7.夜会 ①
王都カールシュタット。
十数メートルの高さで聳える城壁に囲まれたその都市は、数十万人もの王国民を内側に抱えている。
周囲は肥沃な大地で満たされているおかげで農業が盛んで、王都では余程のことがなければ飢えることがない。周囲の貴族領に輸送しても国の保管庫に入れる分の食料があるのだから、王都の豊かさは相当なものだ。まさに王国の食料庫と言えるだろう。
領地を持つ貴族というものは大抵の場合王都に別邸を持っている。領地を持つ貴族が王都に来て宿に泊まることは外面が悪いのだ。とはいえ領地による税収や商売で得た収入次第で邸宅の規模は変わる。
微々たる収入しかない貴族なら部屋数だけは多い宿のような屋敷になり、まるで豪商のような収入がある貴族なら宮殿のような屋敷を持つことができる。まあ、上の爵位を持つものより大きな屋敷を持てばいろいろ面倒なことになるので、大抵の場合は爵位に見合う別宅を持つことになる。
ヴィルブランド家の別宅は三階建ての屋敷で、伯爵らしい中規模のものだ。庭にはヴィルブランド伯爵で植えられている林檎の木が植えられているが、土地の違いか実をつけることはない。
ニトローナとセリンは夜会の前日に王都に到着し、第二王子主催の夜会についての確認や準備で就寝まで休む暇がなかった。そして翌日の早朝からは侍女たちによる夜会の衣装確認をさせられ、馴染みの商会から裁縫師を呼び寄せての細かい調整が昼まで続いた。それらが終わってようやく二人はゆっくりと休むことができるようになった。
「やはりドレスは面倒だ」
「これも淑女の嗜みというものですよ、姉様。確かに少し面倒ですけど」
庭の実をつけない林檎の木を眺める姉妹の顔には、ようやく開放されたことへの安堵があった。
侍女たちは二人の父ヨーゼフから夜会に出席する目的を聞いていたのか、衣装の細かい調整をしながら姿勢や歩き方まで指導が入っていた。さらには異性と話す時の目線や上体の角度、そしてなぜか胸囲の射程距離などという言葉まで飛び出していた。彼女らは姉妹が幼子の頃から仕えているので、娘を売り込むような気分なのだろう。特にニトローナは年頃なので妙に気合が入っていた。
「さて、これからどうする?」
「そうですね。滅多に来れない王都ですから色々見て回りたいのですが……」
日頃から伯爵領を駆けまわっているニトローナと違って、セリンは領都から出ることがそれほど多くない。今回の夜会のついでに観光もしたい様子だったがーー二人の背後に侍女の気配。
「ニトローナ様、セリン様。湯浴みの準備が整いましたのでお越しください」
妙齢の侍女は妙にギラついた目で二人に声をかけた。獲物を狙う猛獣のそれである。
「だそうです、姉様」
「わかった。短い休憩だったな」
衣装が終われば纏う本人の磨き上げが始まる。二人が開放されるのはまだ先のことであった。
王都の中心にある王城から少し離れた屋敷に、貴族の血縁のなかでも若い部類の者たちが集まっている。
これから第二王子グラウバー主催の夜会が始るのだ。
グラウバー王子は貴族子弟・子女が集まるホールに入場すると、一角に設けられた台の上に立ち、全員が見える位置で夜会の開催を告げた。
第二王子グラウバーは王家の風格をもっていた。輝く金髪や整った容姿もそうだが、それ以上に存在感がある。招待された貴族子弟・子女による大量の視線を集めながらも、全く動じない。
第二王子グラウバーは紛れも無い王族の血を継ぐものだと、場に知らしめた。
彼は集まった子弟・子女らに「家柄に違いはあれど、我らは王国の未来を担う者だ。その我らは多くのものに縛られているおかげで、気軽な会話すらままならぬ。故に我は皆に集ってもらった。今宵は存分に歓談し、自由に楽しんでもらいたい」
要は将来のための普段接点のない領地の者と話し、人脈を広げておけということだろう。ニトローナはそう判断した。
貴族の夜会というものはそういう側面もある。特に若いうちは親の付き添いで他家と顔合わせする事が多いが、隣に自身の監督役がいるのでは気軽な会話ができない。今夜の夜会はその監督役がいない中で自由に楽しんでほしいということだろう。
しかしこの夜会が第二王子の言葉通りであるはずはない。いろいろと政治的な理由もあるのだろう。
ニトローナが父ヨーゼフに言われたように婚約者探しや、他領の情報収集といったの側面もある。
そして第二王子が将来的に爵位を継ぎそうな貴族子弟・子女に恩を売る、ということもあるかもしれない。自身が王位を継いだ未来を見据えて。
そんな裏の理由を考えつつ、同時にセリンの位置を常に把握しながら、ニトローナは貴族の若者たちと言葉を交わしていく。一応父親の言いつけ通りに幾人かの子息と会話をするが、全員が全員胸部に視線を向けるので顔と名前を覚える気が失せている。
子女との会話のほうが余程有意義だった。ニトローナが家名を告げれば目を輝かせ、ヴィルブランド領の特産品である林檎の蜂蜜漬けに言及してくる者がいた。特に妹であるセリンと同程度の年齢の子女は大変美味であったという純粋な感想を言葉にしてくれるので、領民たちが作り出したものが評価されて嬉しくもある。感想を述べた子女に丁寧に礼を返し、会話を続けていくニトローナ。
そんな彼女の表情が僅かに歪む。
常に位置を把握していたセリンに、言葉を向ける貴族子弟がいた。そしてニトローナはその貴族子弟と知り合いだった。
ヴィルブランド伯爵領の北西に位置するカザル伯爵領。そのカザル伯爵の長子ヴェルト・カザル。彼に話しかけられているセリンの表情は、作り笑いを受けべながら困惑の色が見える。
ニトローナは子女との会話を丁寧に断り、セリンの元へと歩みを進める。
邪な意思でセリンに近づく者は、排除する。
表情には僅かに笑みを、目には殺意を宿していた。
剣呑な雰囲気を纏うニトローナ。
多くの若者が集う夜会の中で、まるで戦場にいるかのような緊張感に気づけたのは三人しかいなかった。
その内二人の目は探るように、一人の目は呆れたようにニトローナを追っていた。
頭のなかにあったプロットがどんどん崩壊してます。
ストーリー性を動かすのにいらない展開の多いこと多いこと。
頭のなかの物語を書くのはとても難しいです。
書いてみて、初めて分かる、無駄な文。




