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6.王都へ

 窓から覗ける視界いっぱいに広がる畑を陽光が照らしている。ポツポツと見える農民は鍬を振り上げ土を耕していた。馬車内から見える風景から、ニトローナは隣の席に座るセリンへと視線を移す。妹は慣れない旅のせいか姉の肩に頭を載せて小さな寝息を漏らしていた。


 ニトローナはセリンの頭を撫で、現状を招いた原因を脳裏に描いて大きく息を吐いた。

 姉妹での馬車の旅はニトローナとしては大歓迎だったが、目的地が王都ということが問題である。これも全て彼女たちの父親、ヨーゼフ・ヴィルブランドが原因だった。



 ヴィルブランド伯爵領の主、ヨーゼフ・ヴィルブランド。御年四十になり腹の肉が気になるお年頃だ。

 短い金髪につり上がった目は、対面する相手に強面特有の緊張感を与える。睨むように薄く開いた瞼からは翡翠の目が覗き、髭に纏われた口元は野性的だ。社交界に出れば刺激を求める貴族女性の注目を集めるが、領地の特殊性から男女の仲になることはない。それ以上に溺愛していた亡妻への思いが強く、新しく妻を迎えても不幸にするだけという理由もあった。


 強面な髭面に誠実な精神を持つヨーゼフ。彼は目の前にいる自分の娘の姿に対して、獣のようなうめき声を漏らした。


「お前は、もう少し淑女らしい格好はできんのか」


 ヨーゼフの執務室で部屋の主とその娘であるニトローナは、執務机を間に挟んで向かい合っている。

 伯爵家当主と令嬢の対面。字面で見れば多少の気品は想像できるが、ニトローナの格好はまったくもって令嬢らしくない。

 自宅とはいえ令嬢なのだから落ち着いた色のドレスにすればいいものを、町娘が着るような緑色のワンピースを着ている。


「淑女らしい格好は窮屈すぎて我慢できません」


 ニトローナは貴族向けのドレスというものが嫌いだった。貴族用のドレスはとりあえず華やかに見せようと装飾品を幾つも付け、その上に布飾りやら髪飾りまで出てくる。戦いで纏う鎧などと違って無駄な窮屈さがあった。

 ヨーゼフは頭を抱えて呻くように言った。


「まあ、いい。お前をわざわざ呼び戻したのは王都に行ってもらうためだ」

「……なぜですか?」

「王都で第二王子主催の夜会が開かれる。その夜会は貴族の血縁の中でも若いものだけを集めたものでな、お前にはそこに出席してもらう」


 ニトローナは目を細めて父親を睨みつける。


「出席する理由がありません」

「あるに決まっているだろう。ニトローナ、お前はもう十七だ。貴族でその年齢なら婚約者がいるどころか結婚していても不思議ではないんだぞ」


 貴族令嬢という身分では恋愛結婚より政略結婚の色が強い。しかしヴィルブランド伯爵領は南部を魔族領と接しており、他領とは少々毛色が違う。北部で栽培される良質な林檎が高値で取引されており財政は潤っているが、不定期に魔族領の豚鬼と武力衝突を繰り返す土地である。王国全体で見れば最南端の貴族領の一つであり、良質な林檎と豚鬼の襲撃がある土地として、物騒な田舎という印象が強い。

 

 故にニトローナの凛々しい印象を与える顔も、鮮やかな赤髪も、豊かな胸も、引き締まった肢体も、豚鬼と戦い続けるヴィルブランド領という負の要素が打ち消してしまっている。要は婚姻で得られる利益は大きいが、同時に豚鬼の襲撃という不利益も大きいのである。

 

 だからこそ適齢期に達したニトローナの婚約相手は未だ無い。その事をヨーゼフは危惧しているのだ。

 このままでは長女が「行き遅れ」になってしまう。


「つまり、その夜会で男とまぐわってこいと?」

「そこまで言っとらんわ馬鹿者!」


 ヨーゼフは顔を怒りで赤く染める。娘にいい相手を見つけたい、もしくは見つけて欲しいが、例えどこかの貴族子弟と婚約できたとしても、ニトローナの直接的な言動が関係悪化に繋がるのではないかと考えると、頭が痛いヨーゼフだった。


「……気に入った貴族の子弟と手紙を交わす程度の繋がりを作ってくるだけでもいい。その後に親同士で話して婚姻に持っていくこともできる」

「なるほど、わかりました。ですがお断りです」

「よし……何?」

「私にはまだやることがあります。近いうちに帰還する兵士たちを慰撫しなければなりませんし、報酬の用意も必要です」


 今現在、魔族領から帰還中の伯領軍の兵士たちの中で、ニトローナの指揮下にいた兵士たちは純粋な兵士ではなく、豚鬼と戦うために招集した者達だ。彼らは普段の仕事から離れて戦いに身を投じている。

 本来なら守られるべき者が戦いに参加したのだ。ニトローナには彼らを労る義務があった。


「また……宴会でもする気か?」

「ええ。彼らは飲んで食うことを喜びますから」


 同時に死者の慰霊と葬送を込めた宴であるのだから、よほど重傷じゃないかぎり全員が参加する。ニトローナは彼らを率いたものとしてその宴会に参加する義務があるのだ。


「それ以上に、セリンをおいて王都に行くなどできません」


 言うと思った。そんな顔をしたヨーゼフは脱力するように椅子の背に体重を預ける。そしてニトローナに呆れたような視線を向けた。


「……問題ない。夜会にはセリンも同行することになっている」

「では行きます。セリンに群がる下郎を排除しなければいけません」


 先ほどの言葉を撤回して即答する娘に、ヨーゼフは頭痛を感じた。


「お前はその行き過ぎた姉妹愛をどうにかする気はないのか?」

「ありません。私はこれからもセリンの側にあり続けます」


 ヨーゼフはあの世にいる愛妻に謝罪するように両手で顔を覆った。


「どこで教育を間違えた」

 

 娘の妹に対する愛が重すぎて手がつけられない父親であった。

無駄を省くために、書いた文章を削るのすごく疲れました。

でもこれで多少はあらすじの流れに乗せられそうです。



なんかあらすじを見てると抽象的というか、作品の内容が想像できないので書き換えが必要かもしれない、と思う今日此の頃。



2016/12/22ちょっと改稿

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