初めてのダーツ
別作品である『氷結姫と呼ばれる…』も宜しくお願いします。
「シンヤくん、起きてぇ〜、朝だよ。」
幼馴染みが制服姿で起こしに来てくれているわけではなかった。
目覚まし時計が、砂糖菓子より甘ったるい声で低血圧なシンヤを起こしてくれている。
実は只今四度寝の最中だったりする。
あっ、今日は面接の日だったよ。
早く起きないと。
ガバッと跳ね起き、顔を洗おうと洗面所に駆け込むと相変わらず可愛い妹が居た。
「お兄、なにしてんの?今日は早起き。
新しいアニメでも始まった?」
妹はツインテールの頭を傾げて問いかけるので、
「おはよう楓。今日は面接の日なんだよ。お兄ちゃん今回こそはいける気がするんだよね。」
俺は両手で拳を作り力説した。
「頑張ってね。シンヤお兄ちゃん。 」
すると、楓はそう言いながら俺のほっぺに触れるか触れないか位のキスをした。
「‥‥いや、楓ももう子供じゃないんだから、そういうことしないの」
俺は恥ずかしくなり顔を真っ赤にしながら楓をたしなめると、
「子供じゃないからするんじゃない?」
楓は首を傾げていた。
「‥ったくぅ〜、兄をからかって楽しいか?」
「うん。」
楓は今度は薄っすら笑みを浮かべていた。これで学校では無表情のクールビューティーならぬ、クールキュートっていうんだから驚きだよ。
「‥‥ところで、洗面所使っていいか?早く身支度しないと。」
急がないと遅れてしまう。
「あっ、面接何時からなの?」
「11時からだよ。」
間違えない様にちゃんと右手の甲に書いてある。
「今何時だと思う?」
楓は悪戯っぽい笑みをたたえている。イヤな予感しかしないんだけど‥‥
「‥‥‥五度寝してくる」
「おやすみなさい〜」
楓は手を振りながら笑顔で部屋へ送り出す。
‥‥‥もう少しで妹にダマされるところだった。実は、まだ10時だった‥‥‥
40秒で支度して、今回面接を受ける企業へダッシュだぁ〜。
あの手、この手で妨害してくる楓をあしらって玄関を飛び出した。
あ〜、踏切がぁ〜
踏切の遮断機が無情にも下りていた。
よく開かずの踏み切りと言われている近所では有名な踏切だった。
あらためて自己紹介、俺はシンヤ。17歳の現在無職だ。高校は入って半年で辞めた。それからほぼ引きこもり生活が続いている。
そして、今回はやっと働く気になりバイトの面接に向かっていた。
焦る気持ちを抑えつつ待つこと10分。
目の前の遮断機がやっと上がった。
こんなに待ち焦がれたのは初めてかもしれない。
とにかく急ごう。まだ間に合うはずだ。
スタートダッシュを決めた俺の眼前にトラックが‥‥いや、トラックもスタートダッシュしてどうするんだよ?
‥なんとか横っ飛びでかわした。
ハァハァ、死ぬとこだった。
俺はこんなところで終わってたまるかぁ。可愛い妹を残してはいけない。
ホッとした俺の頭上から隕石が降ってきていた。
「はじめまして、私は女神アリア。あなたは死にかけたのよ、わかる?」
アクアブルーのロングヘアーの美女が俺を覗き込んでいる。潤いを湛えた同色の瞳を見るとまるで吸い込まれてしまいそうに澄んでいる。
「‥‥あー、まさか、、隕石でか?よくわからないけど、なんで俺は生きているの?ここはあの世?」
出来ればドッキリとか希望だよな。
だいっせいっこ〜
「そんな訳ありませんよ。ここは次元の隙間。通称女神の間とも呼ばれますね。あなたはかの世界では死ぬ運命でしたが、別の世界でまた再び生きる権利があるのです。だから、ここに導かれたのです」
俺の希望はやはり通らなかったみたいだな。でも、死んではいないのか?女神様のお陰で?
