大将軍マーリン
遅くなって申し訳ありません。これを書いたのが深夜なので眠いです。
「最近の監視結果です。正直に言ってこの成長速度は化け物と言うほかないと思います」
王宮の大きな魔術の研究室の豪華な椅子に座っている一人の女性に猫の獣人ケミーは書類を渡しながら報告をする。
報告を受け報告書を読み顎に手を当てて思案しているのはルガル王国で最優の魔術研究家であり大将軍でもあり魔術師ならば知らない者はいないと言われている魔女、マーリンである。
「たしかに凄まじいわね……もうとっくにA級冒険者としてもやっていける実力を有しているわ。貴方の主人はなんて言ったのかしら?」
マーリンの声は大きくはないが不思議とはっきり聞こえる。
「えぇと……あのお方が言うには獣人を大切にする者に悪い奴はいないと言って監視を辞めています」
それを聞いてマーリンはおでこに一瞬だけ青筋を浮かべたがすぐに元に戻り「そぅ……あとでお仕置きに行くわね」と笑顔で言った。
「報告ご苦労様、しばらくは休んでいてもいいわよ」
「わかりました……では失礼します」
ケミーは静かにドアから外に出るとマーリンは一人椅子に深くもたれ天井を仰ぎながら呟いた。
「……実際に見ないと何もわからないか……敵か味方か見極めさせてもらうわよ」
朝食くらい食べていけと言われ俺とホロはジーグ・ローデンの屋敷で豪勢な朝食を食べていた。
ホロは二日酔いなのか青い顔をしながらメープルシロップではなくハチミツがたっぷりかけられたフレンチトーストを食べていた。
ジーグは仕事があるから一緒に食事をとることはできないがエミリーとエミリアは同席してくれている。
食堂に衛兵が一人入ってきてルカに手紙を渡した。
ルカは手紙の表と裏を見て怪訝な顔をしながらエミリアに聞く。
「エミリア様、差出人が書いていない手紙が届いています。捨てておきましょうか?」
「差出人の書いていない手紙……ちょっと見せてちょうだい」
エミリアは封を破いて手紙を読むとだんだん顔色が変わってきた俺と手紙を交互に見る。
驚きや恐怖といった表情ではない。むしろ疑問の表情だ。
「ええっと……タクヤさん。宮廷魔術師様からお呼びがかかってるわよ」
「宮廷魔術師?呼び出される覚えはないが……」
「それは私にもわからないわねえ……あのお方は何を考えてるか一番わからないけど殺されるようなことはないと思うわ。この手紙を王宮の衛兵に渡せば入れてもらえるみたいだから」
そう言うとルカに手紙を渡した。
ルカはすぐに俺に手紙を渡し元の位置に戻る。
面倒なことになった。
今俺とホロは貴族用の豪華な馬車に揺られ王宮に向かっている。
あまり待たせても大変だからとまともなお別れもできなかった。
「着きました、城門です。ここからは徒歩でお願いします。手紙を衛兵に手紙を渡せば入れてもらえますので私はこれで失礼します」
馬車から降りて王宮を見るとまるで天まで届くような大きさの城が目の前にあった。
今までも遠くから見る機会は何度もあったが縁も興味もなかったので見たことなかったが巨人が王をしているだけあって城門だけで20メートルはありそうな大きさだ。
門番が二人いるが大きさが門と人の大きさが違いすぎて守れるのか不安になる。
御者は来た道をそそくさと引き返す。
できれば俺も引き返したいがここまで来たら後戻りはできないだろう。
衛兵に手紙を渡す。
「宮廷魔術師のマーリン様に呼び出された。案内してくれないか?」
「なに?またあのお方は……わかりました。手紙の内容を確認しますので少々お待ちを……」
衛兵は手紙を読むと深いため息を吐いてこちらを見た。
「ついてきてください。マーリン様は魔術研究室におられます」
城の内部もとてつもなく広い。まるで某夢の国のようで歩き疲れそうだ。
衛兵に10分ほど歩かされようやくそれらしき部屋に到着した。
「この中です。それでは私はこれで……」
「ああ待ってくれ、そんな簡単に一般市民を入れてもいいのか?」
「それなら心配いりません。マーリン様に勝てる者などこの国には数名しかおられませんので」
衛兵はそれだけ言うと軽く一礼し去って行った。
ズボラな警備に呆れながらドアをノックする。
