竜の力の代償
今回は短めです。
燃え果てている街でそれは立ち尽くしていた。
空はまるで世界の終焉のように赤黒く染まり黒煙のせいでそれの全容は見えないが四つよ巨大な爬虫類のような足だけが見える。
それの足元には数多の兵士や罪なき人々の亡骸が横たわり燃えて灰になってゆく。
眼前には数十人の剣や槍を持った兵士達が恐怖に怯えた顔をしながらも武器を構えそれを見上げている。
それが前足をあげ大地を踏みしめると爆風が起こり兵士や瓦礫が燃えながら吹き飛んでゆく。
それは煙の中から姿を現した。
それはゆうに30メートルは超えている真っ黒な巨竜だった。
それはゆっくりとこちらを向き真紅の瞳で睨むと前足をゆっくりと近づけてくる。
蛇に睨まれたカエルのように体が動かないまま視界が覆われた。
「……はっ……!?!夢か……」
汗をびっしょりかきながら起きるといつもの部屋だった。
隣ではホロがすぅすぅと気持ち良さそうに寝ている。
ホロを起こさないようにゆっくりとベッドから出て神羅を手に取るとシンラに先ほどの夢のことを聞いてみた。
『……昔他の竜の眷族にも似たような者達がいた。我の眷族ならば同じ現象は起こらぬものと思っていたが甘かったらしい』
「何かまずいのか?」
『うむ……貴様の血の中には我の血が一滴混じっている。その血が貴様の体を変質させているのだが外見はそう簡単に変わることはない。問題なのは精神の方なのだ。若い竜はたまに破壊衝動や殺戮衝動を起こすのだが眷族にも同じことが起こるのだ。その衝動は凄まじく周りにある全てのものを破壊し尽くす。人間では抗うことができん。竜の眷族になり力を得た代償を払うかどうかは貴様の精神力次第ということだな』
全てのもの……つまりホロやこれから合流するシェリーまで殺めてしまう可能性があるのか?
「何か対策はないのか?」
『戦うか女と交わるかしかない。いきなり衝動に駆られることはないはずだからあまり構えるな。たまに自分の体が変化している幻覚が見えるかもしれぬが無視しろ』
たしかボアラの時も楽しかった気がする。欲望に忠実になればいいのか分からないがホロには迷惑をかけそうだな……いやむしろ喜びそうだな。
「……わかった。不安だけど対策ができるだけマシだな……ありがとうシンラ」
『うむ、今貴様が竜になっても困る。せいぜい気張ることだ」
礼を言って神刀を脇に置いて窓を見るとまだ日が昇っていなかった。
タクヤは部屋に置いてある水を少し飲んでまた眠りについた。
「タクヤ様〜朝ですよ〜起きないとイタズラしちゃいますよ〜」
ホロは水色のチュニックと黒いズボンを着て身支度を整えタクヤを起こす。
「……起きてるから襲うなよホロ」
シェリーが来るまであと三日はある。その間の暇な時間をどう過ごすか考えているとホロが案をだしてきた。
「ベリックさんに聞いたのですがここの厨房では自分で材料を持ってきて調理をしてもいいと言っていました。シェリーちゃんの歓迎会をしてみたいのですがあと三日間お料理でもやりませんか?」
いつの間にベリックと仲良くなったのか分からないがたしかに歓迎会というのは悪くない。それにこの世界に来てからろくに料理をしていない。
「いい考えだな、じゃあ早速今日から飯を作ってみるか。ホロはどの程度料理できるんだ?」
そう聞くとホロは恥ずかしそうに俯いて答えた。
「ええと……麦がゆや簡単なスープくらいしかできないです……」
麦がゆか……ここの主食はパンで麦がゆは見たことすらないし日本でも食べたことはない。
「へえ……麦がゆは食べたことないな。よし!今日はホロが作った麦がゆを主食にしようか。あとはメインをどうするか……ハンバーグ食べたことないし作ってみるか」
「ハンバーグ……ですか?聞いたことないです……」
ここではハンバーグを食べていなかったのでいい加減恋しくなってしまったというのもあるがひき肉の料理自体が少ない。せいぜいスープに入っているくらいだ。
ホロの反応を見る限りハンバーグ自体存在しないのかもしれない。
「じゃあ今日のメインは俺がハンバーグを作るからホロは麦がゆを頼む。あとは適当に付け合わせを作ってサラダもあれば大丈夫だな」
「タクヤ様の手料理……楽しみです!」
タクヤはいつも通り鎧を着て神羅を背負い外に出るとホロも慌ててついてきて質問してくる。
「……鎧でいくんですか?」
「え?なんか問題あった?これが一番動きやすいんだけど……」
「いえ、大丈夫です……」
ホロは若干呆れた目をしながら許可してくれた。
鎧を着ている方が気持ちいいくらいなのだ、それにいくら治安が良くてもこんな美人を連れていたら確実に絡まれるだろうし用心に越したことはないだろう。
