そうな顔をする長谷寮長に、「いや、そんなんじゃ全然……」と答える俺。

 何人か寮を変えたいって希望があった……多分、いや、十中九から九・五くらいあいつのせいだ。

「あの馬鹿妹……」

「ん? また何か言った?」

「いえ、なんでもありません」

 鬼門院家の力をまざまざと見せつけられて、俺は寒くもないのに背筋が凍る思いだった。

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