初めての特訓
久々の凛回です。
「最悪だ。」
僕は思わず呟いた。
街の周りはほとんど魔獣はいないはずだったのに、大量の魔獣に囲まれている。
しかもパーティメンバーが僕を生贄にして逃げるなんて、もっと想像していなかった、、
パーティメンバーは皆、幼なじみで『あいつらの考えていることならなんでもわかる』なんて思っていたけど、そんなことは僕の勘違いだったんだよな?
魔獣は、しかもオーガだ。
正直一対一でも厳しい。
それが大量ともなると‥‥
僕は脱力して、剣を取り落とした。
もう、助かる目はない‥‥
包囲網を縮めたオーガを呆然とみつめながら、生への執着を手放した時、天使が舞い降りた。
まるで髪一本一本が風をまとっているかのようにサラサラな髪の毛を腰まで垂らした美少女がいきなり降臨したのだ。
彼女はこの世のものとも思えない整った容姿をしていたが、そこに若干の幼さがブレンドされたことで美女ではなく美少女という印象が強く感じられた。
しかも、オーガに囲まれているというのにその表情に戦慄が走ったり、焦燥を感じている様子が全くない。まるで、近くの公園に来たかのようにのほほんとした表情をしていることが、やはり人間離れした印象を強めている。
あれ?いま、欠伸を噛み殺した?
そして、彼女は僕に向かって微笑んだかに見えた‥‥
次の瞬間、彼女が舞うように華麗にオーガ達の間をすり抜けて行くと、オーガ達はその舞いに魂でも抜かれたかのようにバタバタと倒れていく。
その姿に見惚れているうちに立っているのは僕と天使さんだけとなった。
「あ、、あの、、ありがとうございました。ほんとに死んだかと思いました」
僕は頭を下げるが彼女は僕と目を合わそうとすらせずにリュックを下ろして何かを取り出そうとしていた。
『いないものの相手をするのはよせ。ヤバイんだよ‥‥それ』
とでもクラスメイトに言われているのだろうか?
‥あれ?まさか?
思い当たる節があった。
そう言えばこの地域で黒髪といえば王族くらいのものだ。僕のような一般市民が王族に気軽に話しかけるなんて万死に値する‥のか?
すぐに、いま流行りの『ジャパニーズドゲザ』で謝罪しようとしたが、その前に彼女が石板を僕に向かって掲げた。
『気にしないで、オダワランに行く途中でたまたま通りかかっただけだし。それより、怪我はない?ほら、私、怖くないよ(๑╹ω╹๑ )』
あれ?王族じゃない?のかな?
ということは病か何かで口がきけなくなってしまったのだろうか?
まぁ、僕の言っていることの返事はしてくれているってことは、耳は聞こえるのか?
じゃあ、お礼にオダワランまでの案内を買って出ることにしようかな。その前に‥‥
「あの?ドロップ品を回収しなくて良いんですか?」
言外に『いらなかったら欲しい』という意味も込めているんだけど怒られたりしないだろうか?
『別にいい、オーガホーンは別にいらないし?欲しかったら貰ってくれるかな?』
彼女は急いで石板に文字を書いて、また僕に向けて掲げた。
「ありがとう。お礼にオダワランまで案内させて貰うよ。ようこそオダワランへ、、、っと、なんて呼べばいいかな?」
『凛。君はなんて呼べばいいかな?ワンコ?』
そう言われて僕は顔がカァ〜っと熱くなってしまった。そう、年齢より幼い顔立ちに人懐こい笑み、オマケに癖っ毛の三拍子揃っているおかげでよく『ワンコ』と呼ばれるんだよな。
まさか、初対面でもいわれてしまうなんて、、、
「いや、ロビーと言います。凛さん、改めてありがとうございます、案内しますのでついて来てください。」
僕がそう言うと彼女は無言で頷いた。
道中にまたオーガに遭遇したが、瞬殺だった。やっぱり彼女は強すぎる、、、
そして、会話のないまま街の冒険者ギルドに着いた。どうやら彼女はソロ冒険者にかかわらず、C級冒険者らしい。まぁ、それ自体よりもビックリしたのは、まだ、冒険者になって一月もたっていないということだった。
「あの?スカイツ王国支部でエンペラオーガを一人で倒したということですけども、オダワランでは今はあまり強い魔獣は出ていないのです。凛様のご要望の依頼はちょっときびしいのかもしれません。」
金縁眼鏡の妙齢の女性職員が頭を下げる。
えっ?この人いつもこんなに低姿勢じゃないんだけど。
というか、1人でエンペラーオーガとか聞き間違いだよね?普通は複数パーティでなんとか、、勝てないかも、、、と言ったところなんだけど。
『いいの。それより、宿を紹介してくれませんか?』
「あっ、そうでした。そういえば、緊急依頼は報酬が安いものなら一つあるにはあるのですが、、、」
ギルド職員がなぜか言い澱む。
『‥どうしたの?教えて』
「実は新人冒険者がオーガの大群に囲まれたのですが、その内一人が逃げ遅れたのに気づくのが遅れたみたいで、、、救出隊を募っているのです。とはいえ、銀貨2枚の報酬なのですが、差し支え無ければばどうでしょうか?」
‥そんな依頼なら恐らく、急いで駆けつけても間に合わないかもしれない。
『‥もちろん受けるよ。早く情報を教えてくれないかな?』
彼女は石板を掲げながらも軽く足踏みしている。
気が急いているんだろうけどそれが妙に可愛かった。
「ありがとうございます。街の東のハズレに森があるのですが、その手前の草原に急にオーガが大量発生したのです。そして、冒険者が一人取り残されてしまったんです。そこでお願いしたいのは冒険者の保護です。お願い出来ますか?」
あれ?何処かで聞いたような話だよな?
