46.帰るべき場所
どうしてこうなってしまったのか。
どうすればいいのか。
ニトローナは寝台で一人、答えを探すように髪の毛を手で弄る。そして頭頂部の耳に行き着いた。
人ではあり得ない頭頂部にある二つの耳は、手に収まる程度の大きさだ。張りのあるその耳は犬のように半面を毛に覆われ、自分で触るとどこかむず痒い。
ある意味懐かしい。そんな感覚だったのだが、それが魔族への第一歩となれば話は別だ。
イシュランディルに恨みはない。ニトローナの命を留めるために魔術を使って施術し、その副作用とでも言うべき結果として、ニトローナの魂の影響で耳が変異したのは、不可抗力だろう。救われたことを感謝こそすれ、恨みなど微塵もない。
原因があるとすれば、ニトローナ自身の判断、そして力不足が原因だ。
プルトン暗殺の暗殺者を生かして捕らえようとした結果、腹部に打撃をもらって動きが鈍った。そのままプルトンを庇って二人目の下手人であるアジャーロに切られ、刺し違えるような形で暗殺は防げた。
だが、今後のことを考えて行動した結果が三年間の昏睡だ。
何よりも重たい事実としてのしかかって来るのが、三年もの長い時間、妹のセリンを待たせていたことだ。
王国へ移送する案もあったらしいが、魔力の濃さが大きく違う場所へ移動した際にどんな変化が起こるのかわからないということで、そのまま城で看病が続けられたらしい。
その気持は嬉しい。だが、できるならば構わずに移送して欲しかったというのがニトローナの本音だ。
「今更言ったところで意味は無い、か」
*********
三年の眠りから目覚めて二日が経過した。
ニトローナは眠りから目覚めた後、貪欲に食事を求めた。
頬の一部が鱗に追われた侍女の手を借りながら、病人用のどろどろに煮こまれた何かを口に放り込み、ひたすら食い続けた。
翌日には固形物にまで手を出し始め、パンは野菜のスープに浸し、焼かれた肉は小さく刻んで口に放り込んだ。
そうして二日目には驚異的な回復力で腕を自由に動かせるようになり、痛みを我慢すれば歩くことも出来る。イシュランディルに言わせるなら、化け物じみた野生児の回復力だそうだ。
要介護状態から抜けだしたニトローナは、とある決断を実行に移そうとしていた。
そのために侍女が隣室へ下がった夜の時間、前もって伝えておいたセルロゥが部屋にやってきた。ニトローナは寝台に腰掛けてセルロゥを迎える。
「話とハ、何だ?」
「セルロゥ、私はヴィルブランド領へ帰ろうと思う。その為に力を貸してほしい」
「何を、スればいイ?」
セルロゥは間髪入れずに問いかけてくる。それだけ彼も帰りたいという思いがあるのだろう。
「今の私では大森林を越えられない。だからお前に運んでもらいたい」
大型の部類に入るセルロゥだが、成人女性を載せて旅をすることは不可能に近い。だがセルロゥはただの犬ではない、魔族なのだ。
「お前は体を大きくすることが出来たな。あの大きさを維持したまま大森林を越えられるか?」
セルロゥは軽く息を吐いて瞑目する。その様子はどこか呆れているようにも見えた。
「……多少、無理をスる事になルが、出来る」
「よし。では決まりだ」
ニトローナは足の痛みを無視して立ち上がり、蝋燭の灯で照らされた薄暗い部屋を見回す。要介護用とでも言うべきゆったりとした服を着替えたいと思っていたのだが、あるのは体を拭く事に使えそうな布だけ。代わりの物が無さそうだった。
まあいいかと、ニトローナは布を手に取りセルロゥを促す。
「では行くか」
「言わナくテ、いいのカ?」
誰にとは言わないセルロゥだったが、言いたいことはニトローナにも理解できた。
イシュランディルや、都に滞在しているかわからないセロ、そして未だ会えていないプルトンとラギス。共に旅をした仲間たち。
彼らに何も伝えずに行くのかと問われれば、ニトローナは肯定の頷きを見せる。
「私には何よりも優先するべき目的がある。お前もそうだろう?」
逆に問われたセルロゥも同じように頷き返した。
二人はまさに同類と言えた。
元犬のニトローナ。元魔族のセルロゥ。今は人と犬の一人と一匹だが、目指す場所は同じ。ただ単純に、セリンの傍にいることを望んでいる。
ある意味薄情とも取れる選択だが、二人にとっては当然の選択なのだ。
「まあ、伝えたら伝えたで安静にしてろと言われそうなんだがな」
ニトローナのそんな呟きにセルロゥはまたも頷く。
「私は第二王子殿下の要請をやり遂げた。帰り方ぐらい好きにさせてもらおう」
何よりもーー
「これ以上待たせられない」
旅の始まりから数ヶ月。そして昏睡に三年。
約束した約一年はとうの昔に過ぎてしまった。寝過ごすなどという言葉では片付けられないほど時間をかけてしまった。
三年以上も待たせてしまったのだ。
セリンは待つことに疲れているかもしれない。もしかしたら泣いているのかもしれない。そう考えるだけで焦燥感に身を焦がしてしまう。
「では行くか、セルロゥ」
「ああ、帰るトしよう」
そうして一人と一匹は城から姿を消した。
消失が発覚すれば酷い騒ぎになることは明白だが、ニトローナとセルロゥは全く気にしていなかった。




