あんな状態で、勉強なんかに身が入るわけないだろ!?
「少しはこっちの立場にもなって見ろよ……」
学食は、校舎からかなり離れたガラス張りの建物の中にある。ちなみに、この建物の地下は室内練習場になっており、二階は吹き抜けだ。
その吹き抜けに響かんばかりの声を上げて、黒瀬が言う。
「あんな状態で、勉強なんかに身が入るわけないだろ!?」
「まあ――」
俺は、蕎麦を口に運びながら返す。
この学食の中で、一番安いメニューだ。
「お前はそうだろうな」
席の周りを、学年の中でもトップクラスに位置する美少女たちに囲まれて――その内訳は、甲賀沼とか、鷹司とか、そのあたりだが――、すっかりハントする必要のなくなった、美少女ハンター、黒瀬興太郎。
牙が抜かれて大人しくなったかと思いきや、本人には本人なりの悩みがあるようで。
「『お前はそうだろうな』だとっ!? お前、一体どうしちまったんだよ!? お前も俺と同じ、健全な男子高校生だったはずじゃないか!? 思い出せ、杉内鳳明!」
口角泡を飛ばして、俺に詰め寄ってくる黒瀬。
「お前にもあったはずだ――美少女たちの背中を追い回した時代が!」
「それはお前だけだろ」
普通は追い回しはしないと思うのだが。
「杉内……いまからそんなんじゃ、将来仕事も家庭もインポッシブルになるぞ」
良く耐えたぞ黒瀬興太郎――仮にも蕭条学園の生徒が食事中に言ってはいけない三文字をぎりぎりで避けたな。
「お前は! お前はどうなんだ! 杉内! あんな美少女たちに囲まれて! それでも勉強に身が入っていると言うのか!?」
弘学寮――。
今のところ、俺と紗那、聖花、御影、鷹司、甲賀沼、そして霧ヶ峰の七人で住んでいる寮だ。
確かに、ここに住んでいる女子たちは、顔はいいかも知れない。
いや、でも――。
俺が勉強が手につかない理由はそんなところにはなくて、むしろ住人たちの性格的な問題によるものが非常に大きいのであって――。
でも性格たるものすべてが個性、ただし女の子に限るが信条のこいつには、そんな悩みは理解してもらえないわけで。
「まあ、確かに身が入っているとは言えないけどな」
現象面での言及にとどめておいた。
「なあ、そうだろ!? やっぱりそうだよな」
部屋に籠って勉強なんて、やってられないよな、と言う黒瀬。
「女の子に囲まれてるっていうのもなかなか辛いよな――いや、去年までは、と言うか今年の四月一日までは、そんな台詞絶対信じなかったんだが、今になってやっとその気持ちが分かるようになったぞ、俺は」
黒瀬は興奮気味に、そうまくしたてる。
「目が十四個くらいほしくなるだろ?」
「いや――そう思ったことはない」
「お前まさかカメラとか仕込んでるんじゃないだろうな」
「何でそうなるんだよ……」
「あんなにたくさんの美少女がいて、誰に照準を合わせたらいいのか、分からなくはならないか」
照準って――。
でも、言っていることは、何となく分かる。
「でも、目を離すのは惜しいと」
「そう言うことだよ、同士」
手を握らんばかりに、黒瀬は言う。
こいつ――。
完全に道明寺の口癖が移ったな。
「悩ましい……悩ましい問題だぞ、これは……」
これぞ二律背反、と妙なポーズを作って言う黒瀬。
「賀茂川先生も、罪作りな女だぜ」
「お前……」
黒瀬が言うと、こんな変態なのになぜだか様になっているところが、妙に癇に障る。
「まあそれはいいとして……」
真剣に、中間試験について考えなければならない。
「なあ、お前のところの寮って、勉強会とかやったりするのか?」
「いや……?」
寮生同士が仲のいいところだと、寮のメンバーが集まって、勉強会を開く、なんてことがあるらしい。
「今のところ、そういう話は出てきてないが……」
「そうか……まあそうだよな、そんな話がうまくいくわけないもんな……」
なるほど――。
こいつ、ちゃっかり弘学寮まで出向いて、あわよくば勉強会に参加するつもりでいたんだな。
そして、勉強を教えてもらおうと――。
そういえば――。
あいつら、得意科目とかあるのか?
今までそういう機会がなかったので、考えたこともなかった。
その前に、黒瀬の苦手科目って何なんだ?
まあ黒瀬の場合、知っていることだったとしても「美少女に教えを乞うことこそに価値がある!」とか何とか言って、勉強会に居座ることは目に見えているのだが。
そして、俺も黒瀬も、あいつらに勉強を教えることは全く期待していない。
「とにかく――そう言う情報が入ったら、是非とも俺にも教えてくれ」
懇願するように言う黒瀬。
あのカレーの件もあったことだし――そのくらいのことをしても、罰は当たらないだろう。
どうせなら、皆でやった方がいいし――姫ヶ崎なんかは、絶対にそう言うだろうから。
尤も――。
あの寮に、それだけの人数が入る部屋があればの話だが。