商店街についた。
普段はさっさと素通りしていたが道具屋に薬屋、食材屋に屋台もたくさんあり焼きたての鳥の串焼きやヒヨコ豆の炒り豆などの匂いが鼻をくすぐる。
「いい匂いするな〜そういや何も食べてないし軽く何かつまむか」
「私も賛成です!あの焼きたての串焼きとトウモロコシをお願いします!」
タクヤも同じものを買い食べ歩きをしながら目当ての食材を探す。
まず野菜を売っている店に行き玉ねぎやニンジンに適当なレタスやリトルリーフというベビーリーフによく似た野菜やニンニクと何も手を加えていないヒヨコ豆も買っておく。次に肉屋に行き大量のひき肉のを買うがひき肉は野菜よりもかなり安かった。
気になるので店主に聞いてみた。
「え?いやぁクズ肉なんてどうやって調理したらいいかわかんないからスープくらいにしか入れないですし……それにスープにクズ肉を入れるくらいならもっと大きい肉を入れたいと思う人が多いからですかね〜」
店主は困ったような顔をしながら答えてくれた。
つまりこの世界のひき肉はスープにしか入れないしそもそも名称がひき肉ではなくクズ肉というあたりひき肉の価値は相当低いようだ。
肉屋をあとにしたらホロが作る麦がゆの麦も買ったがさすがに麦と調味料だけでは寂しいのでニシンをそのままの姿で50センチくらいまで大きくしたようなセンシンと呼ばれる魚を二尾買わされた。ちなみにセンシンは身も美味いが卵も非常に健康に良く美味いらしい。
どうでもいいことだが全身漆黒の鎧に身を包み買い物袋をもって食材を吟味するタクヤは周りから見たらただの変人であるのだが本人は全く気にしていない。
商店街ではしばらくの間《漆黒の主婦》というあだ名をつけられるのだがそれも全く気にしていない。
必要なものを買い宿に帰り鎧だけ脱いでさっそく厨房に入らせてもらうとベリックも見にきていた。
「おや、タクヤ様もお料理をなさるのですか?冒険者の方はほとんど料理をしないので珍しいですね」
「そうなのか?俺はちょっと食べたい料理があるからな。ベリックはどうしたんだ?」
「ここで料理をする方達の中にはとても珍しい料理を作る方もいらっしゃるので許可を貰えたら新しいメニューに加えたりヒントにしたりしています。タクヤ様がどのような料理を作るのか見学させていただいてもよろしいでしょうか?」
そこまで向上心があるのなら断るわけにはいかない、それにベリックには部屋を融通してもらっているから見学だけで借りを返せるのなら安いものだ。
「もちろん大丈夫だ。たしか薪や調理器具は貸して貰えるんだよな?」
「もちろん結構です!ではどんな料理を作るのでしょうか?」
ベリックはいつのまにか手帳と羽ペンを握り興味津々といった表情で聞いてくる。
「今日はハンバーグを作ろうと思ってる。ひき肉……こちらではクズ肉と呼んでいる物を主に使う」
「ふむふむ……スープにしか入れないクズ肉をどのように調味するのか拝見させていただきます」
手と調理器具を洗いまずは玉ねぎをみじん切りにしフライパンで軽く炒めて冷ましておく。
次はハンバーグの付け合わせにニンジンのグラッセを作る。
作る順番まではわからないから適当だ。
ニンジン3本を適当にカットし角もとっておく。ピーラーがないからやりにくかったがなんとかなった。
ホロはサラダに使う野菜を洗い水気を切ったりしてもらっている。
すぐに麦がゆを作るとフニャフニャになりそうで嫌なのだ。
ニンジンを水から茹でて数分したら砂糖とコンソメを入れる。
コンソメは作る手間のせいなのかかなり高価で顆粒小さじ一杯で銀貨一枚取られた。
ニンジンが柔らかくなったら塩で味を調えバターを入れて鍋を別の場所に置いておく。
コンロではなく釜なせいで火をつけたり消すのがが面倒だから敢えてこうしている。
玉ねぎもいい加減冷めているので次はいよいよハンバーグだ。
溶き卵を準備しボールを用意する。ボールの中にひき肉、溶き卵、塩胡椒、玉ねぎ、パン粉を入れて混ぜる。
混ざったらタネを六つに分けてキャッチボールするように何度か投げる。
タネを投げている時にベリックが質問をしてくる。
「クズ肉を投げるのにはどういった意味があるのでしょうか?」
「投げるとタネの中の空気が抜けて焼いた時に綺麗にできるんだよ」
ベリックはなるほどと呟いてメモをとる。
全てのタネの空気を抜き終わり中心を少しくぼませたら油を引いたフライパンを熱し中火でまず三つのハンバーグを焼いていく。
ジュゥゥゥ〜っと肉の焼けるいい音がする。
