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42.継承と大罪

長らくお待たせいたしました。

 大罪の時が近づいている。

 自身の家族どころか遠い祖先の名にまで泥を塗るような罪。

 過去にどれほどの功績があろうが全てを汚し尽くして汚泥の底に沈めるような大罪だ。

 だがそれでも、その者は罪を犯す事に躊躇いはない。

 全ては同胞の未来の為に。








 魔王のくらいがプルトンへと受け継がれる日がやってきた。

 前日には魔族の中でも有力者である者達による王位継承についての会議が行われたが、魔王自身がプルトンを後継者と認めたおかげか、問題なく終わりを告げた。


 王国での王位継承とは長年積み重ねてきた歴史があるせいか、初代王国を作り上げた建国王へ王位継承を告げる報告という先祖への祈りや、臣下による新しい王への忠誠の誓い、各領地から集められた品物の王墓への奉納などなど、決められている仕来りが多く、下手すれば日を跨ぐこともある。


 ニトローナは長く退屈な一日になりそうだと覚悟していたが、セロに訊いたところそれほど長くかからないどころか、あっけないほどすぐに終わるらしい。

 魔族は元々王国の開拓民が元になっていても、建国は数百年前。歴史が長い国ほど仕来りに縛られるはずだが、魔族の国は違うらしい。開拓民の無駄を省き実利を求める精神が受け継がれているのだろう。開拓とは一日の遅れが死につながる可能性もある危険な行いであり、未開の地を切り開いていく開拓民にとって、年々増えていく仕来りなどは無駄な行為に映るのかもしれない。


 太陽が中天に昇り正午を告げた時刻に、長らく使われていなかった継承の間が開かれた。奥行きのあるその空間は左右の木窓から差し込まれる陽光で照らされており、埃の臭いが積み重ねてきた月日を感じさせる。観音開きの扉から最奥まで太い石柱が数多く並び、扉と対角線になる位置に一メートルほど登る階段があり、その上に祭壇が設置されていた。左右に並ぶ石柱の間、継承の間の中央には赤い絨毯が敷かれ、継承者であるプルトンはその上を歩いて祭壇へ向かうことになっている。


 継承の間にはまず会議に出席した重鎮たちが扉から見て絨毯の左側へと並び、セロや直属政務官フルガスに近衛兵団長アジャーロもその中に入っている。そして反対側、重鎮たちと向かい合うように絨毯の右へ並んでいるのは肩が露出しているドレス姿のニトローナとラギス、そしてセルロゥであった。

 セルロゥは元は魔族であったと判明しているが、ニトローナとラギスは王国の人間であり、魔族にとっては良くて客人、悪く言えば部外者だ。それがこれほど祭壇の近くに並べるということは、プルトンという新しい魔王にとってニトローナ達がそれほどまでに重要視されているという意味だった。


 魔族の重鎮とニトローナ達が最も祭壇に近く、その後には立場の低い者達が数十名並んでいく。そんな彼らの視線の殆どがニトローナとラギスへと向けられていた。魔王継承の儀式になぜあれほどの先祖帰りがいるのか? という視線であった。視線だけではなく囁き声まで聞こえてくるのだから、二人の注目度は酷く高まっている。隣のセルロゥは元獣の部族でも外見は犬だからか、全くと言っていいほど注目を集めていない。強いて上げるなら何故犬がいるのかという疑問の視線ぐらいだろう。だがそれも、大した間を置かずに二人へと移ってしまう。

 

「ねぇ、ニトローナ」


 掠れるような小声を発したラギスの表情は不機嫌そうに歪んでいる。


「なんだ?」

「いくらなんでも、見られすぎじゃない?」

「……まあ、そうだな。目を合わせないようにしておこう」

「そうね」


 数多くの視線を向けられたニトローナとラギスは、視線を合わせないように壁や石柱、天井へと視線を向けている。

居心地が悪過ぎた。




 イシュランディルに聞くところによればここ百年ほど、魔族の中で変異の少ない者は先祖帰りという蔑称で呼ばれているらしい。ニトローナが都の門で聞いた衛兵の言葉は、あの場にいたセロを除く全員へと向けられた言葉なのだ。

