初めてのゴブリン
時間が動き出した瞬間、デルタが剣を横薙ぎに払った。それはいつもの俺なら何か空間が揺らめいただけにしか感じなかっただろう。
しかし、ステータス10倍の恩恵で彼の動きをハッキリとらえることができた。
チョーヤバイ短剣で攻撃を防ぐと、前蹴りで相手を後方に下がらせて追撃をかける。
その瞬間、チョーヤバイ短剣が砕けた。
マズイ、開始2秒で武器を失った。ギネスに申請できるかもしれない早さだ。
剣の長さは短剣どころかナイフといった感じだ。ちょっと使い物にはならない。
「橋本、時間を稼いでくれないかしら。私の創造魔術で片をつけるわ。」
あっ、さっき言っていたとっておきの魔術か?
それにしても、、、その声はデルタにも聞こえているからな。時間を稼ぐのが難しくなるだろ?
「‥タイムアタックか?俺がこいつを倒すのが先か?女の魔術が発動するのが先か勝負だな。」
やはり宮下さんの声に反応したデルタはそう言ってニヤリと笑ったかと思うと、俺の腹に拳をくりだした。
俺は三分の一位の長さになったチョーヤバイ短剣でなんとか防いだが、拳圧に耐えきれず体は10メートル飛ばされた。
「マズイ」
これは致命的な隙だ。
敵から目を切ってしまったので完全に見失ってしまった。
デルタから宮下さんを守らないと。
俺は慌ててデルタを探す。
あれ?宮下さん、、の近くには居ない。
どこだ?
「隙だらけだぜ、冒険者シンヤ。」
しまった‥‥腹に衝撃を受けて初めて気付いた。
デルタは俺の隙を付いて宮下さんに攻撃なんてセコイことは考えていなかった。さすが脳筋!
そのまま意識を、手放‥‥すことは許されなかった。そのまま、デルタの拳の嵐を受け続けたせいで強制的に意識を保っていたが、ちょっと持ちそうにない。
10秒近く彼の攻撃を受け続けた俺はもう限界だった。
「トドメだぜ、インパクト」
そこにデルタのダメ押しとなる必殺技が放たれる。
終わった、、、
俺は死を覚悟した。
しかし、そこで異変が起こった。
「あっ」
デルタが何故か空ぶってしまった。
そのままフラついてバランスを崩して倒れそうになったが、なんとか踏ん張った。
よく見ると地面にバナナの皮が落ちていた。
そう言えば、この世界に来てからバナナは皮しかみたことがないな。
それと同時に宮下さんの
「コンプリーテッド『ディアッレーラ』」
魔術の完成の言葉が聞こえた。
宮下さんの方に振り返ると彼女が蒼い光に包まれている。その光が収束して彼女の前にソフトボール位の光球を生成した。
そして、その光球が天に放たれた。
「えっ?」
俺は思わず声がでたけど、それも無理もないと思う。
せっかくの魔術を天に打ち上げてしまったので本当に切り札がなくなってしまった。
とりあえず後でお尻ペンペンは決定だ。
異論は認めない。
まぁ、生き残れたらだけど‥‥
「おいおい、俺を片付けるんじゃなかったのか?それとも援軍を呼ぶために天に光球を放ったのか?」
脳筋のデルタさんは胸熱の展開がこんな腰砕けに終わってしまったのがお気に召さなかったらしい。
いや普通、敵の切り札が失敗したら喜ぶところだろ?
しかし、俺はたまたま見てしまった。
デルタの頭上から凄い勢いで迫る光球を。
光球はそのままデルタに吸い込まれる。
「ウッ、、、、あれ?なんだよ、何ともないぜ。散々気をもたせておいて魔術失敗とはな。」
デルタは腕をブンブンと回して調子の良さをアピールしている。
失敗したの?
俺は思わず恨みがましい目で宮下さんを見る。
しかし、宮下さんはウィンクして俺に答えた。なんでそうなるんだよ?
「ウッ、、、マジか???」
しかし、デルタはそう言ってお腹を押さえて蹲った。
あれ?やっぱり魔術は成功していたのか?
