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49.拒絶

 セルロゥは邸宅の入り口でニトローナと別れ、通用口を飛び越えて庭へと降り立った。

 三年前、邸宅の庭には住人であるヴィルブランド一家を楽しませるために植えられた季節の花々や、観賞用の樹木、そして領地の特産品を実らせる林檎の木の一本が植えられていた。

 一家の中でも妹のセリンは庭でお茶を楽しむことを好み、セルロゥはその様子をよく目にしていた。時折呼ばれては頭を撫でられたり、小さな焼き菓子を貰うこともあった。

 セルロゥにとってこの庭は住処であり、同時に主人と定めたセリンを楽しませるための場所であった。


 それが今は無残にも荒れ果てている。

 季節の花々が植えられていた花壇は生命力の逞しい雑草に覆われ、三年前の記憶にあった花々など生き残っていない。大半の樹木は健在だったが、根元付近もやはり雑草が生い茂っている。蔓性の植物に侵食されているものもあった。領地の象徴である林檎の木も雑草で根本が見えず、人の手が入っていないことは明白だ。それどころか、邸宅の裏口から通用口まで敷かれた石畳の隙間から雑草が顔を出しているところを見ると、庭に足を踏み入れる者すらいないのかもしれない。

 

 

 敷地内に入って感じた強い草の匂いとは、この庭が原因なのだろう。

 いったいどれほど放置されていたのか。観賞用に整えられた庭がこれほどの雑草に満たされるのは短い期間では不可能だ。

 三年という時間の間でヴィルブランド家に大きな変化があったのだろうが、庭師を雇ってまで維持していた庭がこれほど変わるとは、あまり良くない変化があったのだろうことは想像に難くない。


 再開の順番を譲ったニトローナはどうしているかと、邸宅に視線を向ける。

 すると、深夜故に明かりの灯っていない邸宅から物音が耳に届く。床や壁を強く叩く音だ。何者かが暴れている音だろう。

 これは邸宅内に入るべきかと逡巡するセルロゥの視界の先に人影が映る。開け放たれた二階の窓際に追い詰められているように見えるニトローナの背中であった。



 *****



 振り下ろされる刃に対してニトローナが取った行動は、本能的な危機感による回避だ。半ば無意識に行われた跳び下がりは三年の昏睡で衰えた肉体では負荷が大きく、着地もままならずに床に尻餅をついてしまった。

 

 ニトローナの意識は未だ現状を把握できていない。

 愛する妹が剣を手に取り、振り上げた。そして振り下ろされる先は自分であった。


 それはニトローナにとって決してあり得ないはずの出来事だった。あってはならないことだ。

 だが、目に映る現実はニトローナに対して無情である。セリンが剣を手に持って切りかかってきたのは紛れもない事実だった。


「セ……リン? 怪我したらいけない。剣を置くんだ」


 ニトローナの意識は現実を否定するような言葉を選択した。それはある種の逃避でもある。

 目の前の現実を受け入れたくないという、ただそれだけの言葉だった。


 そんな姉の言葉に対しての答えは、肉体を容易く穿つような鋭い刺突。


「ぐぅ!?」


 今度はわずかながら意識的に回避できた。だが反応は鈍く、尻餅をついた姿勢で左へと転がるように回避した際に、右肩を薄く裂かれた。

 熱と痛みを宿した右肩を左手で押さえ、ニトローナはセリンの右側面から背後へと回りこむ。


「……セリン、どうしたんだ? 何故、私に剣を向ける」


 混乱どころか、現実を否定し始めた意識は半ば混沌と化し、考えが纏まらない。ただ現状への疑問を妹へ投げかけることしか出来なかった。


「……何故? 姉様は自分がどんな存在になっているのか、理解してないの?」


 冷たさを感じさせる口調で、セリンは姉へと顔を向ける。

 自分と同じ妹の青い瞳を見て、ニトローナは恐怖にブルリと身震いする。セリンの目は殺意に染まっていた。

 先程まで泣きはらしていた可愛らしい妹の面影は消え失せ、別の何かに置き換わったように見える。


「そんな耳を生やして、魔族になったのでしょう? 人間の敵に」


 違う。

 そう叫びたかった。だが、どう説明すればいいのか。

 魔族と魔獣は別の存在で、魔族は元は人間であり人の敵ではない。だがそんな言葉のどこにあかしがあるというのか。

 何よりーー


「セリン、話をーーぐぅ!」


 足首を薙ぎ払われかけて慌てて下がる。窓から入り込む月光に、先ほどとは逆の立ち位置になったことを悟る。これ以上後ろへ動こうにも背後には窓しかない。かと言って今のニトローナでは前に進み出て横を抜けることも、ましてやセリンから剣を奪うことも出来ない。

 やせ細った肉体も原因の一つだが、セリンの動きが令嬢にしては尖すぎた。あれは明らかに訓練されたものの動きである。三年の間にセリンまで戦うすべを身に着けてしまったのか。


「セリン!」


 理解の及ばぬ事態にニトローナはただ、妹の名を呼ぶことしか出来ない。視界が滲み、自分が泣いていることに気づいた。

 愛する妹に止まってほしい。そう願った姉の言葉に対するセリンの応えは、斬撃。


 太ももを切り裂かれそうになり、三年前のように自由に動けないニトローナは愚直に下がることしか出来なかった。そして窓枠へと身を乗り上げ、体制を立て直すことすら出来ずに背中から落下する。

