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41.代替品

 緑の部族の中でセロ・グロワス・フルオールという存在は、族長補佐という重要な位置にいる。しかしセロは緑の部族の中でも若い部類に入り、年長者よりも年少といってもいいほどの若さだ。

 そんな彼女が族長補佐を任されているのは、幼少期に魔族の都で教育を受けていることが最も大きな理由だろう。

 魔族という存在が人から変異してきた歴史。東の地の地形的特色。人から変異した魔族の食や生活の変化。魔族に関する事柄を満遍なく学んだセロだからこそ、部族長補佐という役職が与えられている。それは同時に緑の部族の次期族長という意味も含まれていた。




 硬質さを感じさせる樹皮のような茶色の皮膚。頭部から生えた枝葉は流れるように背中へと垂れ下がり、琥珀色の眼は宝石めいた質感があった。

 緑の部族として生まれ、魔族の都で教育を受けたセロは、東の地に住む者の中でも恵まれていると言っていいだろう。森の中であれば植物を操って無類の強さを発揮し、小さな部族の中であったが族長補佐という地位もある。

 一般的な魔族ではそう簡単には手にできない力を持つセロ。しかし彼女は、寝台で重ねた毛布へと上体を預ける魔王の傍らで、自身の無力さに対する悔しさで目を潤ませていた。


「……陛下」


 かつて彼女は知識を教わる生徒であり、優しげな笑みを湛える魔王が教師だった。





 幼き頃のセロと魔王の邂逅はそれはそれは酷いものであった。

 緑の部族は同族以外の魔族を目にすることが少ない。稀に獣の部族と交流する程度だ。それ以外の他者といえば森の植物か、日々変化していく大森林の魔獣くらいだろう。

 緑の部族とは魔族の中でも隔絶された者達だったのだ。

 そして幼少期のセロも他の者達と同じく多種族と接する機会が少ないまま、当時は歩けた族長に連れられて都へと送り出された。

 初めて目にする壁に囲まれた都で、セロは琥珀色の眼と口を大きく開き、呆けたようにして城へ向かったのだ。初めて見る石の壁と建築物。鱗で全身を覆う者や鉄の鎧を纏う者。幼いセロには全てが初めての経験だった。


 そして異形と引き合わされる。


 獣とも鱗とも植物とも違う。魔族という種族を無理やり一つに纏めたような魔王の異形に、幼いセロは大声を上げて泣き喚いたのだ。

 族長の背後に隠れて大泣きするセロに、その場に居合わせた者達は何とも苦い表情になった。初見がこれでは先が思いやられるという不安が原因だった。しかしその中でも魔王だけがただ一人、小さく笑みを浮かべていた。


 幼いセロが魔王を見ても泣かないよう慣れるのに三日もかかり、それから一週間かけてようやく言葉を交わせるようになった。そこからは魔王から距離を縮め、流れるように信頼関係を築いていった。

 教育が始まって魔王から様々な知識を教わるにつれて、セロはどこへ行くにも後ろを付いて行くようになる。


 北の鉱山街視察では馬車の荷物へ潜り込み、南の収穫祭では侍女たちに紛れて付いて行ったものだ。

 

 楽しき日々であった。美しき日々であった。

 セロにとって、まさに黄金色に輝く青春時代。そして魔王への淡い思いを初めて抱いた日々だ。

 

 相手は到底手の届かぬ相手。淡い思いなど、それこそ儚く消えるのだろう。

 魔王による教育が終わり、緑の里へと帰還したセロは思いを抱いたまま成長した。叶わぬ思いだとしても、どうしても捨てられなかったのだ。


 そして部族の中でも族長補佐として認められ始めた頃、族長から知らされた事実に愕然とした。魔王は漏れ出る魔力を防ぐ壁を維持するために存在し、いずれ命を落とすだろうと。

 セロはその日の内に里を飛び出し、東へと、都へと走り続けた。

 襲い来る魔獣を躱し、多い茂る木々をくぐり抜け、足の裏が裂けてもセロは足を止めず、都へと辿り着いた。そこで再会した魔王は、もはや満足に歩くことが出来ない状態になっていた。


 お互いに変化していた。セロは一人前に成長して族長補佐になり、魔王は濃密な魔力を身の内に取り込み死に近づいていた。もうあの頃のように後ろを付いて歩くことは出来ない。北にある鉱山の視察も、南の収穫祭も共に楽しむことは出来ない。

 それでも、魔王は笑みを浮かべてかつての生徒を歓迎した。

 

『立派になったな』


 想い人のそんな言葉を聞いたセロは泣き崩れた。

 まるで初めて異形を目にした時のように、子供のように泣き喚いたのだ。


 


 あの日から数年。

 魔王の容体は更に悪化しており、一日の全てを寝台で過ごすしかないような状態だった。


「険しい顔をしているな」

「……申し訳ありません、陛下」


 セロは滲み始めた視界を振り払うように涙を払う。


 数年ぶりの再開でも、魔王は相変わらずの優しい笑みだった。それを見せられるほどにセロは泣き喚きたくなる。自分ではどうすることも出来ないという無力感溢れる現実に、負の感情が溢れそうになる。

 だが、歯を食いしばって耐えなければならない。

 自分は既に族長補佐という立場にある。次の族長として、子供のように感情に任せて動くことは許されない。セロはそうして自身を律していた。

 しかしセロには、今の自分は感情の制御が完全ではないと理解している。そもそもセロの役目はニトローナ達旅の一行を都に届けることにあり、都にたどり着いた時点で目的は達成されているのだ。こうして魔王の横にいることは族長補佐の立場で見れば無意味であった。