よし、チャンスだ。
俺はさらに短くなったチョーヤバイ短剣を構えて臨戦態勢を整えた。
「殺すぞ。」
デルタもなんとか構えなおすが、
「ウッ、やっぱりダメだ。」
またお腹を押さえて蹲った。
「よし、デルタ。3秒待ってやる。」
俺はそう言ってカウントダウンを始めた。
『なぜそんなことするの?』って思うだろうけど、俺は立っているのもやっとなんだよ。
デルタを倒しきることなんて出来ない。
「3、、、、、2、、、、、1、、、、、、
なんとか、逃げてくれたなぁ。宮下さん、ありがとう。あれ、どんな効果のあるスキルだったの?」
「‥‥りになる魔術よ。」
宮下さんが小声で答える。
よく聞き取れなかったので聞き返すと宮下さんは大声で答えた。
「下痢になる魔術よ」
彼女は耳まで真っ赤になっていたし、俺とは目を合わせようとはしなかったので、俺も素知らぬフリをして治療薬を頭からジャブジャブかぶるのだった。
治療薬でなんとかキズを治したので、先に進むことにした。しかし、うしろからドサッという音がした。振り返ると宮下さんが倒れていていて、けるべろすが心配そうに宮下さんを舐めている。
俺は慌てて駆け寄った。
どうやら死んだフリとかタチの悪い冗談ではないようで、宮下さんはぐったりしていた。
取り敢えず顔を近づけて見るが息はしているようだし、手首を触ると脈もあるようだった。
しかし顔色が青白いし楽な状態ではないんだろう。
しょうがないのでここで休憩するか。
気休めに回復薬を宮下さんの体にかけるが一向に良くならない。むしろ、濡れたことにより服が肌に張り付いてやや煽情的な景色だ。
いや、余計なことは考えている場合ではなかった。
俺は回復魔術は使えないし、医学的知識も乏しい。
ちょっとマズイかもしれない。
‥‥後で宮下さんに殴られるかもしれないけど、手段を選んでる余裕はない。
やるしかないか?
数十分後に目を覚ました彼女の顔色は赤みがかかっており、かなり良さそうだ。
やはり、回復薬を外からかけるのと、体内に取り込むのでは効果は段違いだったらしい。
「宮下さん、大丈夫か?心配したんだからな。一体どうしたんだ?」
「‥実はさっきのスキル初めて使ったのだけど、創造魔術を舐めてたわ。身体中の魔力だけじゃなく、私の体力まで根こそぎ持っていくなんて。」
「あぁ、反動というやつか?スキルが強すぎるのも考えものだよな。」
「それにしても、本当に死ぬかと思ったけど意外と回復が早くて助かったわ。身体中にかけてくれた回復薬が効いたのかしら?」
宮下さんはそう言って、全身ビチャビチャの自らの身体の確認をはじめた。
「そうだな。回復薬もあなどれないよな。かけるだけでこんなに回復するなんて」
そう言う俺の目は泳ぎまくっていた。
実は、、、『口移しで回復薬を飲ませた』なんて言える訳がないだろ?
とは言え、それを見ていたのはけるべろすだけだ。はぁ〜、けるべろすが話せる魔獣じゃなくて良かったよ。
「えっ?橋本?なんでそんな変な顔してるの?顔芸か何かかしら?」
ヤバイ。俺は思っていることが割と顔に出やすいんだよな。しょうがない、
「顔が変なのは生まれつきだよ。苦情があるならウチの母親に言ってくれないかな?」
「えっ?そんな話しじゃないんだけど。それに私、割と橋本の顔は好きよ。ゴブリンみたいでカワイイじゃない?」
そんなことを宮下さんが言うのだ。
一瞬ディスられたのかと思ったけど、彼女が俺をディスる時はもっと意地が悪そうに笑いながら言うもんな。
「えっと、、、ありがとう?なのか?」
うん、褒められてる気はやっぱりしないんだけどな。
「どういたしまして。でも、しばらくはスキルは使えないのよ。このまま進んで大丈夫かしら?」
「うーん、どこか休めるとこないかな?けるべろす?」
宮下さんと話し合っていると、けるべろすが勝手に先々へ歩き出した。