「タクヤ様、サラダと茹でたブロッコリーの準備完了です。麦がゆのほうも始めます……お肉の焼ける匂いが最高です!」
あまり会話をする余裕もないし別々の作業をしてはいるがホロは楽しそうに尻尾を振っている。
「了解だ。ハンバーグももうじきできるぞ」
気持ちを切り替えてハンバーグの焼き加減をみる。
コンロではないせいで中火でやれているかわからないがこのまま焼いていく。
フライ返しを使いハンバーグの裏を少し確認すると十分焼けているのでそのままひっくり返しフライパンにフタをして数分蒸し焼きにする。
「さてと、そろそろいいかな〜?」
フタを開けるとモワッと煙と匂いが広がる。
串を刺して生じゃないか確認する。ハンバーグから肉汁が出てきたのでおそらく大丈夫だろう。
ハンバーグを大皿に乗せて残り三つのハンバーグを同じように焼く。
全部焼きあがったらフライパンに残った油の中にケチャップを入れて軽く混ぜたらハンバーグにかけるソースの出来上がりだ。
ケチャップは日本のやつよりは上手くはないが肉の脂がいいから多分大丈夫だろう。
「よし!麦がゆ出来上がりました!お魚がとても美味しいです!」
「こっちも盛り付けが終わったら完成だ。いい出来だ……」
皿にハンバーグとブロッコリーとニンジンのグラッセを乗せる。
残り四つのハンバーグは大皿に移す。ホロのお代わりようだ。
メモを取りながら見学していたベリックは感心したような声をあげた。
「ふ〜む……素晴らしい料理ですね、あのクズ肉がここまでの見た目と香りを出すとは……それにフライパンに残った脂も全て使うのもいいですね」
「だろ?味もそれなりに自信があるが一口しかやらんぞ」
「味見してもよろしいのですか?」
「まあ色々世話になってるし俺の分から一口やるよ……これからもよろしく頼むぜ」
ベリックは心の底から嬉しそうにお礼を言ったあと味見をして目を輝かせていた。
そのあと宿の使用人達に料理を運んでもらい部屋でホロと共に料理に舌鼓を打つ。
「うん!コメのおかゆも苦手じゃなかったけど麦がゆも美味いな〜センシンの魚卵もプチプチした食感で食べやすいし懐かしのハンバーグの肉汁も完璧だ!」
「モグモグ……ん〜タクヤ様のハンバーグ……とっっっても美味しいです!!口の中で溢れる肉汁にお肉の旨味と玉ねぎの甘さがとてもいいです……それに付け合わせの甘いニンジンも大きく切ってあるのに柔らかくて美味しいです!味のない茹でたブロッコリーやシャキシャキした葉野菜と歯応えのあるひよこ豆のサラダが肉の脂っこさを打ち消してくれていくらでも食べられそうです……」
ホロはホッペをおさえながら口一杯にハンバーグや野菜を頬張る。
嬉しすぎて涙目になっている始末である。
ホロはすでに四つ目のハンバーグを食べているが本当に止まる気配がない。
「そこまで美味そうに食べてくれると俺も作った甲斐があるよ。一緒に食べてくれる人がいないと作る気にもならないし」
「こんなに美味しいもの奴隷じゃなくてもそうそう食べられません!タクヤ様のお料理も今後のご褒美に追加したいくらいです!」
「……忙しくなりそうだな」
宴が終わりホロは満足そうな顔をしてお腹を撫でている。
今日はもうやることもないのでホロも俺もさっさと風呂に入る。
風呂から出て水を飲みながらソファでのんびりしていたらホロが戻ってきた。相変わらず可愛いネグリジェを着ている。その手には櫛が握られておりじーっとタクヤを見つめる。
タクヤは水を飲み干し手招きする。
「いいぞ、ホロおいで」
「はい♪よろしくお願いします!」
ホロの髪と尻尾を梳かし風を起こし毛を乾かしてやるとだんだん眠気が襲ってきたのでベッドに入る。
ホロはいつも通り同じベッドに侵入してくると抱きつきながら礼を言ってきた。
「本当にありがとうございます……タクヤ様はこの世で最高のご主人様です。この命にかえても必ずお守りします……」
「俺もハンバーグ食べたかったしそんなに気にしなくていいさ……あと自分の命を軽く見ちゃダメだぞ。もうお前は奴隷じゃなくても一人の獣人なんだから」
「うふふ……そうですね。では私は奴隷ではなくタクヤ様の下僕となります。これからすることは今日の美味しいご飯のお礼ですので気にしないでください」
そう言うとホロはゆっくり口づけをしてくる。少しずつ熱を帯びてきてだんだん激しくなってくる。
……またか、まあこういうのも悪くないよな。明日は魔術の制御の練習でもするか。
タクヤはホロに身を任せ夜を過ごした。
正直ハンバーグの方をメインにしてしまった感が否めないですね。料理系の話は今後もちょくちょくやっていく予定です。