 落下先は雑草に覆われた庭だが、受け身も取れないほどに衰えた肉体では軽い怪我で済むはずがない。


 だがニトローナは二階からの落下も、数瞬後に襲い来る落下の衝撃にも意識を向けていない。

 落下する姉を追って窓から顔を出した妹へと意識を向けていた。

 セリンの目には先ほどと同じように殺意があった。しかしほんのわずかに悲哀が混ざっているようにも見えた。それが意味するところを疑問に思った直後ーー


「ゴハッ!?」


 下からではなく、真横からの衝撃に襲われた。


 落下の速度が大きく削がれ、代わりに横へ吹き飛ばされる。落下先で長い雑草を巻き込んで転げ回り、むせ返るような青臭さを鼻と口で感じ取る。


「グ……おぉ…………ぉぉ」


 脇腹に呼吸を阻害するほどの痛みが生まれていた。口からは激痛に対する呻き声しか出てこない。

 涙で滲む視界の中に、自分を吹き飛ばした存在が映り込む。先に庭へ入っていたセルロゥだった。


「セ、ルロ……ゥ」


 セルロゥは二階から落下するニトローナを救うために、真横から体当りすることで落下の勢いを殺したのだろう。背中から落下するよりも少しは安全な方法だったのかもしれない。

 痛みに呻くニトローナに近寄るセルロゥ。ニトローナは疑問を口にしようとしたセルロゥを遮るように掌を差し出して止める。剣を持ったセリンが二階から飛び降りてきたからだ。


「あれ?」


 セリンは殺意の篭った目でニトローナを見た直後、その傍らにいるセルロゥを視界に収め疑問の声を上げた。


「セルロゥも帰ってきたんだね。おかえり」


 まるで自身の凶行など関係ないかのように、セリンはセルロゥへと笑顔を向ける。それは肉親を殺そうとしている最中に浮かべる笑顔ではない。セルロゥの帰還を心から喜んでいる顔だった。

 そのあまりの落差にニトローナは困惑を通り越して恐怖を覚える。

 

 セリンはセルロゥへの笑顔を消して再びニトローナへと殺意の目線を向けた。


「……セリン」


 いっそ愚かといえるほどに、ニトローナは妹の名前を呼ぶことしかできない。今の自分は無力であると理解していた。


 名を呼ばれたセリンは殺意の篭った目を閉じて剣を下ろし、内に溜まった何かを吐き出すように大きく深呼吸する。そして再び開かれた目には、殺意だけではなく小さな悲哀が混ざっていた。


「姉様、私は貴女に要求します」

「要求? 何を言っているんだセリン。そもそも、どうしてこんな事をーー」

「要求はただ一つ」


 姉の言葉を遮ったセリンは筋肉の軋む音が聞こえるほどに剣を握り締める。


「この国を去って二度と私の前に現れないでください」


 一瞬、ニトローナの意識は真っ白になった。

 それほどに衝撃的な言葉だったのだ。

 自分の人生を全てかけてもいいと思っている相手からの拒絶。それはニトローナにとって、生きる理由の消失だった。



 *****



 数秒か、数分か。

 セリンから告げられた言葉に対して、ニトローナは答えが出せなかった。


「どうして、なんだ。私がいない間に一体何があったんだ。セリン」


 拒絶されたくない。傍にいたい。だからニトローナは理由が知りたかった。三年という時間の間にどうして妹はこれほど変わってしまったのか。

 豚鬼オークと戦う自分と違い、まっとうな貴族令嬢として暮らしていたはずが、何故剣を手に持って斬りかかってきたのか。

 その理由を知れば現状を打開できるかもしれない。そんな願いを込めたニトローナの言葉はしかし、無情にも短い言葉で切り捨てられた。


「貴女に話しても意味はありません」


 その言葉を口にしたセリンは再び剣を構える。


「今すぐに、私の前から消えてください」


 それはもはや覆しようがないと思えるほどの拒絶が込められていた。それこそ、ニトローナの心が折れるほどに。

 自分にできることはもはや残されてはいない。あるとするならば、妹の要求通りにするだけだ。そう悟ってしまった。


「……わかった」


 血の気が引いた顔で、まるで動く死者とでも言うような雰囲気を纏ってニトローナは立ち上がる。脇腹が痛んだがまるで気にならない。自分の痛みだと認識できなかった。

 今動いている腕も脚も、自分のものなのかすらわからなくなっていた。


 ニトローナは顔を伏せたままゆっくりと、一歩一歩脚を進めていく。

 セリンの横を通り過ぎるときも顔を上げることはなかった。どう足掻いても拒絶を感じ取ってしまうその顔を、見る勇気がない。

 庭を横切って通用口の扉を押し開いた。背後からセルロゥが付いてくる気配があったが、今のニトローナにはどうでもいい。何かに気を配ることすら出来ない。

 そうして心の中に絶望を抱えたまま、ニトローナはセリンの前から姿を消した。



そろそろ五十話にもなるので、一章の部分を改稿しようかと考えています。今

見てみると行間を空けてなくて読みづらかったり、誤字脱字や設定の間違いなどが目につくので……

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