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44.旅の終わり

 駆ける近衛兵団長アジャーロ。

 部下から奪い取った剣を握り、視線に殺意を込め、真っ直ぐにプルトンへと迫る。

 

 イシュランディルはアジャーロの進路を塞ぐように立ちふさがり、右の掌を向ける。


「愚か者が!」


 虹賢者の怒りに呼応するように、掌に紫電が走る。断続して弾けるような音を響かせ、紫電は掌の中心へと圧縮され、球体を形成した。球体から発せられる弾ける音までも圧縮され、もはや一つの連なりとして轟始める。

 轟雷と呼ぶに相応しい球体の傍らには紫の毛を生やした狐が浮遊し、接近してくるアジャーロへと牙を剥いた。


 直後ーー


 室内で雷鳴が轟かせた球体がアジャーロへ向けて発射される。

 ただの人間なら一撃で命を刈り取るであろう一撃はしかし、アジャーロの眼前で弾け飛び列柱の一柱に着弾。轟音を轟かせて柱の一部を抉り取る。


 アジャーロが剣を持っていない左手で払いのけたのだ。

 

 魔族とはそれぞれに特異な能力を持っている。緑の部族は植物を操り、獣の部族は肉体の質量を操る。そして部族として別けられていないが、鱗を持つものは肉体の一部の性質を変化させる。

 アジャーロは肉体の一部ーー左手の皮膚を魔力を通さない性質へと変化させ、紫電の球体を退けた。


 イシュランディルが予想外の事態に表情を驚愕に染め、一瞬の隙ができる。


 そして一瞬の間さえあれば、日頃から鍛錬して鍛え上げたアジャーロの肉体は、イシュランディルとの距離を容易く埋める。

 間合いに入った虹賢者へ、アジャーロは左から右へと剣を払う。ただし刃は縦になっており、両断することはない。イシュランディルは建国にすら関わっている重要人物だ。影響力を考えれば殺すべきではない。だが老体には手酷い衝撃を与えるには十分だ。

 

 イシュランディルの腹部へと叩き込まれる剣の腹は望み通りの手応えをアジャーロへと伝える。柱の一つへと吹き飛ぶ虹賢者。

 望み通りの一撃だったーーのだが。


「ぐぉおお!」


 全身をこれまで経験したことのない痛みと痺れが駆け巡った。

 手から肩へ、肩から胸へ、胸から全身へと、紫電が迸る。


「かっはぁぁぁ……」


 口から白い煙を漏らすアジャーロは視線を虹賢者へと巡らす。

 柱に叩きつけられた老人の手は開かれ、極僅かな紫電の球体が形成されていた。その姿を見て虹賢者の反撃を悟る。イシュランディルは僅かなあの一瞬で紫電の球体を形成し、叩き込まれる剣に当てたのだ。そして剣から紫電が流れ込み、アジャーロの全身を駆け巡った。皮膚の性質を変化させると言ってもあくまでも一部。無駄に全身を変化させることは出来ない。それを見ぬいたイシュランディルの反撃は見事だ。

 しかしこの程度でアジャーロは止められない。

 視線を虹賢者からプルトンへ戻した直後ーー


「づっ!?」


 顔面へ横からの衝撃。

 さらに続いて鳩尾や脇腹へと様々な打撃が叩き込まれた。打撃は体の中心線や臓器を狙いって打ち込まれ、痛みが走る。

 しかしアジャーロは打撃に構わず剣を横へとなぎ払った。

 剣の間合いから飛び退ったのは小さな体躯の女。ドレスを纏ったラギスだった。


 両者は言葉もなく対峙し、ラギスが先に仕掛ける。

 小柄な体躯といえども全体重と速度を乗せた打撃は体格差を埋めることが間々ある。

 速度と体重を肘へ乗せ、アジャーロの鳩尾へと突き入れる。上手く決まれば鍛えられた兵士すら一撃で沈められる打撃はしかし、アジャーロの掌に受け止められた。


「急所を狙いすぎだ」


 狙いを読まれた。

 その事実にラギスは間合いを離そうと全身に力を入れるが、アジャーロに掴まれた肘が動かない。それどころか関節が軋みを上げていた。


「ぐっぅぅぅあああぁ!」


 ラギスは掴まれた右肘をそのままに、雄叫びを上げて足を直上へと蹴り上げる。跳ね上がった足先はアジャーロの顎先を捉える。だが、アジャーロは仰け反っただけで痛みに堪えた様子がない。

 アジャーロは仰け反った顔を戻してラギスを見下ろす。


「軽い」


 ラギスの攻撃をただの一言で切って捨てる。

 アジャーロにとって小柄な体格からの一撃は、急所を狙われようとその程度でしか無かったのだ。ラギスの右肘を掴んだまま、アジャーロは左から迫る気配へとラギスを放り投げる。