 五百年前までは体の一部の変異が一般的だったが、今では体の半分以上が変異することが常識らしく、腕の一本程度の変異では『誇りある魔族』ではない、という認識のようだった。


 そんな差別があるのなら自身を変異させるほどの魔力を取り込めばいいのではないのかと、ニトローナは考えた。だがその行為は魔王を除いて不可能であるらしい。

 理由は単純。魔王のように強大な魔力を身の内に宿さない者が意図的に変異を促しても、自身ではコントロールできずに酷く歪な姿に変わり果てるらしいのだ。


 しかしそう考えると一つ疑問が浮かぶ。ニトローナ自身、大猿グラ・セッロとの戦いで四肢だけを変異させるだけで済み、その上で元に戻ることができている。それはなぜかとイシュランディルに問えば、人の体に犬の魂という不完全な状態だからこそ出来た芸当らしい。前例が一切ない特殊な状況だからこそ成功した博打なのだと、虹賢者は答えた。

 聞かなければよかったと思うような話だ。




 とりあえず、変異が少ない部分があれば蔑まれる常識がまかり通る中で、腕の一本どころか変異が全く見られないニトローナとラギスの姿は目立つ。その上祭壇に近いのだから嫉妬に近い感情すら視線に込められていた。

 都にいる魔族の中でニトローナとラギスが王国から訪れた人間だと知るのは、魔王と直属政務官フルガス、近衛兵団長アジャーロ、そしてセロしかいない。

 この場にいる負の視線を向けてくる者たちが、二人のことを人間だと知ればどのような行動を起こすのか。あまり良い結果にはならないことは確かだ。しかし、だからといって継承の儀に出席しないという選択肢はない。

 ニトローナにプルトンを送り届けるように要請した第二王子グラウバーの思い描く未来には、王国と魔族の国に繋がりが必要だ。そして王国の人間が魔王プルトンを送り届けたという事実は、繋がりを作る上で非常に有利に働く。

 祭壇の近くで継承を見届けたという結果がどうしても必要なのだ。


 負の感情が乗った視線に辟易したニトローナは、魔族ではなく継承の間の作りを探るように視線を巡らせる。

 扉から祭壇へと続く列柱の所為で影が多く、左右の窓から差し込む光で照らすには不十分だ。上に目を向ければ石材の天井を支えるために太い梁が網目状に設置されている。

 一言で言うのなら、継承の間は死角が多い。列柱の影どころか天井の梁の裏にすら死角がある。それこそ、良からぬ考えを持ったものが何かを仕込めそうなほどだ。


 そうして視線を巡らせていると、継承の間に鎧を纏った兵士達が列を成して入ってくる。陽光に反射して煌めく甲冑から重たい金属音を響かせ、規律を体現したように乱れること無く歩む兵士達。彼らが近衛兵長アジャーロに率いられし近衛兵団だった。

 誰もが鎧と武威を身に纏い、ただそこにあるだけで実力を感じさせる。そんな近衛兵団の兵士達は左右二列ずつに別れ、ニトローナや重鎮たちよりも外側へと整列する。近衛兵団に左右から挟まれる形になった。


 その配置を確認してニトローナは僅かに危機感を覚える。イシュランディルの話によれば、近衛兵団は敵になる可能性があるというのだ。

 継承の間の両端に近衛兵団の兵士達。眼前に並ぶ魔族の重鎮達の中には近衛兵団長アジャーロ。それらを相手にすると考えると、ニトローナは自身のドレス姿を見下ろして心中で舌打ちするしかない。鎧を纏う相手にドレス姿の上に無手で挑むなど自殺行為でしかない。爆轟の魔術というある意味剣以上の武力となる能力はあるが、魔族への変異を促す危険性をはらんでいる。隣のラギスなど体術で戦うしかないのだからニトローナ以上に状況が悪い。