「俺は導かれた?女神様に?」
俺は思わず呟いた。
「フフフッ、違います。運命にですよ。」
女神は女神のような笑みを湛えて俺の間違いを訂正する。
「えっと、、、元の世界には帰れないのか?妹が昼飯作って食べずに待ってると思うんだよ。」
そうなんだよな。
兄を兄とも思っていない態度を取るようになった妹だが、なんだかんだ言って兄想いな妹の中の妹なんだよな。
「申し訳ありません、それは出来ないんです。かの世界に戻した瞬間、あなたはミンチになるだけですし。それに、済んでしまったことを気に止むことはありませんよ。
こういったケースはわりとレアケースなので色々便利な力もお渡しできると思いますし、この世界でたくさん楽しんでみてはいかがでしょう?」
「そっか‥‥あの世界では生きられないか‥‥」
俺はガックリと肩を落としてしまった。
「気に病むことはありませんよ。あなたには輝かしい未来がありますから。
今から色々説明しますので、頑張って聞いてくださいね。
お気付きのようですが、あなたの身体はそのまま持ってきております。しかし、これから行く世界、アルブでは元々のままの身体能力ではプチッとやられてしまいますので身体強化をさせて頂きました。それをなんと可視化して見られるんですよ。
実際、数値を見てみましょう。
ステータスオープンと叫んでください。」
「スティ〜〜、タス〜〜、オ〜〜プン」
俺が大声で叫ぶと目の間に文字や数値の書いたウィンドウが現れた。
名前.シンヤ
職業 無職
レベル1
生命力23
体力 13
筋力 12
敏捷 19
耐久力 14
知力 4
魔力 1
運 25
スキル 無
所属 無
「マジか?ゲームみたいだな。」
テンションが上がってきたよ。
「喜んでもらえたようで何よりです。ただ、心の中でステータスオープンと唱えるだけでも同じ効果が出ますのでわざわざ叫ばないで下さいね。」
喜びに水を差すように女神が俺に告げる。
もちろん、上がったテンションが急降下したよ。
ジェットコースターみたいに、、、
「罠だったのか?ゆ、許さん。」
俺は怒りに唇をワナワナと震わせつつ女神を睨み付けた。
「あらあら?なんのことでしょうか?
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥私、ちょっとお花を摘みに行って参りますわ。」
しかし、女神はしらばっくれて素早く逃げた。
お陰で見知らぬ場所で完全に置いてきぼりになってしまった。
くっそ〜、ちょっと美人だからって調子に乗って。
だから、美人はイヤなんだよな。
何しても許されるとか思ってるだろ?
なんか腹が立ってきた。
いない間にタンスとか漁っちゃうよぉ〜。
俺は怒りに任せて、堂々とタンスを漁り始めてしまった。まるで、どこかのロープレの主人公みたいだ。
タンスはありふれた四段のものだったんだけど、
やはり、下着は下の段かな?
おっ、タンスの中にうまそうな干し肉が。
なぜ‥‥タンスに?
考えこみながら干し肉を口に運んでいく。
気付いた時には全て食べてしまっていた。やめられない止まらない。
‥‥‥‥なにか聞こえる。
「‥‥‥てください。‥‥‥きてくださいシンヤさん。起きてくださいシンヤさん、起きてくださいシンヤさん。」
呼ばれて目が覚めてきた。
いつから寝てたんだろう。
干し肉を食べてからの記憶がまったくない。
けっこうヤバい肉だったんだろうか?
「やっと起きたんですね。本当に死んだかと思いましたよ。まぁ、死んでもよかったんですけどね。」
やけにトゲのある態度をとる女神に不思議に思い質問した。
「あの?俺がアリアに何したか教えてもらっていいかな?」
「えっ?あんなエッチなこと私の口から言わせるなんて‥‥」
アリアが若干涙目になっているんだけど、、、
「ごめん、覚えてないけど俺が悪かった。」
たぶんだが、俺がアリアにセクハラでもしてしまったようだ。オー、マイッ、ゴー‥‥‥
「そうですよ。今度やったらデスペナですからね。」
「デスペナ?デスペナルティ?俺、死んじゃうの?」
女神はプンプンッという形容詞が付いてきそうなくらい怒っていた。
つまりは、なんか可愛いく怒っていた。
「はい、そうですよ。まぁ、そんな些細な話はおいといて次の説明に移りますね。
スキルとか所持品とかほしいものありますか?ってそれはさっき聞いたから次は獲得チャレンジ行っちゃいますね。」
俺の命を些細なこととか言いやがったアリアは獲得チャレンジという謎の儀式を始めるとか言い出した。
そして、無言で歩き出したので俺は持ち前の空気読みスキルを活かして付いていく。そして先ほどより随分大きいホールのような部屋に案内された。
ここで俺を生贄にして豊作祈願の儀式でもするんだろうか?
その前に欲しいものを俺はいつの間に言ったんだろうか?記憶にございません。
だめだ、一昔前の政治家みたいなこと言ってるけど本当に覚えてないんだよ?とうとう俺の第3の人格が目覚めたのか?
