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あなたを嫁とは認めない!  作者: 須賀川乙部
① 第一章「今日から兄様と同じ学校です!」
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大体、遊園地なんて男だけで行くところじゃないっての

 結局、「黒瀬と杉内はゴミを出すのも遅いですね。どうせどこかで可愛い女子でもナンパしていたのでしょう」と賀茂川に絞られることになり、寮に戻って昼食を取ったのは二時を過ぎてからだった。

「まあ、本当のことだから文句は言えないよな」

 黒瀬が笑いながら言う。この能天気さはどこから来るのか知りたい。

 それに俺はナンパするつもりはなかった。

 ただ同じクラスの奴を見かけたから、話しかけてみた。

 それがそんなに変なことなのだろうか?

 ――いや。一概に普通の行動とは言えないか……。

 我ながらあいつに話しに行ったのは蛮勇(ばんゆう)だったと思っている。

「ああ……」

 俺の口から、ついため息が漏れる。

「どうして初日からこんなことになんだよ……」

 分かりきったことだ。スーパー・サイエンス・サディズム教師の賀茂川楓子と、紗那のせいだ。あいつが二度もぶつかってくるから……。

「でも、休みが終わってよかったよな。休みの間なんて、ずっと男だけの村苦しい生活だったから。だから俺にはお前の気持ちも良く分かるよ」

 黒瀬が、俺の肩を叩いて言う。

 お前に俺の気持ちなんて分かってたまるか――。


 でも、休みの間は男だけの生活だったというのは本当だ。それが、無味乾燥な日々だったということも。

「大体、遊園地なんて男だけで行くところじゃないっての」 

 黒瀬が腕を頭の後ろで組み、言う。

 基本的に、この学園の寮は外出許可証さえ取れればどこへ行くにも自由だ。春休みの間に、横浜の海沿いにある遊園地に、男所帯で行ったときの話を、黒瀬はしている。

「絶叫マシンに乗っても、杉内の野太い悲鳴しか聞けなかったしさ……」

「悪かったな」

 俺は、ああいう絶叫マシンは苦手なんだ。

「仕方ないだろ、一緒に行く女子もいないんだし」

 その点では、この寮全員が俺や黒瀬のような境遇なので、ここは平和だ。

「あーあー」

 黒瀬はあくびをしながら言う。

「俺たちは、一生彼女なしってか。――ん? お前もしや、それでクラスが一緒になった女子に自分の存在を印象付けようと……。色気づいたな、お前も」

 さすが男子高校生、と言って、黒瀬は俺の背中を叩く。

「そんなんじゃねえって……俺はゴミ出しが下らなかったから、暇つぶしにと思って話しかけただけだよ」

「まあ、それでもいいけど」

 黒瀬は俺の言葉をまるで信じていない様子をありありと出して言う。

「でも切実だよな……今のご時世、お見合い結婚なんて俺たちの世間でも殆どしないし」

 俺たちの世間。

 こう見えても貿易会社の社長の息子、黒瀬の言うその言葉は、すなわち蕭条学園に来るような人間の住む世界、と言う意味だろう。

「彼女作って結婚しないと、いろいろまずいんだよな……まあ作るって言い方も変なんだけどさ。作ろうと思って作れるわけじゃねえし」

 俺は別にそれでもいいんだけど、と黒瀬は言う。


「一生、美少女を追って生きるか?」

「できればそうしたい!」

 俺が言うと思いの他本気トーンで返答が返って来た。

「でも、それが許されたらの話だけどな」

 いろいろ面倒でさ、と黒瀬はため息をつく。

「二十五までには人生の伴侶を決めておけと。でなきゃ、この会社は任せられん、だって」

 黒瀬の父親が社長を務める貿易会社の、黒瀬が丁度三代目。二代目の親父さんは、三代、四代と、会社を継がせ続けていくつもりなのだという。

 黒瀬にそんな気苦労があったなんて、俺にはちょっと意外だ。

「全く、いつの時代の人間なんだか」

 自由恋愛が聞いて呆れるぜ、と黒瀬は言う。

「全然自由じゃねえっつーの」

 そして、それは鬼門院家にも言えることである。

 封建的な血縁主義。世継ぎとしての、実子の重要性。

 むしろ、それが最も強く表れているのが鬼門院家だろう。

 鬼門院家における婚姻(こんいん)に、自由恋愛があるかどうかすら怪しいところである。

「人生の伴侶、ねえ……」

 少なくとも、俺の実の父親・偉明(たけあき)は、妙子さんを人生の伴侶とは――一生の伴侶とはしなかったわけだ。

 それでも、そんなことを押し付け続けるのが、鬼門院の鬼門院たるゆえん。

 俺が関係者にとっては予断を許さない、でも俺自身にとってはすこぶるどうでもいい、でも紗那や妙子さんが言うから仕方なく参加している後継者をめぐる争い。

 それを制して、俺が鬼門院偉明の後継ぎになるためには、良い人生の伴侶を選んでもらわなければならない。それは、妙子さんがずっと俺に言っていたことだ。そして、紗那も。

「兄様は、わたくしより素敵な女性と結婚してくださいね」

 そうでないと私の気が収まりません、と紗那は言っていた。

 そんな妙子さん、あるいは紗那の期待を背負って、いや――いつの間にか背中に括り付けられて、俺はもとの家に比べたら思い入れも大してない、鬼門院家を後にして、全寮制のこの高校にやって来たわけだが。

 結局、紗那の言う「素敵な女性」なんて見つかるわけもなく。

 俺は、高校二年生になった。

 そういえば、何歳までにと言われただろうか。その辺は、あまり覚えていない。遠い話だと思って、適当に聞き流していた。

 そんなに焦る必要もない、と思っていた。

 高校時代だけでも俺の人生だから、と。

 でも、そう言ってもいられないのかもしれない。


「なんでだろうな」

 黒瀬は呟く。その湿った声に、俺ははっとする。

「何で恋人の話をするだけで、こんな話になんなきゃいけねえんだ」

 どうして、こんな家に生まれちまったんだろうな、と黒瀬は呟く。

 そして、だからこそ黒瀬は特定の女子と深いかかわりを築くこともなく、不特定多数の美少女を追いかけているのだろう。

 追いかけまわしているだけなら、そんなことを考えなくて済むから。

「ちょっと、散歩してくる」

 そう言って、黒瀬は(おもむろ)に寮のガラス戸を開けた。

「一緒に来るか」

 俺は少し考えて、「そうだな」と言って黒瀬について行った。

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