 あまりにも不利な状況だった。


 そして近衛兵団の整列が終わると、次は王位継承を見届ける証人兼魔王の代理人が入室する。

 旅でよく見た旅装ではなく、背中や縁が装飾された紺色のローブに身を包んだイシュランディルが、継承の間へと足を踏み出す。誰も足を踏み入れることがなかった赤い絨毯の上を歩き、整列する者達の視線を一身に受けて歩を進める姿は堂々としたもので、年季の入った貫禄を周囲に放っていた。

 そんな虹賢者は布に包まれた球体を両手で持っている。胸の高さまで捧げるように持たれたその球体は人の頭部ほどの大きさがあった。

 魔王の代理人であるイシュランディルは、王位継承の儀式においてプルトンと並んで最も重要な立場にいる。そんな彼が持つ物ならば継承の儀に関わるものなのだろう。

 しかし王冠が用意されてないことにニトローナは疑問を覚える。あれほどわかりやすく立場を表すものは他にないはずだが、魔族では違うようだ。


 イシュランディルは継承の間の最奥にある階段を登り切ると、祭壇の傍らで立ち止まる。そして厳かな動きで布に包まれたままの球体を祭壇へと置き、扉へと向き直る。


「次代の王よ、いざ参られよ」


 特殊な発声なのか、それとも魔術によるものなのか、そのイシュランディルの声は継承の間の隅から隅まで響き渡る。

 この場に並んだ全員が儀式の始まりを理解し、身を固くした。

 

 僅かなざわめきすらも消えた静謐を待っていたかのように、小さな魔王が姿を表す。

 白地に金糸で装飾されたシャツに紺のズボン、そして紅いマントを靡かせたプルトンは絨毯の上に足を踏み出した。歩く姿に乱れはないのだが、目線が時折彷徨っていて緊張を隠せていない。

 そしてニトローナの隣にいるラギスの様子が弟を心配する姉へと変化する。それはプルトンが儀式の主役を果たせるかだけではなく、魔王として変異を受け入れる弟を心配するものだった。

 ラギスは帝国から逃げてきたとはいえ貴族の血筋として、人の上に立つ者の義務を理解している。だが理解は出来ても感情で納得はできないのだろう。


「ラギス」

「……大丈夫」


 囁くようなニトローナの言葉に、ラギスは自身の感情を抑えるように答えた。

 感情が納得できなくても理性で抑えるしかない。もはや継承は止められない、止めてはいけない。

 ニトローナはラギスの気持ちを理解できるが、弟のように思っているプルトンに魔王になってほしくないという願いには、同意できなかった。プルトンが魔王にならないということはこれまでの旅が無意味になる。それは第二王子の要請を果たせないという意味であり、故郷であるヴィルブランド領が戦地になるかもしれないのだ。妹であるセリンの幸せを願う姉としてその結果だけは看過できなかった。


 心配する姉のようなラギスの前をプルトンが歩む。僅かな間、プルトンの視線が二人と一頭を捉えると、口元が小さく弧を描いた。周りに気づかれないように微かな笑みを浮かべたプルトンは、祭壇へと足を進める。

 プルトンがイシュランディルと祭壇を挟むような位置に立つと、虹賢者は継承の間へ集った者たちに言葉を向ける。


「これより継承の儀を行う。魔王の臣として、新たなる主の御姿をその目で確と見届けよ」


 イシュランディルは祭壇の上に置いた布で包まれて球体に手を伸ばし、慎重な手つきで布を解いていく。現れたのは白一色の淡く輝く球体だった。その球体は光を反射しているのではなく、球体自身が輝いていた。


 布が解かれた瞬間、継承の間に整列する誰もが呼吸を止める。球体がただそこにあるだけで、圧倒的な存在感を放っていたのだ。

 ニトローナは目を凝らして淡い輝きを纏う球体を観察し、表情を驚愕に染める。

 球体はどうやら表面と内部に分かれているらしく、球体自体は内部のものを収める容器の役割を果たしている。透明な材質の球体の内部には、淡い光を放つ小さな粒が不規則な旋回運動を行っていた。光流とでも言うべき球体の内容物は明らかに自然のものではない。