『任せて「ちょっと待った。その冒険者ってロビーって言いませんか?」
僕は凛さんの石板を遮って職員さん聞いてみた。
「ちょっとあなた誰ですか?勝手に口を挟まないように、、とはいえ、なんで知ってるんですか?」
「僕がそのロビーだからだよ。さっき凛さんに助けられてここまで来ることができたんだよ。」
僕は自分を指差してそう告げた。
「、、、なるほど、それは予想外でしたね。じゃあ、凛さん、依頼達成ですね。はい、銀貨2枚です。この書類にサインしてください。」
『???そうなの???じゃあ、君にあげる』
そういって凛さんが銀貨2枚を俺に手渡してきた。
「えっ、でも、、、わかりました。じゃあ、僕は何もいりません。この銀貨2枚で僕に稽古をつけて頂けないでしょうか?」
正直、彼女のように強くなりたいと思った。
そのキッカケがすぐに舞い込んできたので俺は精一杯頭を下げた。
「うーん‥‥私、人にものを教えたこととかない、、それでもいいかな?」
そう書いた石板を掲げて凛さんはジッと潤んだ瞳で僕を見つめる。
その蠱惑的な瞳に見つめられると、正直惚れてしまいそうになるけど、正直今はあいつらを見返してやりたい気持ちが優っていた。
俺を見捨てたアイツラより圧倒的に強くなってやるんだ。
「お願いします。」
そして、凛さんとの修行が始まった。
「今日は何をするんですか?」
翌日、さっそく町の東の外れに来ていたが、ここで何をするんだ?
そう話しかけると凛さんは森から大量の木を切ってきて、丸太を地面に突き刺し始めた。
その丸太は直径10メートルくらいの円状に俺を囲むように並べられた。
そして50センチくらいの隙間を残して完成した。
なんだ?これ?僕を閉じ込めておく為の牢獄なのか?
思わず凛さんに話しかけようとしたところで、彼女は例の隙間からオーガを投げ込んできた。
えっ?
オーガの大振りな攻撃を何とかかわしながら僕の頭には『?』が浮かんでいた。
あれ?今日は稽古をつけてくれるんじゃなかったんですか?
それとも、あまりにも強引なお願いで怒ってしまったんだろうか?凛さんは割りと無表情が多くて何を考えてるか判断がつかないんだよな。
今は何故か微笑んでいるし、、、僕が地獄に堕ちるのを見てご飯三杯はイケたりするのか?
「凛さん、助けて、こ、殺される。」
『一対一なら落ち着いて対処すれば君の勝ちだから』
そう書いた石板を掲げながらも彼女はやはり微笑んでいる。
あっ、そういうことか?
彼女は僕の強さを信じてくれていて、、それで微笑んでいたんだ。
僕は落ち着きを取り戻し、、キッカリ3分後、オーガを倒すことができた。
「ハァハァハァ、やりましたよ、凛さん。」
僕は剣を持ってる方の手を掲げて凛さんに話しかけていた。
僕はかんちがいをしていた。
いくら彼女が若くして強いからって簡単に強くなったんだと思っていたが、きっと彼女も地道な努力の上に今の強さを手に入れたんだろう。
楽して強くなれる方法なんてないんだよな。
彼女はそれを教えたかったに違いない。
『じゃあ、次行くね。素早くトドメを刺して』
しかし、彼女がそう書いた石板を俺に見せたかと思うと、大量のオーガが投げ込まれた。
えっ?俺を殺す気なの?
思わず目を瞑ったが、俺が殺される様子はない。静かに目を開けると、、、、瀕死のオーガが目の前に大量に転がっていた。
俺は丁寧にオーガにトドメを刺していったが、俺がトドメを刺すよりも早いペースで瀕死のオーガが投げ込まれる為に、全然終わらない。
そして、日が暮れそうな頃、やっと『オーガにトドメを刺すだけの簡単なお仕事』は終わった。
とはいえ疲れた。
僕は芝生に横になり深呼吸した。
心地よい風が頬を撫でる。
疲労感でこのまま一生起きあがりたくなくなってくる。
凛さんが近づいてくる音が聞こえる。
僕は上半身を起こし、彼女を見た。もう、目の前にいる。
ちょっと間近でこっちを見つめるのは本当にやめてほしい。オーガと相対するのとは別の意味で心臓の鼓動が激しくなる。
『お疲れ様。自分のステータスを見てみて』
初めての満面の笑みで凛さんが石板をみせるので、ドキッとして思わず息が止まった。
その後、我に返ってステータスを見ると、、
名前.ロビー
職業 冒険者
状態 普通
レベル24
生命力90
体力 89
筋力 86
敏捷 128
耐久力 84
知力 64
魔力 5
運 34
スキル 全力疾走
所属 バッド アップル
うわぁ〜、すごくレベルが上がってる。
確か、もともとレベル3だったのに‥
「もしかして、修行ってこれだったの?」
『お疲れ様。これで銀貨2枚分かな?』
なんて首を傾げる仕草も可愛いけど、、、、
こんなにレベルを上げてもらってそんなに安いわけがないよ。
そう思って有り金の確認をしようと財布を開く、、うわぁ、最高で銅貨しかない、、、分割で勘弁してもらおうかな?
「追加費用は分割で、、、あれ?」
話しながら顔を上げると、そこに彼女はいなかった。
辺りを見回すが、見渡す限り人っ子一人見当たらない。
あれ?夢だったんだろうか?
僕は狐につままれた気分のまま街へもどるのだった。