ドアがガチャリと開けられ中から狼の顔をした男性が出てきた。全身を覆う毛皮からでもわかるほど鍛え抜かれた灰色の肉体に2メートルは超えているであろう巨体。身を守る鎧など不要とばかりに上半身は裸で下半身は平民の履くようなズボンしか身につけていない。
その男はホロと一瞬だけ目が合うとなんとなく頬が赤くなったような気がした。毛皮に覆われた顔ではわからないがなんとなくそんな気がした。
「マーリン様に何か用か若造?マーリン様は今魔術の研究で忙しいのだぞ!」
「そのマーリン様に呼ばれたんだよ。ほら、手紙だ」
牙を剥き出しにして威嚇する狼男にマーリンから送られてきた手紙を渡すと乱暴に封を破り中身を確認するとこちらを一瞥し「ついてこい」と言って奥に行ってしまった。
ホロはまだ体調が良くないらしく休みたそうな顔をしている。
「ホロ、おぶっていくから乗りなさい」
「ふぇっ?!い、いやダメですよ!恥ずかしいですしマーリン様?という方にも失礼です!」
「ホロが倒れるほうが恥ずかしいだろ?いいからおぶられなさい」
顔を真っ赤にして拒否するホロを無理やり背負うと狼男についていく。
彼について何か知っているかホロに聞いてみた。
「ところでホロ、あいつは狼人か?ジーグとは随分見た目が違うが……」
「……多分あの方は人狼、魔物だと思います。狼人の匂いは全くしてきません」
ホロは小声でそう答えた。
前を行く男は何も言わずに進んで行く。
中は図書室と研究室を合わせたような作りをしておりたくさんある本棚には所狭しと本が並べられている。ここらには置いてないだけかもしれないが意外とホルマリン漬けにされたような物などはなかった。
掃除はされているようでホコリひとつない生活な研究室だ。
「マーリン様、客人をお連れしました。おい、椅子に座って待っていろ」
それだけ言うと狼男はどこかに行ってしまった。
簡素な机と椅子が置いてあった。机の上には魔石を光源にしたランタンが置いてありそこそこ明るく大量の書類や書物が置かれている。
マーリン様と呼ばれている女性の姿は見えない。
俺はホロを座らせあたりを見ていると背後から声がかけられた。
「こんなところまで来てくれてありがとう。お茶でも飲む?」
驚いて振り向くと知らない間に椅子に女性が座っており茶菓子まで用意されていた。
ホロは目をパチクリさせている。
俺は椅子に座り自己紹介を始める。
「初めまして、俺はタクヤでこっちの青い顔をしているのがホロです。俺に用とはなんでしょうか?」
「ええ初めまして、私はマーリン・オルタシア。ルガル王国の宮廷魔術師と大将軍の一人を務めております」
その女性は黒い三角帽子を被っており豊満なボディラインを強調するかのようにピチピチの革素材で作られた服を着ている。
黒いサラサラの長髪はまるで絹のようで綺麗な顔はまるで彫刻のようだ。
まさに完全無欠の美人だ。
彼女は優雅にお茶を飲みながら質問をしてくる。
「……単刀直入に聞くわね。あなたは人間?」
『ほう……面白い女がいるものだ。眷族よ、こいつには全て話しておいたほうがいいぞ。でなければ殺されるだろう』
シンラはどこか楽しそうに呟いた。
下手したら殺されるこの状況を楽しめるほど心に余裕はない。
許可は得たことだし遠慮なく全てを話した。
マーリンは表情こそ変化しなかったがシンラの名前が出てからは魔術で紙とペンを宙に浮かせすごい勢いでメモしだした。
ホロも青かった顔が消え驚愕の表情を浮かべている 。
ちなみに転生したことだけは話していない。そこまで話す必要もないと判断した。
全てを話し終えるとマーリンもメモを取るのをやめて口を開いた。
「にわかには信じがたい話だけど嘘はついていないようね。神々を滅ぼした竜達の覇王シンラ……本当にその剣の中にいるの?あとボアラについては調査をする必要があるわね、彼は魔人ではなく普通の人間だったはずだし……」
「調査については任せるよ。超再生を持ってた奴が全く抵抗もできない炎を使えたんだ。信じてもいいと思う。あと俺が嘘をついていないという根拠はあるのか?」
「私の目を見たでしょ?あれは相手が嘘をついているか見抜く魔術なのよ。尋問に使える魔術を研究しているうちに完成したわ」