 それでもセロは想い人の傍らにいる。族長補佐という立場では許されないことだと知りながら、都にとどまることを選んだのだ。

 想い人に会いたい。ただそれだけのために。


「泣き虫は、相変わらずだな」


 優しげな笑みの魔王。黄金色の目は緩く弧を描き、獣の如き長い口から笑い声が漏れる。


「もう一人前なのだ。他者の前で涙は見せてはいけない。特に其方は既に族長補佐なのだからな」

「……難しいです。陛下の前だと、どうしても……」


 涙をこらえたそれは泣き言であった。

 かつての師としてセロを叱る立場にあった魔王は笑みをそのままに、寝台の傍らで椅子に腰を下ろす生徒の頬を軽く撫でた。


「仕方のない生徒だ」


 その言葉に、こらえていた筈の涙がセロの琥珀色の瞳から零れ落ちる。慌てて目元を拭っても、後から後から絶え間なく流れ落ちてくる涙。

 その涙を目にした魔王は綺麗なハンカチをどこからか取り出し、セロの目元を優しく拭った。


「昔もこうやったことがあったな、セロ」

「は……い。あの時は、ご迷惑をおかけしました」


 教師の魔王と生徒のセロという関係が始まりだした頃、愛郷心に幼いセロが泣いたことがある。それを宥めるために、魔王がよくこうして優しく涙を拭いていた。


「生徒の涙を拭うことも教師の特権だ。迷惑ではないさ」


 そう言って楽しげに笑う魔王の顔に嘘はない。魔王は教師という立場を楽しんでいたのだとわかる笑みだった。


「其方が見舞いに来てくれることは嬉しく思うが、あまり泣いてくれるな。今すぐ死ぬわけではないのだ」

「……陛、下ぁ」

「ぬ、だから泣くなと言うのに」

 

 魔王は再び涙を流し始めたセロの目元をもう一度拭う。


「まったく、其方はまだ子供だな。みなを外に出していてよかったというところか」


 今この部屋にいるのは魔王とセロの二人だけだった。普段は部屋の外に近衛兵が二名、部屋の中に近衛兵長アジャーロか近衛兵二名と世話役の侍女がいるはずだが、今は部屋の外に出している。私的な話をするためだ。


「其方には悪いことをしてしまったな。幼き頃の時間を教育に使っておきながら、こんな結果になってしまった」

「いいえ。これでよかったのだと思います。私に陛下の代替を務めることは出来そうにありませんから」


 過去に行われた魔王の教育にはある目的があった。

 

 魔王も生物である以上、いずれ代替わりが必要だ。だが魔王の後継者とは人並み外れた魔力を宿すという資格が必要であり、探すことは困難を伴う。魔王の資格を満たす者が産まれることは稀で、良くて数十年に一度だった。最悪、魔王の在任中に後継者が産まれないことすら予想された。

 かと言って、仮に平均的な魔力を持つものが魔王としても、大森林の西端に展開された魔力を遮断する壁を維持することは難しい。魔力が少ないということは濃密な魔力を多量に取り込む必要があり、その結果として過剰なほどの変異に全身を蝕まれ、十年と保たずに死亡するだろう。


 故に後継者不在のまま魔王が没した時に備え、セロが選ばれたのだ。

 魔王の資格には足りないが平均以上の魔力を持ち、王位継承を行わずとも壁を維持できる代替品として。

 他者よりも多くの魔力を持つという一点にのみおいて選ばれた、生け贄だった。


 しかし結果としてプルトンという後継者が見つかり、セロは緑の部族で族長補佐という役職を続けることになった。


「プルトン殿下は素晴らしい魔力をお持ちです。魔族の王としての務めを立派に果たすでしょう」

「そう、か。あのような子供に重荷を背負わせることは心苦しいが、これも定めか」


 魔王は険しい表情で苦々しく言葉を零した。


「……陛下」

「ああ、わかっている。これは避けられぬことだ。セロよ、私はもはやこの寝台から動くことは出来ん。あの幼き後継者のことを頼みたい。初代からの記憶を受け継げる(・・・・・)としても、あの者は未だ幼い。族長補佐として余裕があれば、助力してやってほしい」

「はい、お任せください。陛下に受けた教育を無駄にはしません」


 光栄とばかりに頷くかつての生徒の姿を見て、魔王は眩しげに目を細めた。そして枝葉の生えたセロの頭に手を伸ばし、褒めるように優しく撫でた。


「其方にも重荷を背負わせてしまうな。不甲斐ない私を許してくれ」

「へ……陛下ぁ」

「あぁ、だから無くなと言うのに」


 相変わらず泣き虫であった生徒の頭を、魔王は宥めるように優しく撫でるのだった。




 それから数日後、王位継承を行う日が訪れる。

 後世の記録に、この時代において最大の転換点の一つと記される日であった。

今回の話は少し特殊な位置づけになりました。

名前はあってもほとんど活躍しない(活躍させきれない)キャラに視点を置いた話です。とはいえ閑話的なムダ話でもなく、多少の設定はあったので入れてみました。伏線も入ってます。

 実はこれより少し前に入れる予定でしたが、いい切れ目が見つからずにこんなことになっています。細かい構成を考えていないことが原因です。不自然に思われたなら申し訳ないです。

 とりあえず、第二章も終りが近いので頑張ります。

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