 恐らくは初代の魔王となったイシュランディルの弟子が作成した、魔術的な物体なのだろう。

 ニトローナは球体から目を逸らし、驚愕を収めるように目を閉じて一息ついた。僅かに乱れた呼吸を整えるように深く息を吸いーー強化された嗅覚が異物を感じとった。


 球体に視線を落としていたイシュランディルは、プルトンへと視線を移す。

 

「次代の魔王よ、数多の臣民を統べる覚悟はあるか?」


 イシュランディルの言葉を聞きながら、ニトローナはもう一度鼻で空気を感じ取り、自身の感覚が正しいことを確信する。 

 この場に漂う匂いが増えている。何者かが継承の間に入り込んだのだ。


 落ち着いた心拍が激しくなるのを感じながら、ニトローナは視線を周囲へと走らせる。隣ではセルロゥが鼻をひくつかせながら立ち上がった。侵入者の存在はもはや疑いようもない。

 今この場で敵に狙いがあるのなら、プルトンを置いて他にない。もしかしたらニトローナの知らない事情で他の者が狙われる可能性もあるが、知りようもない可能性は考慮するだけ無駄と切り捨てる。

 継承の間は確かに死角が多い。だがそれは一方向から見た場合に限る。数十人分の視線が交錯する中では死角など無いに等しいはずだ。

 だが侵入者は見当たらない。匂いが薄く、いくら鼻を利かせても場所までは特定できなかった。

 敵になるかもしれないと言われた近衛兵団の手引の可能性もある。参列者達の背後を固める近衛兵団を盗み見るが、おかしな動きはない。

 焦る。

 ニトローナはイシュランディルに頷くプルトンへ視線を向けたまま、口だけを僅かに動かした。


「侵入者がいる」


 囁き声のような警告はラギスに届き、彼女は目を鋭く細めて反応する。


「数と場所」

「不明だ」


 短いやり取りの間にも儀式は進む。

 プルトンはイシュランディルの問いかけに頷いて肯定を示していった。その間にニトローナとラギス、セルロゥは目を動かし、鼻を働かせて侵入者を探していくが、発見できない。

 そして儀式は最終段階へと進む。

 

「新たに魔族を統べるものとしてこの歴王珠に触れ、自身の名を念じよ」


 プルトンが頷いて輝く球体へと手を伸ばす。


「っ!?」


 ニトローナは感じ取れる匂いの変化に反応して腰を落とす。

 侵入者の匂いが濃さを増し、場所が特定できた。いや、もはや匂いでの特定は意味を為していない。侵入者は祭壇の傍らに立つイシュランディルとプルトン以外の視線の先へと、姿を『落として』きたのだ。


 完全に盲点を突かれた。

 増えた匂いの主は侵入したのではなく、儀式の前から天井に潜んでいたのだ。

 天井の石材と同じ色の皮膚で他者の目を欺き、祭壇の真上の天井を削った隙間に入り込んで気配を消し、標的の命を奪う瞬間までじっと待ち続ける。しかも嗅覚が強化されたニトローナとセルロゥがギリギリまで気づけなかったように、匂いすら消していた。もはや暗殺者の領域だろう。


 天井から落下する石材の如き存在の手には石の短剣。未だ子供の身であるプルトンなら容易く命を奪える凶器だ。


 落下してくる者が暗殺を実行に移した瞬間は完璧としか言いようが無い。儀式の最終段階で視線の全てがプルトンと歴王珠という名の球体に向けられ、イシュランディルですら頭上の脅威に気づいていない。

 継承の間に整列する近衛兵団でも、プルトンへと落下する者の目的が新しい魔王の殺害だと認識して動くには時間が足りない。

 明らかに計算された計画だ。

 そして計画は、数瞬後に完遂されようとしている。


 ただし、唯一の誤算が暗殺の実行者が存在を察知されたことだろう。

 

 二人の人間と一匹の犬が硬直する周囲の者を置き去りにして、暗殺を防ぐために祭壇へと飛び出していた。

だいぶ時間が掛かってしまいました。

穴だらけな設定の穴埋めに心が折れかけたことが原因です。とりあえず、穴埋めは一度中断してこのまま進めることにします。多少の矛盾があっても物語を進めることを優先することにしました。

多分破綻しない……はず。

これからもよろしくお願いします。

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