部屋には回る的に、テーブルにはダーツの矢も置いてあった。
どこかで見たことあるけど車とか当たるのかな?
それともタワシ?
とりあえず的の表記を見てみる。
俺の最強の美少女嫁 角度10度位
DEATH 角度350度
合計360度
(分かりにくいと思いますが、円グラフをイメージすればなんとなく、、わかります?)
‥‥‥‥なんだこれ?
まず、なんだよ、俺の最強の美少女嫁って。ちょっと恥ずかしすぎるんだが。
こんなの俺、頼んじゃったの?
あと、ほぼ死んじゃうんだけど俺。
「アリアさんアリアさんアリアさん、ちょっと質問いいですか?」
俺は右手の指先までピシッと伸ばして挙手をする。
自慢じゃないが綺麗な姿勢で挙手するのは得意だ。
しかし、学校ではそもそも答えが分からないので使ったことはないのだけど。
「どうしました?セクハラシンヤさん」
初めと違い、アリアは目すら合わせてくれない。
俺の目を見ても石になったりしないから心配しなくていいよ。
「‥‥その節は本当にごめんなさい。
ダーツの的がえらいことになってるんだけど。」
「あー、シンヤさんの希望通りですよ。ちゃんとここに契約書もありますし。」
アリアが胸のところから契約書をとりだしてて俺に見せた。俺は思わず胸元を凝視‥‥せずに横を向いたフリしてやっぱり凝視していた。
契約書をよく見てみるがやはり間違いなく俺の字で『俺の最強の美少女嫁』と書いてあった。
「‥‥俺の字っぽいけど。それで、なんで殆どDEATHの文字で埋め尽くされているの?女神のルールブックにはセクハラは死刑とか載ってるの?」
なんとなく悪い流れに乗っかってる気がする。
「私は神聖なダーツにそんな個人的な理由は乗せません。
良いものを選んだのですからリスクも高くなるの当たり前ですよね。ノーリスクハイリターンとか人生舐めてますよね。」
「じゃあ、今から普通の能力にしたいんだけど、アイテムボックスとか鑑定とか。」
とにかく悪い流れに逆らうかのように必死で女神を説得し続ける。
「ちなみにアイテムボックスと鑑定にした場合なんですが、
アイテムボックス 角度90度
鑑定 角度90度
両方 角度60度
ハズレ 角度120度
となります。」
えっ?それいいな。アイテムボックスだけでも運送稼業で暮らしていけそうだ。
鑑定も商人とかなら引く手数多だろう。
「ハズレって?死なないの?」
「何ももらえないだけですよ。」
え?死なないのか?3分の2の確率でチートが貰えて、最悪外れても死なないのならそれがいい。
「じゃあ、俺もそれにします。」
「契約書にサインしたので変えられませんよ。さっさと投げてください。今日観たいアニメがあるんですから」
女神はちゃんと相手はしてくれてはいるものの、早く進めたいのか口調も態度も素っ気ないものだった。
「いや、でも、、、しかし、、、」
ダーツの矢を持つ俺の手はアル中オヤジ並みに震えていた。もちろん足も産まれたての子鹿のようにプルプルしていた。
「なっげっ〜ろっ、なっげっ〜ろっ、なっげっ〜ろっ、なっげっ〜ろっ」
そこにアリアの投げろコールが続き、俺がプレッシャーにとうとう耐え切れなくなり矢を投げてしまった。
俺は神に祈った。
しかし、なんとなく目の前の女神に祈る気はしなかったわ。投げろコールとかメチャクチャ性格悪りぃわ。
投げた瞬間、ゆっくり回っていた的が高速回転を始めた。
もしかしてこれ狙って投げても無駄だった?
とにかく何か活路を開かないと。
ただ死ぬのを待つのとか勘弁だからな。
「綺麗な綺麗なアリア様。一つ提案なんですが、取り敢えず1投目は練習ということで‥「トンッ」」
「あー、的に当たった音ですね。シンヤさんの運命はどうなるんDEATHかね。」
俺がモタモタしている間に、矢が的に当たってしまった。
そこに、アリアの悪意しか感じられないダジャレが飛ぶ。
的の回転数がドンドン落ちてくる‥まだ、見えない。
自分の心臓の音が10倍にでもなったように感じられて生きた心地がまったくしない。
そして、俺は
「勝ったぁ〜〜、俺は生き残ったんだぁ」
最強の美少女嫁が手に入ったことより何より、生還の喜びに満たされていた。