尋問に使用する魔術があるのならば拷問をする魔術も研究していそうだ。嘘をつかなくてよかったと安堵した。
「そういえばあの狼男は誰なんだ?人間でも獣人でもないんだろ?」
「狼男……?ああスレイブね。彼は元々は人間よ。今はあんなんだけどね……前に敵対してた国に悪魔を信仰してる闇魔術の教団があってそこが悪魔のための駒を作ろうとしてたのよ。魔界の魔物と人間を融合させた合成魔獣を作る実験をしていたわ。スレイブは被害者の一人でアビスウルフっていうA級の魔物の心臓とスレイブの心臓を入れ替えられ決して合成が解けない呪いがかけられた。昼間でもコカトリス程度なら余裕で殴り殺すし満月になるとS級の魔物くらい強くなって王国もかなり被害が出たんだけどスレイブは他の被害者よりも自我が強くてその殺戮衝動を教団だけに向けた。そのおかげもあってこっちの国の被害が減ったからその功績を称え連れてきて呪いを解く研究をしてあげているというわけ。人の姿には戻れなかったけど暴れるようなことはないわ」
「……その研究って俺の殺戮衝動を抑えることはできないか?スレイブの力がどの程度か知らないが俺もかなり危険人物だと思うのだが……」
そう言うとマーリンは顎に手を当てて考え込む。すると何かを思いついたのかパンッと手を叩いた。
「とりあえず実力を見せてくれないかしら?あなたの実力を見てどの程度危険か判断するわ……最近運動不足だし」
マーリンは一言余計なことを言っていたが気にせずに頷く。
「それは構わないがマーリンは魔術師なんだろ?タイマンでいいのか?」
「それは戦えばわかるわよ、練兵場に行きましょうか!」
マーリンはそう言うと細く綺麗な指をパチンと鳴らすと転移門が出現した。
「練兵場に繋がってるから行きましょう、時間が勿体無いわ」
マーリンは杖を持ってさっさと転移門に入っていく。
俺とホロは武器を持って慌てて追いかける。
転移門を抜けると土埃が舞う闘技場のような場所に出た。
周りではなぜか数人の兵士が倒れており教官と思しき人物がマーリンに詰め寄っているところだった。
「マーリン様!何度も申し上げておりますが突然転移門を開いて兵士達を吹き飛ばすのはおやめ下さい!そういうのは魔術兵との合同演習の時だけとゼル様に言われているはずでしょう!」
「いやあ〜土埃がひどくてついやっちゃった……でも不意打ちを簡単に食らうほうにも問題あるんじゃないかしら?戦争中は魔術師の不意打ちなんて当たり前よ?」
マーリンは鋭い目つきで教官を睨みながら指摘すると教官は「うっ……」と言葉に詰まっていた。
「まあ何も言わずに来たのは事実だし不意打ちに対応できなかったことはゼルには黙っててあげるからしばらく練兵場を貸してもらえる?彼の実力を確認したいから」
「あのー……マーリン様、失礼ですが彼は何者でしょうか?見たところただの冒険者にしか見えないのですが……」
教官はこちらを見ながらマーリンに聞く。
今はフル装備なので顔は当然見えないので教官にとってはただの不審者にしか見えないだろう。
「彼は私の客だからいいの、後ろで見学ならしててもいいから早くどいて」
マーリンが少し強めに言うと教官は困ったような顔から急に真顔になりビシッと敬礼をして兵士達を下がらせる。少しだけ魔力を感じたから何か魔術を使ったのだろう。
マーリンはこちらを振り向いてとびきりの笑顔と殺意を向けて言った。
「よし!じゃあやりましょうか!殺しにかかってきてもいいから本気で来てね!私も殺す気で行くからね!」
『本気で行かねば死ぬぞ、奴は前戦ったサラマンダーよりも遥かに強い』
シンラはマーリンをかなり評価しているらしい。
なんでこんなことになったかなー……あまり気乗りはしないけどやらないと怒られそうだし仕方ないか……。
俺は神羅を抜き今回は上段に構える。
「よろしく頼む、後悔するなよ」
アビスウルフ……魔界にはほとんど悪魔しかいないがアビスウルフは数少ない普通の魔物。単体でもA級上位に位置しサラマンダーでもグリフィンでも歯が立たないほどの強さを誇るが群れでも活動することがあり悪魔達であっても群れのアビスウルフには手が出せない。