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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
① 第二章「兄様には、五人の中から将来のお相手を選んでいただきます!」
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兄様!どうして逃げられたのですか!まさか、このわたくしのことがお嫌いになったとでも……

 俺たちの寮は、「光潤(こうじゅん)寮」という名前の、鉄筋三階建ての割と立派な寮だ。

 校舎からもそれほど離れておらず、歩くと言っても大体十五分程度で昇降口まで着いてしまう。

 全部で男子寮は三つあるが、教室棟から一番離れた「悠誠(ゆうせい)寮」など、走って行っても三十分かかることを考えれば、恵まれた立地だろう。

 そんな光潤寮を後にして、俺と黒瀬はどこに向かうともなく散歩を続けた。

 黒瀬は相変わらず、美少女ハンターとしての本領を発揮しているようで、何よりだ。

 寮から校門へとまっすぐ続く道を歩く。校地の中でも、寮や運動場のある区画と、教室棟や職員室棟のある区画は、完全に分離されている。それを繋ぐように建っているのが、図書館や部活棟だ。

 俺と黒瀬が校門の方向に、緩やかに足を進めていると、ふいにこちらに向かってくる人影が俺の視界に入って来た。

 そして、今日の朝と始業式の後、そしてゴミ出しへ行った後、一日に三回も聞かされていい加減聞き飽きた声が、俺の耳に入ってくる。


「兄様――!」

 またこいつか――。

 俺は気づかなかった振りをして、今来た道をUターンしようとしたが、それを許す紗那ではなかった。

 ものすごい速さで俺のもとへと駆け寄ってくる。

 あんなのにまともにぶつかったら、それこそ命が持たない。

 と言うか、一日に何回命の危機を経験するんだ、俺は――。

 紗那は、俺の目の前で急ブレーキをかけると、「兄様! お探ししていたのですよ!」と言った。

「兄様に、お話しなければならないことがあったのを突然思い出したのです! すぐに兄様にお伝えしようと思ったのですが、兄様にはすんでのところで逃げられてしまい……兄様! どうして逃げられたのですか! まさか、このわたくしのことがお嫌いになったとでも……」

 そんなことになったら――と紗那は涙声になって言う。

「わたくしにとってはこの世の終わりです。世紀末です。ノストラダムスの大予言です」

「分かった、分かったから泣くなって――」

 また面倒ごとになっても困るし。


「では、私のことは……」

「んで、話って何なんだ」

 俺が紗那の言葉を遮るように言うと、ようやく本題を思い出してくれた。

「あ、そうでした。兄様に、すぐにお話しなければならないことがあります。黒瀬様、少し兄様をお借りしてよろしいでしょうか」

「いや、別に借りるも何も、杉内は俺のもんじゃないし」

 気持ち悪い事言うな――それに紗那も紗那で「え⁉ ではわたくしのものという了解でよろしいのですか! 兄様やりましたね! 兄様、わたくしのものになってしまわれましたね」と喜んでいるし。

「では、お言葉に甘えて」

 紗那は、その細い身体のどこにそんな力が眠っているのだろうかと疑うような力で俺を近くの植え込みの陰へと引きずりこんだ。

「な……何のつもりだ、紗那」

 状況のいまいちわかっていない俺は、紗那に問いただす。

 しかし――俺は、紗那の眼を見て直感した。

 紗那は、ふざけているわけではなく。

 俺がここで軽口を叩くことすら期待していないようで。

 真剣過ぎるほど真剣な視線を、俺に浴びせてくる。

 俺は、紗那が重要なことを言おうとしているのだと、本能的に察する。

 俺は、紗那に引きずられて植え込みに半分顔を突っ込んだままの状態から体勢を立て直して、紗那の前に正座する。

「それで、何なんだよ。その話、って言うのは……」

「ええ。わたくしが兄様にお話ししなければならないというのは――鬼門院の家に、そして兄様に関わる、大事なお話です」

 紗那は、声を落としてそう言った。


「ここでは何ですから、お話しやすいところへ移動しましょう」

 紗那の意見に俺も賛成して、どこか座れるようなところに移動することにした。さすがに、植え込みの中で兄妹の真面目なお話し合いをして、その通りに取ってくれる人もいないだろう。それに何より話しづらい。紗那の話は、長くなりそうだ。ずっと地面に座って、と言うわけにも行かないだろう。

 購買部のある棟の前は、ベンチなどが設置されてちょっとした公園のようになっている。俺たちは、そこのベンチに座ることにした。紗那は、近くの自販機でオレンジジュースを買ってきた。俺は、コーラ。紗那は昔から炭酸が苦手だ。

「本来ならば、兄様の姿を見てすぐにお話しなければならないことでした」

 紗那は、オレンジジュースで口を潤してから切り出す。

「でも兄様のお顔を見たことがあまりに嬉しくて、今の今まで全く忘れてしまっていたのです」

 この私としたことが……と紗那は言う。

「でも、突然思い出しました。兄様に、妙子母様からお話することがあると」

 妙子さんからの話――。

「大事なことですので、よく聞いてくださいね。

 兄様もご存知の通り、我が家の世継ぎを巡って、鬼門院の家の中で争いが続いております。一見、平穏無事には見えますが――まさに、冷戦と言った状態です。兄様を鬼門院偉明の後継者として推すグループと、兄様を認めないグループ。

 今の今まで、本家筋の啓明(ひろあき)伯父様が兄様を推してくださいましたので、兄様を後継者として認めようというグループが優勢でした。しかしながら、啓明伯父様に先だって、ご病気が見つかったのです――。

 末期の(がん)、ということです」


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