 左から迫ろうとしていたセルロゥにラギスが直撃。一人と一匹はもつれ合うように床へと転がった。


 アジャーロは前を見据える。階段を登った先にある祭壇、その横に目標とすべき存在がいた。


 次代の魔王プルトンは、剣を手に持つ近衛隊長を見つめている。目に宿るのは僅かな怯え、そして覚悟。逃げ出すような素振りは全く無かった。

 アジャーロは小さな驚きを持って口を開く。


「あの方に認められるだけはある」


 賞賛を口にしたアジャーロは再び駆ける。

 目指すは十歩先のプルトン。

 あの程度の子供なら剣を一度振り下ろすだけで事足りる。

 魔王を殺す。

 アジャーロは恐るべきその事実に、内心に湧き上がった動揺を覚悟を持って押しつぶす。

 もはや後戻りはできない。友の命という犠牲を払い、行動に移しているのだから。


 そして眼前のプルトンへ向け、振り上げた剣を振り下ろしーー


「なーーにぃ!?」


 剣の軌道に入り込んだ存在を目に捉え、顔を驚愕に歪める。

 ヘンドリクに傷を負わされ、満足に動けていなかったはずのニトローナが、そこにいた。

 




 

 ニトローナは真っ赤に染まった意識と視界に、自分が剣で切られたことを感じ取った。左脇腹の痛みとは比べ物にならないほどの激痛が、体を斜めに引き裂いている。

 左肩から入り、胸、腹、そして右の脇腹まで切られたことは判る。どれほどの深さかは判らないが、吹き出す血の量からして浅くはない。

 切られる直前に突き飛ばしたプルトンは無事なのだろう。ニトローナが両断されていないことがその証拠だ。

 ニトローナは痛みに赤く染まった視界の中であるものを探した。

 小さく、だがそれこそが突破口となるものだった。

 直前に見た光景から推測すれば、そのあるものを狙うことで現状を打開できるかもしれないのだ。


 そのあるものとは、数多く存在する動物のなかでも共通する弱点。


「みつ……け、た」


 体の露出している中で最も脆い眼球。それこそがニトローナの狙いだ。

 ニトローナはアジャーロの眼球へ向けて手を伸ばす。もはや立っていることが奇跡のような状態で、ただ手を伸ばす。

 驚愕に染まったアジャーロの表情。その中に立った二つしか無い球体の片方へ手を伸ばし、突き入れた。

 そしてーー爆轟を解き放つ。


 顔にかかる生暖かい液体。そして人が倒れ伏すような音と足元から伝わる振動。

 ニトローナは自分の望む結果が得られたことを確信する。

 眼球から更に奥、脳の近くで爆轟を解き放てば、表皮をどのように変化させられるアジャーロでも生きてはいられない。


 喉からせり上がってきた生暖かい血液を口から零し、ニトローナは床に膝をつく。そして流れに逆らうこともできず、前のめりに倒れこんだ。

 辛うじて、自分が床以外の何かに倒れこんだことは感覚で判った。だがそれすらも、もう朧気だ。


『ーーなーーーーいーー』

『しーーゃーーーーにーー』

『ーーをーーはーー』


 何か声らしきものが聞こえるが、もはや意味を判別できない。

 鉄臭い血の匂い。赤く染まった滲んだ視界。轟々と鳴り響くような耳鳴り。自分の血臭で麻痺した鼻。そして先程まであった熱が消えていく感覚が全身を満たしていった。


 ああ、これはーー。


 ニトローナは記憶の中にある経験を追体験しているかのような錯覚に陥った。

 ニトローナ・ヴィルブランドとして生を受ける前。四本足の獣であった記憶。その最後の感覚が全身に広がっていく。

 口内に溢れる鉄の味と血臭。痛みに歪む意識。命と力が流れ出ていくような喪失感。

 そして主を失った絶望。

 

 ニトローナはただ思う。

 妹に、セリンに会いたいと。


 そして彼女の意識は、過去の闇の中へと沈んでいった。





 こうして、ニトローナの旅は終わりを告げた。

 帰るべき故郷ではなく、遠く離れた東の地で倒れ伏したまま。

第二章はこれで終わりです。

次は第三章で最後なんですが、此処から先を書くかはちょっとわかりません。

単純にモチベーションが下降気味なことが理由です。完結までの筋道はもう出来てるんですが、登場人物の行動の理由付けが少々怪しかったり、色々と不安な点がチラホラとあります。

とりあえずチマチマ書いていくつもりですが、他の作品を書くことに浮気するかもしれません。

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